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真魅が話していたら突然、無表情になった男を見て咄嗟に危険と感じ、身構えた。しかし、男は何事もなかったかのように、仮面でも付けたかのように笑顔を絶やさずに返事をした。
「勘違いも多少、あったみたいです。私は何かに疑われているみたいな口ぶりですね。」
真魅は男の目をじっと見つめている。もう話しかけてしまったんだ。行くとこまで行くしかねーか、とあきらめた。それにしても、いきなり無表情になったのにはびっくりしたが、麻友にしかいってないってところに大きく反応したみたいだ。
真魅の尋問のような口調で怒ったのではなく、なにか仕事を邪魔された、大事なものを汚されたことへの怒りのような感じだ。
「お話はそれだけですか。」と男は会話を切り上げようとした。
考えることをやめて、ここでこいつに吐かせよう。そう決意し俺は男へと向き合った。
「めんどくせーから、はっきり言うが、お前はただのストーカーだと巫子には思われているさっさと付きまとうのをやめろ。」
「決めつけから入るな。失礼だぞ。ストーカー行為なんてしていない」
男は怒りをあらわにしていることが見て取れた。ストーカー行為はしてないね…視てるだけだから問題ないと言ってるようなもんだろって思ってしまうけどな。自分から犯人は僕ですと言ってるようなもんだけども、ストーカーの正体はこいつで決まりか?
「巫子が迷惑と言ったらストーカーと同じだろ。」
「私はただ見ているだけ。何も悪いことなんてしていません。接触しているわけでもないので警察に言っても無駄になるだけですよ?」
開き直るなよと思ったが、言ってることは間違っていない。真魅を見つめると、「早くなんとかしてよ」と言わんばかりの表情でこちらを見ている。
視る、見る、観る、こいつの〝みる〟はいったいどれなんだろうか。歪んだ考えではあるのかもしれない。
「お前、巫子ことなんか何も知らないだろ」と男に対してある確信をもって話しかけた。すると男は人が変わったかのように怒りの表情を露わにした。
「私以上に巫子さんのことを知っている人物なんていません。すべて見てきたんです。何もかもを。これからだって、ずっとずっと……。近くなくてもいいんです、近ければ離れる時がやってきますからね。遠くから遠くからずっと視続けるんです」
怒りの表情から恍惚とした表情に変わっていった。崇拝している人物を思い描いているかのように。男の表情と言動は普通のそれではなかった。
「そうか。しかし依頼は依頼だからな。お前がどんなことを思っていようがやめてもらうぞ」と男に言ったものの、頭の中では具体的な策が浮かばなかった。
厄介すぎるな。恋愛感情とかじゃない、狂信に近い何か。なんでそこまでして巫子を狙うのかがわからねぇ。どうやったらこいつは止まるんだ。
考えていると真魅がいつの間にか隣に立ち「なんで、善人ぶってるの。晴屋の仕事モードだから?」とささやいてきた。
「あんた、やめるつもりはねぇんだな?本当にずっと視続けるんだな。」と聞くと、
「やめる必要がない。やっと見つけて、やっと教えてもらった女神のような存在をどうして手放しますか。」と男は返事した。
「彼女はいつも微笑んでいる。私はその姿に心洗われるんです。教えてもらった時もそのあとに話しかけたら優しく接してくれた。彼女は僕を気にかけてくれた。ふと視線や僕の存在を気付いてくれるだけで僕はうれしいんです。」
突然、想思は真魅を引き連れその場を後にしようとした。男は突然のことに驚きながらも、「あきらめましたか?僕の想いの強さがわかってくれたようでよかったです。」と二人の後ろ姿に声をかけた。
「悪いな。いろいろ悩んだけど、飽きちゃったわ。お前の心、無理やり晴らしてもらうよ。何があっても見続けるんだぞ。」と返事をすると二人は薄暗い通りの闇の中に消えてしまった。
一体あの二人組は何だったのだろう。しかし、まぁいい。これでまた視続けられる。そう思い巫子のいるアパートへと視線を移した。
すると、女が飛び降りた。ぐしゃという音がする。あの部屋にいたのは巫子。そう考え付いた瞬間、いやな汗が流れた。巫子が飛び降り?そんなはずはない。確かめるために、恐怖心を忘れ女が落ちた場所へと近づいた。
そこには頭から落ちたのであろう巫子の姿があった。そんなはずがないと頭で否定するが、血が流れて止まらない巫子の頭部を見るとそれは現実であることを意識させた。何故、何故、何故、何故と考えてもわからず、答えの出ない何故が繰り返された。
どう見ても彼女は死んだ。 一つの信仰を僕は失ってしまった。
「あれは私的にもないかなー。」帰り道に真魅はそう言ってきたのであった。
「しょうがないだろ。いっても聞かないし埒が明かない。信仰してるものを消せばいいだけだろ。」
「でもさ、明日になったら巫子が死んでないってばれるよ?そしたら、また続くだけなんじゃない?」
「そんなことはない。あいつは信仰をなくしてしまったと思ってる、しかも目の前で死んでいく様子を見るんだ。トラウマ間違いなしだ。普通の人間なら終わりだよ。」
あいつが狂人だとしてもな。と想思はつぶやくのだった。
「でもさ、あれはどうやったの?」
「お前が晴屋モードが、とかいってきたからな。祓い屋として仕事をこなしただけだ。そこらにいた自殺した奴の力を借りて、巫子っぽく仕上げて後はぐしゃだ。もしかしたら、話しかけてるかもな、助けてくださいとか言ったりして。」
「ひどいねー。人扱いしてあげなよ。」
もう、人じゃねー奴らだろと想思は笑いながら返事をするのであった。それに力を借りたからしっかりと成仏はしておくさ。
晴屋のソファには三人の男女が腰掛けていた。心なしか和んだような雰囲気である。
巫子は「ありがとうございました。今日は朝から視線を感じませんでした。」と話し始めた。
「警察の方が来て色々と聞かれたり、心配されたんですけど……何か関係があったりするんですか?」と不安な様子で俺のことを見てくる。安心させるためにも「大丈夫ですよ」と返した。
「巫子さん、もう心配しなくていいんですよ。視線のことはストーカーが問題だったのでもうやめさせました。」と言うと巫子は安心した様子だ。
「申し訳ありませんが、報酬としていくらか頂きます。」と言うと巫子は本当にありがとうございました。といい封筒を置いて晴屋を出て行ったのであった。
巫子が出て行くと真魅がだらだらとし始め、俺に話しかけてきた。
「能力を使って良かったの?霊を使うなんて祓い屋はもうしないんじゃなかったの?」
「使うつもりはなかったが、吟子の依頼が来てるしな、リハビリも兼ねてだよ。」
「早く終わったんだし、まぁいいかー」と真魅は儲かったしねと言っていたが俺はすぐに真魅の言葉に反論した。
「終わったかはわからないぞ。まだ終わってねーよ。あいつが言ってただろ、見つけたとか教えてもらったみたいなことを。」
誰か巫子のことをあいつに教えた奴がいるな。そいつが次になにをしてくるのやら……。
「真魅、祓い屋としての仕事に、霊とか呪いとかの仕事になってくるかもしれないから覚悟しとけよ。」