659話 『雷猿と金剛』
「チッ! だからよぉ! 一時の情緒の変化程度でそんな強くなるわけねぇだろうがよぉ!」
ハヌマーンはリーナのサーベルを首を傾けるだけでかわし、長い爪で彼女の胴を貫く。
ドスッという音は一切聞こえず、空気だけが切れていったことに困惑する。
「どうなってやがる? こいつ、何で貫かれてるのに平然としてやがるんだ!?」
「‶自然の衣〟だ!」
驚くハヌマーンに一言、リーナは答える。
(何が‶自然の衣〟だふざけんじゃねぇ! 俺は神力をまとって奴を突き刺したんだぞ! それが実体を触れてねぇってことはまるで俺の神力が奴の神力に劣ってるってことを証明しているようなもんじゃねぇか!?)
ハヌマーンはこの事実に怒りを覚え、神力をまとった爪でひたすらリーナに斬りかかる。しかしどの攻撃も雷と一体化したリーナの体をすり抜けるだけだった。
「言っておくがハヌマーン、この‶自然の衣〟状態での雷撃は今までの比べ物にならないほどの威力だ!」
リーナは全身の電気を最大限まで放出し、部屋全体を神々しい光に包み込む。すると彼女の化身である雷神がゆっくりと動き始め、大きな拳を握り締める。
「‶雷神の一撃〟‼‼‼‼‼」
バリバリバリバリーーーーーーーーーー‼‼‼‼‼‼‼‼‼
雷の拳が振りかかり、ハヌマーンを一撃で圧し潰す。
「ヌゴォォォ‼‼‼‼ ふ、ふざけんじゃねぇ‼‼‼‼」
ハヌマーンは怒りのままに気合で彼女の攻撃を跳ね除け、口からワインレッドの閃光を生成させる。するとその閃光からバチバチと青白い電流が走り、無属性の‶魔獣砲〟が雷属性へと変換される。
「‶電磁猿獣砲〟‼‼‼‼‼」
ズドォォォォォーーーーーーン‼‼‼‼‼‼
雷の閃光がリーナの体を貫き、リーナの体が完全に停止する。全神経が一瞬だけ麻痺したようだ。
「流石‶雷の奇才者〟ってだけはあるなぁ。通常この技をくらっちまえば、全神経が完全に感電し、麻痺し、植物人間になっちまうってのによぉ!」
ハヌマーンは動きが止まったリーナに感心しながら彼女から距離を取り、長い尾でとぐろを巻く。
「‶反動爪砲〟‼‼‼‼‼」
巻いた尾がばねのような作用をし、ハヌマーンは凄まじい速度でリーナの方へ突っ込んで行く。そして右爪に最大限の神力を集中させ、雷が発生する。その雷は猿の顔を模り吠える。
「ナチュラルクロ……ダメだ間に合わない!」
リーナは体が麻痺していることに気付くのが遅れ、ハヌマーンの一撃をまともに受けてしまう。
メキメキメキーーーーーー‼‼‼‼‼‼
骨に異常をきたすような鈍い音が聞こえ、リーナは激しく吐血しながらハヌマーンに押し込まれて行く。そして……
ズドォォォォォーーーーーーン‼‼‼‼‼‼
部屋の壁に直撃し、ガラガラと壁が崩れていく。ハヌマーンはリーナを壁にぶち当てた直後に退き、部屋の中央に降り立つ。
しかしハヌマーンは顔をしかめ‶魔獣砲〟をひたすら連射する。
「クソが! クソがクソが‼‼‼‼ どうして奴の神力は死んでねぇんだ!」
ハヌマーンは‶魔獣軍〟の中でも数少ない神力を感じ取れる魔獣であるため、リーナの神力が一切弱まっていないことに焦りを感じていた。
しかし‶魔獣砲〟で吹き飛ばされていくのは瓦礫だけで、肝心のリーナは動かされないどころかゆっくりとハヌマーンに近づいてくる。
「何だこいつ! どうなってやがるんだ!」
やがて‶魔獣砲〟の色は蒼から赤へと変化していき、その威力は格段に上昇する。しかしハヌマーンの攻撃はリーナの‶自然の衣によって全てすり抜けていく。
「ならば雷速でてめぇを翻弄してやる!」
「逃がさない!」
ハヌマーンは得意の雷速移動でリーナの背後を取ろうとするのだが、リーナは一瞬で‶雷槍〟を無数に生成し、全弾命中させる。
「……ガハッ‼‼‼‼」
ハヌマーンは強烈な雷撃を連続で受け続けることで口から黒い煙を吐きながら地面に倒れる。
「ハァ……ハァ……どうやら3割の電圧じゃあ通じねぇようだな……だったら何百年ぶりかフルパワーの神力を使ってやろうじゃねぇか?」
この場面で言うハヌマーンの言葉は普通ならハッタリにしか聞こえないだろうが、実際ははったりでも何でもなく、正真正銘フルパワーの雷がハヌマーンの体にまとわれる。
「俺様の最強の武器はこの爪でも長い尻尾でもねぇ! この牙だ!」
ハヌマーンから放たれる雷は流れの向きを変え、鋭く尖った犬歯に集中していく。すると犬歯はみるみると長くなっていき、徐々に曲線を描くようにリーナの方向を向く。まるでマンモスの牙のように。
「消し炭にしてやる! ‶雷牙光線〟‼‼‼‼」
ハヌマーンの2本の犬歯の先から激しく雷を帯びたレーザー光線が発射される。こんな光を受ければ誰であろうとハヌマーンの言う通り消し炭にされてしまう。
しかしリーナは全く動じることなく、サーベルを天井に突き上げる。すると彼女のいる地点の上空には分厚い黒雲が集マり始める。
(マリアネス王家に伝わる古代魔法。でも50世代以上続く王家で誰一人として使うことができなかった。でも今ならもしかしたら使えるのかもしれない! 1万年前の古代魔法を!)
分厚い黒雲はリーナに向けて雷を落とし、彼女のサーベルに集まっていく。その衝撃波が縦のような役割を果たし、ハヌマーンの光線からリーナの身を守る。
「神力の源は心力にあり!」
リーナの叫びと共に、雷に打たれていたサーベルは金剛杵とよばれる法具となる。
そしてリーナは金剛杵をハヌマーンの顔面に狙いを定める。
「1万年前、大猿の怪物を殺したと伝えられた古代魔法、受けてみろ!」
リーナはそう言い放つと金剛杵の3本の刃が花のように開く
「‶金剛雷砕弾〟‼‼‼‼‼‼」
ドォォォォォォーーーーーーーーン‼‼‼‼‼‼‼‼‼
金剛杵から放たれた雷の弾丸はハヌマーンの光線を瞬く間にかき消す。
「嘘だろぉ!?」
ハヌマーンは巨大な弾丸が直撃する瞬間に走馬灯が一瞬だけ見えた。
神々の世界から突き落とされる自分の姿が。
ズドォォォォォーーーーーーーーーーン‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼
激しい爆発と共に牙は折れ、顎が砕かれ、全神経が感電し脳が死滅する。
白目をむいたハヌマーンはぶち抜かれた壁から城外へとはじき出され、最上階から果てもない奈落へと落下していく。
あの時見た走馬灯と同じように……