673話 『その光に込められた思い』
砕かれた山の中からはじき出された颯太は吐血しながらジャグバドスを見上げる。意地でも失神しないつもりのようだ。
颯太はゆっくりと腕を上げ、体から散らばった白い物体をジャグバドスに打ち込む。
数百個の白い球体はジャグバドスの体に張り付き、大気中の空気を勢い良く吸い込んでいく。スーパーボールサイズの球体はみるみると体積が増していくが、ジャグバドスは全く気付く気配がなかった。
「もっとだ……もっともっと、膨らめ!」
颯太はそう言い、白い球体に風を送り込む。球体はみるみると膨らんでいき、ついにはジャグバドスと同じくらいの大きさにまで巨大化した。
「グオッ!? 一体何じゃこりゃ!?」
ジャグバドスは自分と同じ大きさの数百個の球体に押しつぶされ、身動きが全く取れなくなっていた。
「世界最大の風爆弾! とくとご覧あれ!」
颯太は不敵な笑みを浮かべ、パチンと指を鳴らす。
ドオォォォォォォーーーーーーーーン‼‼‼‼‼‼‼
無数の球体は同時にはじけ、押し詰め込まれた風の衝撃波が空中に広がる。
至近距離で衝撃をまともに受けたジャグバドスは破裂音に負けないくらいの声で叫び、体の鱗を3割ほど削り取られる。
そしてはがされた鱗から傷ついた皮膚が露わとなり、紅の雨を降り注がせる。
(間違いなく今、俺は死を悟った……。だがこんな気分になるのは一体何千年ぶりだろうか……)
ジャグバドスは血を吐き出しながら古い記憶をよみがえらせる。
――2万年前
人間と魔獣の長きにわたる戦争が終結し、敗北した魔獣たちは混沌とする世界、‶魔獣界〟へと隔離された。俺はそんな出来たばかりの‶魔獣界〟で生を授かった。
まだ若木だった頃の‶万物の世界樹〟の‶獣種〟から誕生した俺は、血と暴力に染まったこの世界で生き抜く運命にあると悟ったのだった。
生まれながらにして100万以上の戦力を持っていた俺にとって、同じ時期に生まれた魔獣なんて大したことはなかった。
俺はすぐに一帯の森で頂点に立つことができた。
それからも俺は強い魔獣が住む森を回っては、叩きのめしての繰り返し。俺の敵と呼べる魔獣はここにはもういなかった。
だが偶然にも俺のいる森の近くに魔獣の城があると聞き、そこに住む最凶の魔獣の噂を知る。
どうやらその魔獣は俺と同じ魔龍で、同じ‶万物の世界樹〟から100年早く生まれたらしい。正真正銘、俺の兄と呼べる魔獣だ。
「俺の兄貴か……面白れぇ、どんなやつか会いに行ってやるか!」
俺は好奇心を掻き立てられ、全速力で噂の魔龍の住む城に直行した。
ズドォォォォォーーーーーーン‼‼‼‼‼‼
だが結果は惨敗……奴の部下の魔獣共は片付けられたが、ボスである‶魔龍・ジャグボロス〟には手も足も出なかった。
俺はこのとき、生まれて初めて死の恐怖を感じ取った。
死の恐怖……これほど素晴らしい感情なのか。俺はこの気持ちの昂揚を忘れられなくなり、その後、数千年にわたってジャグボロスに戦いを挑み続けた。
魔獣王と呼ばれるその日まで……
「……そうか、長いこと忘れていたぜ。死ぬってんのはどういうことかってことをよぉ」
激しい爆風の中で、自分の走馬灯を見たジャグバドスは忘れていた感情を思い出し、眠っていた戦闘狂が目覚める。
「いい夢を見させてくれてありがとよ‶龍斬り〟……」
「まだ寝ぼけてやがるのか? このオオトカゲは」
「いや、今目が覚めたところだ」
ジャグバドスは数百メートル以上もある長い尾を鞭のようにしならせ、音速を超える勢いで颯太を打ち付ける。
バチィィィィィーーーーーーーーーーーン‼‼‼‼‼‼‼‼
マッハの速度で飛ばされる颯太の通り過ぎた木々は薙ぎ倒される。何十回目だろうか、岩盤に体がめり込まされるのは。
「もう一発行くぜぇ!」
ジャグバドスは再び尻尾を振り、ソニックブームを起こす。
「‶魔龍音速波動〟‼‼‼‼‼」
バキバキバキバキーーーーーー‼‼‼‼‼‼
漆黒の衝撃波は、宙に上がった木々や岩石を粉々に粉砕しながら颯太に接近する。
その巨大な衝撃波を目の当たりにした颯太は、‶自然の衣〟で埋まった体をすり抜けさせ脱出し、両拳に白いオーラをまとわせる。
純白の風は拳に巻かれ、膨張する筋肉に吸い込まれ、両拳は激しく輝きだす。
「‶神風螺旋・双正拳・爆砕突き〟‼‼‼‼‼‼」
神風をまとった両拳を同時に突き出し、ソニックブームに風の衝撃波をぶつける。
ズドォォォォォーーーーーーン‼‼‼‼‼‼
衝撃と衝撃がぶつかり、凄まじい光を生み出す。
その光に一本の太刀筋が入る。
(光が斬り裂かれただと!?)
驚くジャグバドスの前から、光を断ち切った颯太が姿を現す。
「望み通りこの一振りで! てめぇを斬る!」
颯太は刀身に白い旋風を巻き起こし、刀を振り上げる。
「そうだ! それでこそ‶龍斬り〟の名にふさわしい! だがただ無抵抗に斬られるだけじゃつまらねぇ! この一撃をぶった斬って見せろ!」
ジャグバドスはそう叫び、巨龍の角を何倍にも伸ばし、強力な邪神力をまとわせる。
「さぁ! 進化した俺を殺してみろ! その白き刃で!」
ジャグバドスは長い首を振り回し、角の破壊力を上昇させる。
「言われなくてもそのつもりだぁ!」
振り上げた刀はさらに激しい旋風を巻き起こし、刀身からはバチバチと雷が放たれる。
「‶神威太刀〟‼‼‼‼」
「‶龍角王将突〟‼‼‼‼‼」
バキィィィィィィィーーーーーーーーーー‼‼‼‼‼‼‼‼‼
互いの一撃が空間をゆがませ、複製された世界に無数の亀裂が生じる。
「ヌオォォォォォォ‼‼‼‼‼」
ジャグバドスの気合の叫びと共に、長い首を持ち上げ、颯太を空の彼方へと突き上げる。同時に彼の角は無惨に砕け散る。
「グハァッ‼‼‼‼‼」
打ち上げられた颯太は刀を手放し、第一宇宙速度でぶっ飛んでいき、激しい空気抵抗で体が動かせずにいた。
「そろそろフィナーレと行こうじゃねぇか! 雨宮颯太ぁ!」
ジャグバドスは地面に降りると、約2千メートルの体でとぐろを巻く。そして強く巻くことで邪神力を一点に集中させる。
「これが俺の究極の一撃だ! 逃げんじゃねぇぞ!」
「当たり前だ! 誰が逃げるもんか! お前に負けるわけにはいかねぇんだよ!」
颯太は頭の中でケモビト族、龍の一族、魔龍城で奴隷のように働かされたスラッシュバイツの顔がよぎり、心の中から誰かの声がよぎる。
『私の力をお使いください』
声の主から一本の蔓が降りて来る。
『待て、これ以上神力を使っちまったら‶魔獣界〟が……』
『あの怪物は‶万物の世界樹〟が生み出した‶魔獣界〟の悪そのもの……。そんな悪を何もできない私の代わりにあなたが命を懸けて戦っている。だったら‶魔獣界〟も命を懸けてあなたの力になるのがせめてもの恩返し。どうかお使いください! ‶魔獣界〟のすべてを!』
颯太はそんな‶万物の世界樹〟の思いの声を聞き、大きく頷く。もう彼の決心は揺るがない。
颯太の手は世界樹の蔓を握り、膨大な神力が送り込まれる。精神世界は光に包み込まれ、颯太を現実世界へと送り返す。
颯太の心臓から溢れんばかりの‶ダイハードの邪神力〟が流れ出し、ひび割れた‶写界〟を修復させる。
そして空気抵抗に逆らいながら、ゆっくりと手を叩く。
パァァァーーーーーン‼‼‼‼‼‼‼
鳴り響く音と共に白い波動が世界中に広がり、漂うジャグバドスの邪神力を打ち払う。‶アンチ空間支配〟を強制的に解除させたのだ。
そして颯太の目の前の空間が開かれ、巨大な神の手がゆっくりと降臨する。
その手のひらにそっと足のっけた颯太は、地上に狙いを定める。
神の手からは、勢い良く風が吸い込まれ、巨大な竜巻が全体を覆う。そして颯太は不敵な笑みを浮かべながら空間を布のようにギュッと握り締め勢い良く引っ張る。
ギュン‼‼‼‼
引っ張られたことにより‶写界〟の上空がゴムのように伸び、颯太のいる高度が引っ張る前よりも何十倍にも上昇する。
そして……
「……行くぜ」
ドォォォォォォーーーーーーーン‼‼‼‼‼‼‼
神の手から‶波動旋風〟が放たれ、風の衝撃波が飛び出した颯太の勢いを加速させる。
流星の如く白い光を放ちながら落下する颯太は右手にありったけの邪神力を集中させる。
「来たか!」
颯太の強い邪神力を感じ取ったジャグバドスは長い間とぐろを巻いて収縮させていた体を解き放つ。そして一点集中させていた邪神力も解放し、漆黒のエネルギーをまとい、巨龍が凄まじい速度で昇る。黒雲を掻き切ってどんどんと加速していく。
白と黒、二つの巨大な光が同じ座標に向かって突き進む。
「ジャグバドス……そのデケェ体で感じ取れよ! これが‶魔獣界〟の怒りだぁ!」
「ならばその怒りとやらで究極の一撃を打ち破ってみろ!」
互いの視界に敵が入り、それが両者の合図となり、邪神力を爆発的に上昇させる。
「‶天上天下・龍牙独尊〟‼‼‼‼‼」
ジャグバドスの巨体は邪神力で完全に包み込まれ、新たに漆黒のオーラでできた悍ましい龍でコーティングされる。
「‶覇衝旋風〟‼‼‼‼‼‼‼」
颯太は手のひらを突き出し、激しく吹き荒れる白いオーラを小さな旋風に集中させる。
DOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼
そして二つの光の柱は一点で衝突する。混沌とした光はあらゆるものすべてを呑み込み、世界そのものが異色に輝く。そして呑み込まれた偽りの世界は、まるで花火のように爆発し、無数の光を元の‶魔獣界〟へと降らす。