677話 『闇ギルドの新兵器』
――場面は世界をまたいで‶人間界〟へ……
‶魔獣界〟とは違って美しい青空は、淀んだ雲に覆い隠され、太陽の日差しを完全に遮断する。
北方の彼方から邪悪な魔力が押し寄せ、人々の体に重くのしかかる。
「こいつは……まさか!?」
マリアネス王国の王宮から魔力を感じたギルダは玉座から立ちあがり、窓を開けて空を確認する。
「なんて数だ!?」
分厚い漆黒の雲から巨大な浮遊城が出現し、地上の人間を恐怖の谷に落とす。
浮遊城は見下すようにマリアネス王国の上空に留まり、龍の如く重い鎖を何十本と降ろす。
バキバキと軒並み数件の家が鎖に潰され、人々は王宮へと避難しに行く。
浮遊城はゆっくりと下降し、巨大な鎖が地上と城への架け橋となる。
その鎖は宮殿の庭にも降ろされ、城の兵士たちが集まってくる。
王宮の何十倍もの大きさのある浮遊城から一人の邪悪な声が拡声器越しから聞こえる。
「‶人間界〟に住む者に告ぐ。たった今、‶闇ギルド〟が新世界を創り上げる。血と暴力が試合する新たな世界を!」
その声が邪神力に乗せて全世界に響き渡る。邪悪な圧力が人々を恐怖させる。
「お、おのれぇ……何をふざけたことを!」
王宮から外を覗く宰相は握り拳をぎゅっと絞めて怒りをこらえる。
「交渉の余地はなさそうだな……」
その横で国王ギルダはすぐに軍の司令官に指示を伝える。
「返事は結構、守りたければ力づくで抵抗して見せろ!」
声の主はブザー音を鳴らす。すると地上に降ろされた鎖を渡って、城から何十、何百、何千もの人間が進撃しに来る。
「迎え撃てぇぇ‼‼‼‼」
マリアネスの軍隊も、騎士団長の掛け声と共に鎖を駆け登る。
浮遊城から現れた敵兵はこれまでに名の通った‶ブラックランク冒険者〟や、犯罪ギルドのメンバーと裏社会で生きるならず者たちばかり。こんな連中が勢いよく地上に降りてくれば、国は瞬く間に崩壊するかもしれない。
そして両軍が衝突し、激しい金属音が鳴り響く。
さすが大国の軍事力と言ってもいいだろう。犯罪組織の精鋭たちを次々となぎ倒していく。
「悪に怯むなぁ! マリアネスの意地を見せろぉ!」
太い鎖という不安定極まりない戦場で勇敢に戦い続ける兵士たち。その威勢に押されて、徐々に浮遊城の方へと進行していく。
すると、浮遊城の底が開き、飛竜に乗ったならず者たちが進軍してくる。
「まずい! ‶飛竜騎士〟だ!」
兵士たちが頭上を見上げ、飛竜の軍隊に驚く。
飛竜は炎を吐き出し、進軍するマリアネス軍を焼き払う。
「ギャアァァァァーーーー‼‼‼‼」
マリアネス軍兵士は発狂しながら吹き飛ばされ、地上に火だるまの雨が降り注ぐ。
「ブハハハハ! レーフェル王国の‶ペガサスナイツ〟のように飛行部隊がいないと不憫だなぁ? お次は地上の家々を燃やしてやりますかぁ!」
飛竜騎士の一人が軌道を変え、地上へ接近する。まだ避難が終わっていない人々もいる中、飛竜騎士は狂喜しながら魔法を詠唱する。そのとき……
ズドォォォォォーーーーーーン‼‼‼‼‼‼
空中を高速飛行する飛竜騎士に一発の弾丸が直撃する。飛竜騎士は煙を吐きながら地上に落下していく。
「何事だ!?」
マリアネス軍兵士の一人が爆発に驚き空を見上げる。すると、空中を飛竜騎士とは別の物体が火を吹きながら放物線を描きながら近づいてくる。それも一つや二つの話ではない。
「‶ジャポニクス化学部隊〟! 対空追尾弾、撃てぇぇ‼‼‼‼」
指揮官の指令と共に、再び東の空から大量の弾丸が飛んでくる。その弾丸は飛竜騎士をロックオンし、飛行した軌跡をたどりながら追ってくる。
「く、来るなぁぁぁぁ‼‼‼‼」
ズドォォォォォーーーーーーン‼‼‼‼‼‼
泣き叫ぶ声とともに、2体目の飛竜が撃ち墜とされた。
その後も、何十発もの弾丸が飛竜騎士を地獄の果てまで追いかけ、一撃で沈めていく。
「すげぇぜ! ジャポニクスの化学兵器は!」
マリアネス王国の兵士たちは「ざまあみろ!」と言わんばかりの口調で喜びの声を上げる。
「あそこだなぁ? ‶未来都市・ジャポニクス〟ってのは……」
飛竜騎士団の団長は光の弾丸の発射元に目を向けると、魔力で生成した閃光弾を上空に打ち上げる。
ピカァァァーーーーーーーーーーン‼‼‼‼‼‼‼
光輝く花火が国全体を照らし、人々は目を覆い隠す。
「い……いったい何の光……てなんだ!? あれは!?」
マリアネス軍兵士が浮遊城の方を見上げて驚愕する。
人々を見下すように浮く城から八つの光が放たれ、それぞれの地に落下する。それぞれの光の中から、炎、水、風、氷、雷、土、光、闇の魔力をまとったマネキンのような人形が現れる。
「こいつらの名は‶ゴレムリン〟‼‼‼‼ ゴーレムをベースに改造した‶闇ギルド〟最凶兵器だ!」
「ゴーレムだと!?」
一部のベテラン冒険者たちは拡声器の声に驚く。ゴーレムはこの世界の各地に眠る地下迷宮にのみ出現する機会型魔獣であり、どんなに破壊しても時間が巻き戻るかのように再生する厄介な魔獣だ。最強冒険者である颯太も以前、そのゴーレムに何ヶ月も足止めをされたことがある。
「だがゴーレムは危険度10から20程度の強さ、数で攻めれば問題ないはずだ!」
ベテランのシルバーランク冒険者はそう言い、仲間の冒険者を引き連れて赤いゴレムリンの周りを取り囲む。
「さぁ! 覚悟しろ! 機械人形が!」
ベテラン冒険者が雷属性の魔法をゴレムリンに放つ。
バリバリバリバリーーーーーー‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼
激しく電流が走りゴレムリンの体に直撃する。普通のゴーレムならしばらく動けなくなるレベルだろう。
だがこの人形は膝を崩すこともなく、一歩ずつ冒険者に近づく。
「っ!?」
すると途端にごれ無理の姿が消え、左肘で冒険者の腹部に打ち込む。ミシミシと硬い鎧にひびが入り、冒険者は弾丸の如く吹き飛ばされて行く。
「なんてパワーだ!?」
仲間の冒険者たちはその圧倒的な力量に思わず声を漏らす。その声に反応した赤いゴレムリンは勢いよく振り返る。
「ひぃ!」
情けない声を漏らす冒険者にゴレムリンは手のひらから‶魔獣砲〟を放つ。
ズドォォォォォーーーーーーン‼‼‼‼‼‼
彼だけではなく、近くにいた仲間の冒険者も吹き飛ばされて行く。
「‶魔獣砲〟まで使えるのか!?」
「ゴーレムのくせに調子に乗ってんじゃねぇ!」
気性の荒い剛腕の冒険者が大剣を振り上げて斬りかかる。普通のゴーレムなら一刀両断だ。と思いきや……
ガキィィィィン‼‼‼‼‼
何とその男の斬撃を片手一本で受け止めてしまった。そして手のひらから今度は高熱の炎を放ち、巨漢の男を火だるまにしてしまった。
「こいつ! 炎も使えんのかよ!」
「まるで‶奇才者〟だな!」
冒険者たちはその圧倒的なゴレムリンの強さに、やがて一歩ずつ後ずさりをし始める。
「情けない声を出すんじゃねぇ! この程度の攻撃何とでもないわ!」
先程ゴレムリンにエルボー攻撃をくらわされたベテラン冒険者が立ち上がり、剣を構える。
「この特大の雷でお前を焼き払ってやるわぁ!」
ベテラン冒険者はそう啖呵を切り、詠唱を始める。
「雷よ! その力で相手を貫き給へ! ‶ライトニングアロー〟‼‼‼‼」
雷属性の上級魔法を放ち、冒険者はガクッと膝をつく。恐らく彼の奥の手と言ったところだろう。
しかしゴレムリンはその攻撃に驚く様子もなく、拳に力を込める。すると拳の内から火が燃え盛り、拳を振るうと同時に火の鳥が放たれる。
「あれは!?」
ベテラン冒険者はその技に見覚えがあったがもう遅い。
ドォォォォォォーーーーーーーン‼‼‼‼‼‼‼
雷の矢は火の鳥にかき消され、ベテラン冒険者ごと家々を焼き払ってしまった。
「ま、間違いない! あれは‶王の騎士団〟の……」
「円城敦の技じゃねぇか!」
激しく燃え盛る街を見て、ゴレムリンを取り囲んでいた冒険者たちは絶望し腰を抜かす。