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-木-

scuola 木の学園



 あれから雨が降ることもなく、今日は雲一つない晴れた空――

 こんな天気になるのは、何日ぶりだろうか?


 久しぶりの晴れに、お母さんも嬉しそうに洗濯物を干している。

「アメル〜 今日は遅めね」

 玄関を出た私に気づき、シーツの間からお母さんが顔を覗かす。


「うん、ちょっと…… ね」

 今朝は寝起きが悪かった。

 身体のどこか―― どこかが欠けてしまったかのような痛みとダルさが、身体を襲ってきた。いまもその痛みは続いている。

 そのせいで、起きてはいたのだけど、なかなかベッドから身体を起こすことができなかった。


「顔色が少し、悪いんじゃない?」


「大丈夫…… 寝つきが悪かったんだとおもう」


「そう〜 あまり無理しないでね」


「うん…… じゃあ、いってきます〜」

 干された白いシーツのなびく中を歩き、街へと向かう。



 街への道を歩きながら、私は空に向かい歌う。

「♪〜この風 髪を揺らし時 ……」

「♪〜思い出すは 彼の想い ……」

「♪〜去りし その風の温もりも ……」

「♪〜やがては 感じぬままに 私は行く ……」


 つらい時に歌うと、気持ちも晴れるが、やはり悲しい歌では、晴れるものも晴れない。

 でも、こんな具合が悪い時には、そういう歌しか歌えない。

 私の感情を表してくれる歌――


 この別れの歌は以外と、私の今に合うのかもしれない。だって、早くこの痛みとお別れしたいから――



 街の門をくぐり、そのまま大通りを進む――

 今日は少し遅めに家を出てしまったので、近道である大通りを行くことにした。


 街は既に起きていて、両側の道は通行人で溢れていた。近くからも、遠くからも人の出す音が絶え間なく聞こえてくる。

 この雑踏が、目の前を歩く人も、後ろを歩く人も、追い立て急かす。そうまるで、牧羊犬に追い立てられる羊のように――

 そんな朝の街が、私は苦手だった。


 もう少し早めに出ればよかった―― 少し後悔した。

 できるだけ早足で大通りを抜けることにした。



 段々と丘の上にある城が見えてきた時、目の前に大きな木が現れる。


 深緑の葉を湛えし、古き巨木――

 その周囲を囲うよう、円形に乳白色の壁がそびえ立ち、壁には無数の長方形の窓が、等間隔に並んでいる。


 ここは『アルベロッタ』

 私の通う、王立音楽院だ。



 この円形のコロッセオみたいな建物は、古の昔から此処にあり、その建物を利用し、アルベロッタの校舎として使用していた。


 ここまで来ると、周囲には私と同じ制服を着た生徒が増え、周囲より「ごきげんよう」という挨拶が聞こえてくる。


「ごきげんよう、アメル〜」

 不意に背中から、挨拶をされた。


「ごきげんよ…… う」

 作り笑いをし振り向くと、そこにはケイが立っていた。

「なんだ〜ケイじゃない」


 ケイがムスっとした顔をする。

「なんだとは、朝からヒドイですわね〜 アメル嬢!」


「ヒドイのはケイでしょう! 誰かと思ったわよ」

 私は向き直って、ケイを置いて、校舎へと延びる赤いレンガの道を行く。


 ケイは小走りで隣に並んできた。

「ち、ちょっと待ってよ! ……もしかして怒った?」

 横目で見ると、ケイが少し焦った顔をしている。


 私は前を向いたまま、人差し指を立てた。

「こんなことで怒ってたら、私は今でも一人で、この道を歩いていたでしょうね」

 指を下ろし、ケイのいる横を向く。

「でも毎日、こうしてケイと歩いてる…… 不思議ね」


「アメルは人と話さないしね〜」


「そう? こうして、ケイと話してるじゃない」


「私以外、私以外とよ! アメルは、それでなくとも話しかられにくいのに〜」


「そうなの?」 ケイの言うとおり、私はこの学園であまり話しかけられることはなかった。

 もともと自分から話しけるタイプの人間でもなかったので、それほど気にはしていなかった。


「いい? 容姿端麗さに、その天使のような美声…… どれだけのアメルのファンが学園にいることか」


「え? ファンなんかいたの?」

 初耳だった。人前で歌うのも授業のみだし、人に好かれるほどの行動も付き合いも、してるつもりもなかった。


「知らなかった? よく、あなたを見てる…… ええっと…… そう! あそこの集団!」


「あの子達が、あなたのファンよ!」

 ケイが指差した先に、かなりの人数の集団が校舎前で待ち構えていて、こちらを見ていた。ほとんどが女子だったが、中には男子の姿もあった。


「へ〜 そうだったんだ」


「へ〜 ……じゃないわよ! 今まで何だとおもってたの?」


「待ち合わせ?」


「あんな集団の待ち合わせなんてないから! もう〜……」

 ケイが頭をかかえている。


「そう、あまり興味がなかったから」

 私は集団の視線を気にせず、前を通り過ぎ、校舎への階段を上った。


「さすがアメル嬢…… 大物だわね」

 深くケイがうなづいている。



 そんな朝の会話をしながら、ケイと私は校舎へと入っていった――

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