648話 『神速の龍人』
空を舞う巨龍は突然の痛みに思わず地面に落下しようとする。
「お前ら早くここから離れろ!」
颯太の言葉にハッと我に返ったリーナは急いで落下地点から離れようとするが、先ほどの雷撃で体力を使い切ってしまったため、足がいうことを聞いてくれなかった。
「早くこっちへ来てリーナ! でなきゃあなたジャグバドスの下敷きになってしまう!」
一足先に龍長老の背に飛び乗っていたロゼが手を差し伸べるのだが、リーナは一歩も前へ足を出すことができなかった。
「ヤバイ、これ本当にまずいかも……」
リーナはどうしようもない状況に思わず苦笑してしまう。しかし……
バサッ‼‼‼‼
漆黒の翼をもつ少年が凄まじい速度で接近し、リーナを抱えてジャグバドスの落下から遠ざかっていった。
「そ、颯太……」
「まったく、無茶しやがってよぉ……だがお前のおかげで奴を初めて斬ることができた! ありがとう」
颯太から感謝の言葉なんて今まで聞いたことがあっただろうか? リーナはそんな意外な言葉を聞けて先ほどの苦笑が失笑に変わるのだった。
「なぁ颯太……」
「なんだよ?」
「いや何でもない」
「何だよそれ」
この短い意味のない会話が長く感じる。しかしそんな空間を悍ましい声が一瞬でぶち壊してしまう。
「たかが一撃与えたくらいでいいご身分だな! ‶龍斬り〟! 戦いは今始まったばかりだって言うのによぉ!」
‶魔獣王・ジャグバドス〟はゆっくりと重い体を持ち上げると、再び宙へ上がり、漆黒の空を支配する。
「だがこの傷は今まで俺に立ち向かってきた人間や魔獣にはつけられなかった傷だ! ‶第一幹部〟ですらな! この傷をつけたことは誇りに思ったっていいさ!」
「へっ! お前を斬るだけでそんなにも偉くなれんのか? だったら好きなだけ斬ってやるぜ!」
「お前のように俺に傷を負わせる存在はいた。俺の兄、‶最強の魔龍・ジャグボロス〟だ!」
ジャグバドスは衝撃的な発言をし、リーナたちはたいそう驚いた顔をする。しかし颯太は顔色一つ変えずいたって冷静だった。
「名前や邪神力がなんとなく似ていたからもしかしたらなとは思ったが……やはりな。だが俺に倒されるようなジャグボロスに傷をつけられるようなら、お前倒すのも案外楽勝なのかもな」
颯太はせせら笑いをしながらジャグバドスを煽るのだが、ジャグバドスは何故か笑い出す。
「知ってるさ、ジャグボロスの魔人、ラディーゴを倒したことを言ってんだろ? あれはジャグボロスの力のほんの一部に過ぎない。それに傷をつけた奴はいても俺を倒した奴はこの世界が始まって以来、誰一人として存在しない! だから俺は‶魔獣王〟と呼ばれるんだ!」
ジャグバドスが自分の最強さを熱く語るのだが、颯太はそれを聞き終えたとき、不敵な笑みを浮かべる。
「井の中の蛙大海を知らず……お前はこの世界のことしか知りもしねぇくせに何故最強だと言い張れるんだ? 狭い世界で最強になって、俺より強い奴と戦ってしにてぇだと? そんな無茶苦茶な野望、俺が木端微塵にぶっ壊してやる!」
颯太はそう大声で宣言すると、雀臨を呼びリーナを預ける。そして勢いよく空を飛び、ジャグバドスと同じ高さに突立つする。
「お前一人相手にこの大きさはさすがに邪魔だな。どれ、もう一つ面白れぇもんを見せてやるよ!」
ジャグバドスは全身から闇のオーラを解き放ち、ジャグバドスの黒い体が漆黒に呑み込まれていく。
「今度は一体何が起こるっての?」
ロゼはジャグバドス行動すべてが恐ろしくてたまらなかった。
しかし結果は予想外なもので、ジャグバドスをまとっていたオーラは徐々に小さくなっていき、やがて颯太より一回り大きいサイズに落ち着いた。
「今度はやけに小さいデフね」
ポトフは思いもよらない展開に思わず思ったことが外にこぼれる。
ドスッ‼‼‼‼‼
ポトフは自分の体が突然宙に浮いたことに再び驚く反面、突然の激痛に思わず発狂する。
「ポォォォォォォーーーーン‼‼‼‼‼‼‼‼」
3~4メートルほどの中型の龍人はポトフの200キロの巨体を長い角で串刺しにし、軽々と持ち上げる。
「ポトフ!」
親友のトムが声を荒げて手を伸ばすのだが、龍人は龍長老の背中からポトフを投げ落とす。そして目にも止まらぬ速度の蹴りをトムの首にぶつけると、
ボキィィィッ‼‼‼‼‼‼
鈍い音が響き、トムは何十回転もしながらポトフ同様、空中の世界から叩き落される。
「何もんだ? あいつ……ッ!?」
颯太は自分の背後に数百メートル先にいたであろうその龍人が立っていることに気付き、咄嗟に刀で首を狙う。しかしその刀は虚しく風を切り、気が付けば地面に体がめり込んでいた。
「ガハァッ!?」
‶鋼筋武装〟する暇がなく、生身で強烈な打撃を受けた颯太は刀を手放して腹部を押さえ、釣り上げられた魚のように悶える。
「お前と俺では見ている世界が違う。お前じゃあ俺の神速の世界には入ることなんかできやしねぇ」
龍人は返り血の付いた角から垂れてきた血を舌なめずりしながらそう言う。その声、漆黒の鱗に覆われた体、禍々しい邪神力、この龍人の正体は紛れもない……ジャグバドスだった。