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-金-

voce 金色の中庭



 校舎に入ると、目の前に大きな螺旋階段が現れる。

 階段は、吹き抜けの空間を円を描きながら、上へと長くのびている。


「じゃあ、あとで遊びに行くからね!」

 そうケイが言いながら手を振り、一階の自分の教室へと歩いていった。


 科の違うケイとは、この階段の前で別れ

 私は、階段をゆっくりと上がっていく。



 最上階へ残すところ、数段になったとき、上を見上げると

 そこには朝には会いたくなかった『アイツ』がいた。

「毎朝毎朝、ご苦労様ですねアメル嬢。 ……女性には、この階段はいささか酷ですよね」


「そうかしら? 私には全然、気にならないわね。

 むしろ、いい運動になって、身体がほぐれ、声が出しやすくなるわ」


「さすが、アルベロッタの紅き歌姫ですね」


「馬鹿にしてるの?」


「いえいえ、そんなことは…… むしろ称え――」

 彼の言葉を制するように、私は話し出した。

「で、ここで何してるわけ? 最上階は声楽科の教室しかないわよ? あなたの科は、この下でしょう?」


「ああ…… 声楽科の子達に、伴奏を頼まれましてね」

 手に持ったバイオリンケースを、軽く持ち上げ私に見せた。

「アカペラよりも、何かしらの調べにのせたほうが、歌いやすいとか」


「そう…… もう、終わったんでしょう?」


「はい。 今し方、やっと解放してくれましたよ」


「二、三曲のつもりが、次から次へと、新たな子達が登校してきて、さらなるリクエストを頂きまして、気づけば、朝から十数曲も演奏してしまいましたよ。」「でも、私の音を求めていただけるのは、嬉しいものですね」

 そう言って苦笑いを浮かべたあと、少し嬉しそうな顔をした。


「そう? 求められたのは、あなたの『音』じゃなくて、あなた『自身』じゃなくて?」

 私にはよくわからないが、この目の前のこいつは『王子』と呼ばれ、生徒達の中でかなりの人気があるらしい。

 (と、ケイが言っていたっけ)


「そうかも…… 知れませんね」

 彼はまた苦笑いを浮かべた。


「そうよ。 間違いなくね」


「ハッキリとおっしゃりますね」

「でも、仮にそうだったとしても――」


「だから、そうだって……」


 彼は軽く手の平を前にだして、私を制した。

「そうだったとしてもです。 私の奏でた音で歌い、一つの調べとなったことは事実――  その音には、偽りがないんじゃないですか?」

「その調べを創りだすことに携われたのは、音楽家にとって一番楽しく光栄なこと」 ……だから、理由はどうあれ、人のために演奏するのは私は好きですよ。 アメル嬢もそうではないですか?」


「私には ……わからない」


「わからない…… とは?」

 不思議そうな顔で彼は私を見てきた。


「人のために、誰かのためになんか、私は歌ったことがないから」


「では、アメル嬢 ……あなたは誰のために歌っているのですか?」


「それは――」

 私が彼の問いに答えかけた時、頭上から『アルベロッタの大鐘』が高らかに鳴り響いた。


 彼を私は顔を見合わせた。そして、彼が口を開く。

「時間ようですね。 私は自分の教室へ帰ることにします。 ……では、またお会いしましょうアメル嬢」

 そう言って私の横を通り抜けて、階段を下りていく。


「そうそう」

 背後から、彼の声がしたので私は振り向いた。

「あなたが言おうとしてた答え――

 やはり、あなたは私以外にも、心は開いていらっしゃらないようですね…… では」

 彼は胸に手を当てて一礼し、階段を下りていった。


(誰のため…… そんなのわからない)

 しばらく、その場で彼の背中を見送り、私は教室へゆっくりと歩き出した。



「――――」

 授業はいつものように始まり、そして終わる。

 それを何回か繰り返す――


(私は何のため、アルベロッタに入ったのだろう)

 いつも漠然と浮かんでくる、疑問とも不安ともつかない思いと感情――

『……あなたは誰のために歌っているのですか?』

 さっき言われ、彼の言葉をフッと思い出す。


(どちらも、今の私はわからない)

 今日は、朝から気分が良くなった。そして、アルベロッタに登校しても、彼との会話や、投げかけられた言葉の重み、そしていつもの疑問と不安――

(なんだか疲れた……)

 教壇からの視線を窓の外へと移す。

 窓は校舎の中庭に面していて、そこからは、深緑の葉達を揺らし、太陽の金色の光を散す『アルベロッタ大樹が』見える。


(あなたは、何でそこにいるの?)

 古の大樹に心の中で問う。


「――……」

 大樹に問いかけた瞬間、耳に微かに『声』が聞こえた。

 (ん? いま誰かの声が ……聞こえて)


 ――その時、アルベロッタの大鐘が鳴った。

「では、ここで授業を終わります」

 そう言って先生が教室を出ていった。


 その瞬間、生徒達の声で教室は溢れ返った。聞こえてくるのはその声だけで、あの『声』は聞こえなくなっていた。


「アメル! アメル〜!」

 教室の出入り口から、ケイの声がした。

「アメル……」


「何、ケイ?」

 ケイが神妙な顔つきで、私の席まできた。


「待ちに待った……」


「待ちに…… 待った?」


「お昼ご飯だわよ!!!」

 ケイの目がキラキラと輝いている。


「ああ……」

 私は席を立ち、顔の前で両手の手のひらを合わせた。

「ごめんケイ! 今日は、お腹空いてなくて……  少し具合も悪いから、ちょっと先に中庭にいってるわ」


「そ、そう、大丈夫?」

 私はケイに軽くうなづいた。

「じゃあ、昼食を食べたら、私もいくわね!」

 少し残念そうな顔でケイは言った。


「うん、じゃあ後でね」

 私は教室を出て行く。


「いつもの場所で!」

 背中から聞こえてきたケイの声に、片手をあげて答えた。



 長い螺旋階段を下りて

 私は一人、金色の光に溢れた中庭へと立った――


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