619話 『受け継がれる灯火』
族長の腹部から血液がゆっくりと垂れながれ、ガルーダのくちばしを辿る。そして貫通した直後に浴びた返り血も浴びることで、ガルーダの顔面は紅く染まっていた。
「‶血着火〟……」
族長の流した血から魔力が流れ出し、激しい炎を生み出す。そしてその炎はガルーダを包み込み、思わず族長を投げ払う。
「グアァァ‼‼‼‼ 何て熱さだ!? 焼け、焼け焦げるぅ!」
ガルーダは顔面だけではなく全身すら燃え始め、風で吹き消そうとするも燃える火はしつこい。
ガルーダが明後日の方向で暴れている間に族長はくるりとミリファたちの方を振り返る。しかし彼の瞳にはもう光が映ってないように見えた。
「ダメだな……顔面が血まみれで君たちの顔すら見ることができない。いや……もう見る力すら残ってないからかな」
「族長……」
ミリファは氷漬けで冷えた涙をこぼす。
「だがこの救われない俺の命で君たちを救い出せるのなら……この命も本望ってやつなんだろう」
族長はそう言うと抉れた自分の腹部に手を突っ込み、大量の血を塗り付ける。
するとその血が魔力に反応しガルーダのときと同じように発火する。
そして族長は燃えた手を氷の塊に当てると、全く溶ける気配のなかった氷がみるみるうちに融解していく。
「私達を固めていた氷が溶けていく」
ロゼは徐々に自分の手足が動かせるようになることに驚愕する。やがて氷は全て溶け、彼女たちの五体満足な姿が露わとなる。
しかしそれと同時に族長は膝から崩れ落ちる。彼の流れる血が全て炎と変わり、彼女たちを守るように囲う。
「安心しろ、ハァ……ハァ……この炎は、俺が敵と認識してない……奴には、熱が伝われねぇように……なってんだ」
「族長……」
「なんか申し訳ないよな……‶ケモビト族〟を引っ張っていく奴が、一番最初に終わるなんてよぉ……」
「終わるなんて言わないでください! きっと回復魔法を使えば何とか……」
「気遣いありがとよぉ……だが自分の体の限界は……自分が一番よく……知ってる」
族長が笑いながら話す姿を見てロゼは涙を抑えきれなくなる。
「フリック先生に魔力の使い方教えてもらって……もしかしたら奴らに一矢報いることができるんじゃねぇか……って思ったんだが、現実はそんな甘くはねぇ……よな」
「そんなことないにゃ! 族長のおかげで……」
ミリファはこれ以上の言葉が言えなかった。はっきり言って族長がやれたことは‶第一幹部〟の1体の動きを止めることであり、追い詰めることはできなかった。しかし族長は一番よく分かっているのか、声に出せないミリファを見てほほ笑む。
「いいんだ……辛いことを言わせてしまったな」
「ご、ごめんなさいにゃ……」
「だが、俺の炎は決して消えることなんかはない……俺の灯火はきっと……誰かが受け継いで……ここに現れる」
「……族長?」
族長の目がゆっくりと閉じていく。それによって彼の命の炎はだんだんと小さくなっていく。
「アチチチチッ‼‼‼‼‼ ってあれ……火が消えていく」
ガルーダは払っても払っても消えなかった炎が消えていくことに何かを察する。
「なるほど……奴の命が尽きたから炎が消えたんだな」
ガルーダは不敵な笑みを浮かべると、人型の姿になる。そして手のひらから‶魔獣砲〟を生成させ、ロゼたちを囲う炎が完全に消えるタイミングを待ち構える。
「族長! 死んじゃ嫌にゃ! ぞくちょぉぉぉ!」
「お願い、目を覚ましてください‼‼‼‼」
「てめぇら3人とも仲良く消し飛べぇぇぇ‼‼‼‼‼」
彼女たちの涙の訴えなんか聞く耳もたないガルーダは無慈悲な‶魔獣砲〟を勢いよく放つ。しかし……
「‶炎天鳳凰拳〟‼‼‼‼」
ズドォォォォォーーーーーーン‼‼‼‼‼‼
空から火の鳥が急降下し、ガルーダの目の前で‶魔獣砲〟が相殺される。
「今度は何だ!?」
近くにいた御鬼が目を覆いながら驚愕する。そして魔獣共の前に颯爽と炎の男が現れる。
「え、円城……敦君!?」
そこに現れた敦は何も言わず、族長の下にやって来ると、ろうそくほどの大きさになった火を手に取り、自分の体に取り込む。
すると彼の脳内に族長の記憶と犠牲になっていった‶ケモビト族〟の思いが流れ込む。そしてすべてを理解した敦は自分の炎をさらに爆発させ、
「族長、あんたの思い……しっかりと受け取ったぜ! 俺があんたに変わってあいつらに一矢、いや、何十発何百発何千発でも報いてやる!」
「鬱陶しい火がまた一つつきやがった」
敦の熱い炎を目の当たりにしたガルーダは不愉快そうな顔を浮かべる。
「命の灯火は……受け継がれる!」
敦はギュッとこぶしを握り締め、炎を生成する。その炎の中には族長の魔力が流れていた。