-水-
arcobaleno 水たまりの
――窓の硝子を叩く雨の音が強くなってきた。
私は読んでいた本を床に置き、立ち上がって窓の前に立つ。
曇った硝子越しに見る外の世界は、空と同じ曇った色だった――
「う〜ん……」
困った。これからケイと街に出かけないといけないのに、あいにくのこの天気。
「そう簡単には、止まないよね」
昨夜から降り続けている雨、今日の昼になっても止むことなく降り続けていた。
窓の下に、赤い傘を差し歩いてきたケイが見えた。
「あっ、ケイ――」
私は急いで階段を下り、玄関の前へと走った。
「迎えてきてくれて、ありがとう〜さあ、入って!」
ドアを開けてケイを迎え入れる。
ケイは傘を閉じ、外で数回振って水滴を落とし、傘たてに入れた。
「街に行く通り道だし、私の家で集合よりは、よっぽど現実的よ!」
濡れてしまった、自慢の左右に分かれた長い髪を、ケイは自分のハンカチで押さえている。
「あっちょっと待ってて! いまタオルもってくるから…… そこのソファーに座って!」
私は一階のリビングにあるソファーを指差すと、タオルを取りに部屋への階段を上った。下で「おかまいなく〜どうせ、また濡れるんですもん」とケイの声が聞こえる。
部屋に入り、クローゼットからタオルを取ると、階段を下りてリビングへ。
「はい、お待たせケイ」
ケイが少し震えながら、私の手渡したタオルを受け取った。
「あ、ありがと……」
「なんだか寒そうね? いま暖炉に火を入れるわ〜それまで、これ使って!」
ケイにリビングにあったタオルケットを手渡す。
「ずぅぅ〜うぅ、ありがとう〜」
鼻水をすすりながら、ケイは何回か頷いた。
暖炉の前へと行き、暖炉に薪をくべ紙に火をつけ点火させる。火が上がるのを確認し、ケイの方へ向く。
ケイは、タオルケットを身体に巻き、すごく寒そうにしている。
「今日の街での買い物は、ケイも辛そうだし、天気もこんなんだし止めとく?」
「うーん…… そうね、少し温まらせてもらったら、このまま家に帰ることにするわ」
「ケイがよければ、雨が止むまで居ていいわよ?」
暖炉に向き直って、新しい薪を何本かくべた。
「でも―― この雨、長そうよ?」
火を見ながら、横目で外を見た。
リビングの大きな窓に、いまも無数の雨の線が新しくのびている。
ケイの言うとおり、この雨はすぐには止みそうになかった。
この時期に王都に降る雨は、昔は一年を通しての貴重な水源ともなっていた。しかし、郊外にある山からの水路が整備された今では、そのありがたみは薄れ、私たちの年代ともなれば『厄介雨』と揶揄されていた。
私は、暖炉に向き直り、新たな薪をくべ呟いた。
「本当……『厄介雨』よね」
「♪〜雨が止む頃 二人が分かつのであれば ……」
「♪〜この雨が二人を分かつのであれば この雨が止めなかれと 止むなかれと ……」
「♪〜降りしきる雨に打たれ 佇むとも 流れ落ちるモノを隠せない ……」
「♪〜ならばいっそ 止む無かれと ……」
雨が止めば、愛しき人が旅立ってしまう。その旅立ちを知らせる雨が、止まないことを願う歌。こんな時に歌う歌ではなかったが、おもわず浮かんできたので、私は歌ってしまった。
昔、人は雨に恵みを求め、降ることを強要し―― 時に、この歌の主人公のように、振り続けることを望むこともある。
いまの私達二人にとっては、そんな昔の人達とは違い、この雨が止むことを願っている。雨にしてみれば、すごく勝手は話だ。
「あ! アメル! なんだか止んできたみたい!」
「え?」
ケイの声で窓の外を見ると、硝子一面に光が射し込んできていた。
「ほんとだ……」 信じられない、さっきまで止む様子がまったくなっかったのに雨が止んでいた。
「じゃあ、お邪魔しました!」
ケイが玄関のドアを元気に開け放った。
「本当に、一人で大丈夫?」
ケイは持ってきた傘を手で地面に打ちつけ、最後の水滴を落とした。
「平気〜平気〜! 家まで一本道だし!」
「そう、じゃあ気をつけて〜明日、アルベロッタで!」
「はいアメル嬢〜アルベロッタの木の下で……」
ケイがあのキザなアイツのマネをしながらそう言った
「もう〜ケイ、怒るわよ!」
私が怒った顔をすると、ケイは歯みせて笑った。
「じゃあ明日!」
ケイが手を振り、帰り道を歩いていく。
その背中に私も手を振った。
「うん、明日」
道を歩いていく、ケイの背中を見送る。
「なんで急に雨が止んだんだろ……」
歌った直後に、雨が止んだような気がした―― これだけ急に、天候が変わるのは珍しいことだ。
『歌姫のアメルが望むまま……――』
「ん?」
声が聞こえたような気がして、後ろを振り向く。
しかし、木が少し揺れていたが、誰もいなかった。
「う〜ん。たしかに、誰かの声が聞こえたんだけどな……」
「ん?」
下にある水たまりに、ぼんやりとしたカラフルな線が映っていた。
前を向き空を見上げた。
「これは、雨の贈り物 ……かな」
そこには、鮮やで大きな虹が空へとかかっていた――