-火-
Una festa 火の祭
私は夢を見ていた――
そこはやさしい光溢れた世界――
私はそこに一人で立ち、真っ直ぐと前を見ていた。
その先に見えるのは、暗い闇――
闇は光の世界を徐々に侵食していき、やがて――
その闇が私の足元まで迫ってきた時――音が聴こえてきた。
その音は私の周りを『風』のように駆け巡ったあと、私を包み込んだ。
温かいその音の『風』を感じた時、足元まで延びてきた闇の進行は止み、光の世界から闇はいなくなった。
またそこは光だけの世界となり、さらに音という住人と、そして私だけがいる世界になった。
光が満ち、音が溢れる私の世界――
そこには、いつもの夢で聴く『音』が――そして私は目を閉じた。
「アメル…… アメル――」
誰かが私を読んでいる。
「――アメル〜!」
「――うぅ ……ん?」
その声で私は目を覚ます。顔を上げるとそこには、お母さんが立っていた。
「もお〜今日はお祭りよ? そうやって、いつまでゆっくりしてるつもりかしら?」
「あ…… そうだった。ごめん」
今日は街のお祭りがある日だった。年に一度の大きなお祭りで『火の祭り』と呼ばれていた。
「食事は出来てるから、さっさと下に下りてきなさい! いいわね?」
「……う〜ん」
「それと…… 窓は閉めて寝なさいね〜夜はもう寒いのだから」
そう言って、お母さんは部屋を出ていった。
「あ! リオ君!」
昨日、私の部屋で寝てしまった、小さき侵入者を探して部屋を見渡す。
「……いない」
窓が開いてたということは、もう帰ってしまったのだろうか?
「挨拶くらい、していきなさいよね……まったく」
ベッドから身体を起こし、歩きながら背伸びをする。
机の上にある昨日持ってきた二つのカップが目に飛び込んできた。
「あぁ〜 ……カップを片付けないと」
机の上のカップに手をかけると、片方だけ中身が無くなっていた。そしてカップの下にメモが置いてあった。
「……読めない」
獣人語で書かれていたメモは、私には読めなかったが、お茶の御礼の言葉というのはなんとなくわかった。
「どういたしまして……」
本人がいないので、メモに向かってそう呟いた。
「君のおかげかな…… あの音が夢で聴けたのは」
私は窓の方へ歩いた。
そして窓のすぐ側に見える、昨日の夜に歌い手がいた木を見つめた。
「ありがとう……」
私は窓を閉め、お祭りに行くための支度を始めた。
「おはよう〜」
下に下りると、テーブルには朝食が用意されていた。紅茶の入ったカップや、スープの注がれたボウルから、白い湯気が立ちのぼって。
「おはようお寝坊さん〜。食べたら置いといて、あとで片付けるわ」
お母さんが『工房』から顔をだけを覗かせそう言うと、ドアをすぐ閉めた。
「は〜い」
私はお母さんに聞こえたかわからない返事を返し、目の前の椅子に座る。そして目の前の紅茶の入ったカップに口をつける。
「温かい方が、紅茶は美味しいよ?」
カップから、湯気とともに、紅茶のいい香りが顔を覆ってきた。
「でも君、黒猫族だから…… 熱い飲み物は苦手かな〜」
相手のいない会話は寂しいものだが、相手のことを考えながらの独り言は、どことなく、そうは感じなかった。
「さてと ……お祭りいこう」
私は食事を終えて、食器だけは流し台へ運んだ。
そして私は、玄関の側にある『工房』のドアを開けた。
「じゃあ、私、お祭り行ってくるね」
工房のドアを開けると中から、溶けた『にかわ』の臭いが押し寄せてくる。
私はこの臭いが苦手で、滅多なことがない限り、工房には入らないようにしている。お母さんもそれは知っているので、できるだけ私が一階にいる時は、この工房のドアを開けないようにしてくれている。
お母さんは私の声に気づくと、削っていたバイオリンを机に置いた。
「わかったわ〜楽しんでらっしゃい〜!」
「うん、行ってきます!」
その答えにお母さんは微笑み、またバイオリンを削りだした。
私は工房のドアを閉めて、私は玄関から家を出た。
街へ進むにつれ、人と祭り特有の熱気が多くなっていった。
私は、一緒にお祭りに行く予定の友達と、待ち合わせをしている『時計塔』へと急ぐ。
この街で二番目に高い建物である『時計塔』は、この街からのどこからでも見えるので、待ち合わせにとても便利だ。その他にも一番大きく高い『王城』もあるが、小高い丘の上にあるのと、そんなことに王城へと赴くのも、王族の方々に失礼にあたるので、待ち合わせには向かない。
――時計の針は天辺から、緩やかに下降しはじめていた。
「うーん ……寝すぎたかな」
走りながら、いかに自分が長く寝ていたかわかった。
約束の時間にはどうにか間に合い、時計塔の前に着く。
そこには、茶色い長い髪を左右に分けて束ねた友達のケイと…… 同じ学校の生徒でもある、よく知った男性もいた。
二人は、私に気づくと手を振ってきた。
「アメル〜〜こっち、こっち!」
ケイが笑顔を浮かべ、私に呼びかけた。
私はケイの前まで行くと、隣にいる男性の顔を睨みつけた。
「あなた、なんでいるの?」
「今日はお祭りだからですよ」
男性は微笑みながらそう答えた。
私は若干イライラしながら、腰に両手を当ててもう一度問い直す。
「私は、なんであなたが、ここにいるのか聞いてるのよ?」
「そうそうカッカなさるな、アメル嬢」
両方の手の平を前に出し、前後に動かした。
「アメル嬢のご友人が、お暇そうでしたので…… つい、声をかけてしまいました」
彼がケイの方を見ると、ケイはそばかすの残る顔を真っ赤にさせ、緊張したように何回か早くうなづいた。
「では、アメル嬢もお着きになったことですし、邪魔者は消えるとしましょう…… では、またアルベロッタの木の下で」
彼が跪き手の甲へのキスをしようと彼はしてきたが、私はそれを拒んだ。
肩をすくめて立ち上がった彼は、胸に手をあて一礼した。
「御機嫌よう」
私は嫌みったらしく、彼にそう言った。
「そうそう…… アメル嬢」
「なに? まだ何かあるの?」
「アメル嬢は、私だから拒むのかな? それとも、君が拒むのは ……人という存在をですか?」
「何言ってるの?」
「まあ、お気になさらず…… 少なくとも、本当に少なくとも、そのご友人だけには、心を開かれてるようですし、全く拒むわけでもなさそう……」
「いつか、私にも、その心を開いてくださいね? では……」
そう言って彼は街の奥へと消えていった。
「ほんとキザで嫌なやつ……」
彼が去ったのを確認し、私はケイにイライラしながら言った。
「そうかな? 優しくて上品いて……アルベロッタの女生徒の中ではすごく人気があるのよ?」
ケイは彼が去ったその先を、なんとも緊張感のない顔で見続けている。
「え? アイツが?」
「そうそう! バイオリン科の主席で、あの甘いマスク! 王族に匹敵する気品! そう、才色兼備であの立ち振る舞い…… まさに王子……王子様ね!」
ケイの目は、完全に恋する乙女の目だった。
「王子にね……」
私も彼の去った道を見る。
「私はああいうのが一番苦手かな」
「ああ、勿体無い〜! さすがアメル嬢ですこと!」
少し怒ったように、ケイがそう言った、
「つまらない話はやめて、お祭りにいきましょう! 早くしないと日が傾いてきちゃう! 出店が混む前に、全店制覇よ!」
溜息をつき、ケイは両手をあげた。
「もう〜色気より食い気ねアメルは……」
私達は、普段より膨れ上がった街の雑踏の中へと歩き出した――
一通り店を回り、家族と合流するケイと別れて、私は一人『火送り』の時間を広場の片隅で待っていた。
『火送り』とは、祭りのメインイベントで、街の人が持ち寄った古い衣服などを広場の大きな焚き火で燃やす。
なぜこのようなことをするかは、定かではないが、この時期に帰ってくる魂達が、この上へ上へと昇っていく火と煙を道しるべに、再び天へと魂達が戻っていくとだと言われている。そのため、街の人々は自分達の匂いがついた、身に着けていた衣服を燃やし、少しでも魂達を安心させようと、しているのだという。
私はこの炎が大好きだった。
その謂れのとおり誰かのために燃やす炎は、とても温かく綺麗だった。夜空に昇っていく炎を、人々がみんなで見上げている。
炎の灯りで浮き上がった、街の人達はとても穏やかな顔をしている。そう、この顔を見れるから、私はこの炎が大好きで、毎年かかさず見ている。
「♪〜幾つもの光を目印にするより、君が示す光で行けたなら ……」
「♪〜きっと私は迷わずに、あの空へと旅たてる ……」「♪〜だから、その炎を絶やさずにいてほしい ……」
「♪〜火が消えた時には私を忘れてほしい ……その顔を上げて歩いてください」
「♪〜その顔を上げて歩いてください ……」
この時期によく歌われる歌。亡くなった人
亡くなった人の思いと、それを亡くした者の気持ちがあるならば、きっと、亡くなった人も最後まで、別れを望んではいなかった。
その望みが叶わなかった時、その手で自分を送ってほしい……そして忘れてほしい。亡くなった人が望みを歌った歌は、どこか悲しく寂しい。しかし、前を向いて生きて欲しいのが、本当の亡くなった人の気持ちであると、歌は終わる。
でも、この街の人々は、亡くなった人を忘れることができなかった。
でも、こうして毎日、前を向いて ――生きている。
私はいつまでも昇っていく炎を見上げ続けた。