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「着いた。ここで例の廃校だろう。」
翌朝、少し時間をつぶしたのちに、人が来ないであろう夕方になるまで待ち、ホテルを出て数時間、車に揺られると目的である廃校に到着した。梓が言うにはここが例の廃校らしい。夜も更けてしまったためにあたりの街灯がぼんやりと学校を照らしている。
光は乏しくはっきりとその廃坑の全容は見えない。辺りは見渡す限り木々に囲まれ、山の深くにまで来てしまったことがわかる。そのためか季節は夏に近いのに肌寒い。
梓と吟子は少し体を震わせ、怖がっていることが見て取れたが、その様子が普段のイメージと異なることもあり、俺はこみあげてくる笑いをこらえていた。確かに不気味だな。辺りにはごみなどが見え、そこから心霊スポットとしてくる人も多いことがうかがえた。
今日、誰か遊び半分で来るとやばいな。頼むから面倒ごとは増やしてほしくないな。調査どころではなくなりそうだと心配していると、スーツを着た若い男がこちらに向かってきた。
「こんばんは。今回、一緒に調査を依頼された弓削 現です。着物の方が吟子さん、そちらのコートを着られているのが梓さんですね。ほかの二人はどちら様で?」
「こちらの二人は協力者だ。何かあった時のためにね。」
男は友好的に微笑みながら梓と話している。しかし、時折、こちらに送る視線には嫌悪感に近い感情が読み取れる。俺たちをよく思っていないことがわかる。早速、嫌われてしまったみたいだ。
「少しこの廃校を見て回りましたが、怪異や霊的性質のせいで間違いないでしょう。いろんなのがいますので厄介ですがすぐにでも解決しますよ。」
「さすがは専門だな。なら、梓も吟子も必要ないんじゃないのか?一人で何でも解決できそうだぞ。」と、意地悪く言うと現は大きく顔をゆがませ怒りの表情をみせている。
「私一人で何とかなりますが、お二人も依頼の行方が気になるでしょうし、万が一、ということがあるのでついてきてほしいですね。」という現に対し、
「専門外のやつに頼むことがあるなんて大丈夫か?」と少し小馬鹿にしていると、
「いいじゃないか。行こうじゃないの」と吟子がいい、梓もどうやら同意しているようだった。
「では、これが吟子さんと梓さん、それにそちらのお嬢さんにこれを」というと、現は何か文字のようなものが書かれているお札を三人に渡した。
よく見ると、守りの結果の術式が書かれている札だったが、弓削家の者としてはあまりにも拙い術式だった。
そんなことを考えながらぼーっとみてると現は、「あなたはボディガードみたいですからいらないですよね」と意地悪く笑いながら言ってくるのであった。
おいおい、ずいぶん馬鹿にされてんなとは思ったが、変な術式の札なんかもらうよりはましかと思い怒りを鎮めた。そして、現がこちらを見ていないときに、真魅に「それ、捨てておけよ」とだけいった。
そして俺ら一行は闇の中にたたずむ廃校の中へと進んでいくのであった。
校舎の中は暗く微かに月明かりが差すばかりであり、手元のライトが消えてしまうとほとんど見えなくなってしまいそうだった。
しかし、中に入るときの変な違和感は何だったのだろうか。二人も不思議そうな感覚はあったようで考え込んだ表情をしている。真魅は笑ってこちらを見ており何が原因かはわかっているようだった。
「ねぇ、何か校舎の外側に張ってる?中に入るときに変な感じがしたんだけど。」
「えーっと、真魅さんだよね?よく気が付いたね。これは結界を張っているんですよ。主には人払いだけどね。いろいろと盛り込んでしまったから、霊感の高い人には違和感を与えてしまったかな。気にしなくても大丈夫だよ。」
と微笑みながら答えている。確かに、俺たちに危害を与えるものじゃないのは分かるが、それにしても強度が足りてない。術式が甘いというわけではなく、単純にそこまで注意していないからだろうが、それなりに霊感の強いやつが来て、無理やりにでも入ってきたら、すぐにでも壊れてしまいそうだ。
意外と用心深いわけじゃないんだなと思っていると真魅はまだ不思議そうにしている。そこで俺はこっそりと答えてやった。
「結界を張った理由は、誰かが来ないようにするためと怪異が逃げないようにするためだろう。怪異を祓う、浄化するという場合は怪異は暴れたりして言うことを聞かないほうが多い。そのために、中に術者以外がいるのは危険なんだ。それに、強いやつは逃げられることもあるからそれの対策だろうな」
すると、静かな建物だったため、反響し他の三人にも聞こえてしまっていた。やっちまったと思っていると、現は苦虫を嚙み潰したような表情をしてこちらを見ていた。「詳しいですね。その通りです。」と面白くなさそうであったが答えていた。
五人は生徒玄関を抜けそのまま先に進んでいた。現の話によると、とりあえず校内を歩き、怪異を探す、原因を探るとのことだった。注意されたのは離れないこと、声をあげるなど騒がないようにするなということであった。
「なぁ、現さん。もし、低レベルの怪異じゃないのが来たらどうすんだ?」と不思議に思いきくと、現は立ち止まり少し誇らしげに話し始めた。
「私が対処しますよ。依頼時に話を聞いた分だと大きな怪異はいないことが考えられます。この学校にいる程度の怪異には遅れなんて取られませんよ」
すると、暗がりの廊下の先からこちらに少しずつ音が近づいてくる。
タン、タン、タン、タン
こちらにどんどん近づいてくると何が音を出しているのか見えてきた。それは、小さな男の子だった。この学校に通っているとも考えられる年であった。
しかし、その姿は血だらけであり、四肢があらゆる方向に曲がり、まるで、車に撥ねられたようであった。その姿形からは想像できないほどに男の顔が笑顔なのがより一層、不気味である。その不気味な笑顔のまま、両親に久しぶりに会い、抱き着くかのように腕を広げこちらに走って来るのだった。
女子三人が息をのむ音が聞こえる。さすがに俺でもきついな。早速、怪異のお出ましかよ。と思い身構えていると、隣から「滅」とだけ聞こえた。すると男の子の姿はかき消されるかのように消えていく。消えるさなかに見えた、男の子の悲しい表情だけが俺の頭に残った。
「あーあ、始まっちゃうよ。大変なことが」
誰かが嬉しそうにそう言ったのだけがあたりにむなしく聞こえた。
男の子が消えた瞬間、不気味ではあるが特に嫌な感じもない穏やかであった学校の雰囲気が変わり、鳥肌が立つようなほどに、何であるかが言い表せないほどに不気味なものになった。
あの男の子が消える瞬間、悲しい顔をしていっていたその言葉が脳裏に焼き付いて離れない。
「こんなことしたら、彼女が許してくれないよ」
そんな、なんてことない一言がどうしても俺は脳裏から離れず、気になってしまった。彼女、この不気味な雰囲気を作り出したその原因はこの中に、そしてこの以来の中核の存在だと俺は考え込んでしまった。