602話 『壁越しの怪鳥』
「……こ、これは一体どうなってるんですか?」
情報送受信室の部屋がある5階まで上がって来たヘーボンは辺り一帯が赤く染まった通路の光景を目の当たりにして思わず立ち止まる。そして遅れてやって来たユマも静香も同様の行動を取る。
「この血は間違いなく魔獣の血……でも一体誰がこんなことを……」
ユマは床に飛び散った血に含まれる魔力を感じ取り、疑問を浮かべる。しかしヘーボンは魔獣の肉片とともに転がっていた棍棒の断面を見て何かを察する。
(この頑丈な棍棒をきれいにを斬れる剣士なんてもうあの伝説の剣豪ぐらいしか……)
ヘーボンはその後、魔獣の血を触り、まだ固まっていないことからこの戦いはつい数分前に起こったことだと察して入念に調べていく。しかしそのとき……
「魔獣の魔力が急激に消え去ったから来てみれば……随分と派手に戦ってくれたじゃないか?」
崩れる壁越しから中を垣間見る鳥の怪物の魔力を感知し、ヘーボンの手が止まる。
「これをやったのはお前か? 人間の剣士よ」
鳥の怪物は穴の開いた壁から首を突っ込んでゆっくりと振り返るヘーボンに尋ねる。
(なんてバカでかい魔力なんですか!? それに内なる部分に凄まじい神力も隠し持っているようですね!)
「な……なんでお前がここにいるんだ!? ガルーダ!」
ヘーボンの後ろでこの怪物と面識のある少女、静香は愛刀‶飛太刀〟を構えて警戒態勢をとる。しかしその目には敵意のほかに怯えているようにも見えた。
彼女の目に映ったものは、‶超国〟の南の海岸でガルーダの翼の一振りで起こった高波で敵味方関係なく大勢の人々が呑み込まれいく絶望的な光景だった。そして1日過ぎた後も何千、何万ものの行方不明者が見つかることはなかった。
「き、気を付けてください! この魔獣は危険度37で500万以上の戦力を持つ化け物です!」
ユマの言葉にヘーボンはさらに驚愕する。しかしそんな暇をこの怪物が作ってくれるはずもなく……
「お前がやったのかと聞いてるんだよ!」
ガルーダは一瞬でも気を逸らしたヘーボンに苛立ちを覚え、鋭い爪の生えた千鳥足で壁を突き破りながら彼を蹴り飛ばす。
ヘーボンは咄嗟に剣を抜いて刀身で防御したのだが、やはり‶第一幹部〟の蹴りの威力は想像を絶するもので、内壁をいくつも突き破りながら吹き飛ばされて行く。
「魔獣に逆らう人間は皆殺しって決まってんだよ!」
ガルーダは追い打ちをかけるようにヘーボンが飛んでいく方向にワインレッドの‶魔獣砲〟をぶち込む。
ズドドドドドドォォォォーーーーン‼‼‼‼‼‼‼‼
5階にある部屋を次々と破壊しながらヘーボンに直撃する。しかしヘーボンはその攻撃を‶奇才者〟の能力、‶蓄積〟で全て蓄えることに成功させる。
「仮面男からの情報で耳にしていたが、やはり厄介だな! その能力は!」
ガルーダは‶魔獣砲〟を吸収されたことを確認すると、苛立ちがさらに募り、翼を広げてヘーボンのところへと直行する。
「お返しです!」
ヘーボンは蓄積させた‶魔獣砲〟の魔力を自分の魔力へと変換させると、突っ込んでくるガルーダに向かってその魔力で斬撃を放つ。
ズバァァァーーーーーーーン‼‼‼‼‼‼
やったか……と思ったのも束の間。
ヘーボンの放った斬撃は頑丈な羽毛に覆われたガルーダには一切通じておらず、そのまま鋭い千鳥足に掴まれて天井を突き破って上空の世界へと連れて行かれる。
「敵から発生する威力は蓄積させられるかもしれないが、自ら発生する威力は蓄積させられないだろう?」
「な、何を……」
「是非超速の世界を楽しんでもらおうか!」
ガルーダはそう言って不敵な笑みを浮かべると、‶魔龍城〟が豆粒くらいにしか見えないくらいの上空から急降下し、音に匹敵する速度に達すると‶魔龍城〟の寸前で足を離す。すると解放されたヘーボンは勢いに逆らうことができずにその速度を維持したまま屋根を突き抜けて5階の床にめり込む。
「ガハァッ!?」
ヘーボンはドバッと口から血をこぼし、呼吸ができずに咳をする。
「ヘーボンさん!」
「ヘーボンっち!」
駆けつけてくるユマと静香に手を向けて止めさせる。ヘーボンはゆっくりと立ち上がり、勢い良く咳をして血痰を気合で吐き出す。
「僕たちの目的はこの魔獣を倒すことじゃない。だから分かりますよね? ここで全員が足止めをくらっててはいけないってことも」
「だけどあいつの強さは……」
「だからこそです。あんな怪物相手に少しでも犠牲者を出さないように戦う。それがギルダ国王より与えられた‶王の騎士団〟の責務です!」
ヘーボンはそう言い無詠唱で‶魔導神装〟を行う。そしてその言葉を信じたユマたちは目的地の‶情報送受信室〟を目指して走り出す。すると天上の穴からゆっくりとガルーダが降り、そこから剣を構えるヘーボンを見下ろす。
「勝負だ! ‶王格の魔獣〟‼‼‼‼」
「すぐに楽にしてやる! ‶王の騎士団〟‼‼‼‼」
ヘーボンの剣とガルーダの爪が再びぶつかり合い、神力の波動が吹き荒れる。