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-月-

La luna 月夜の再会


 夜風が私の顔をなぜる――


 部屋の窓に腰掛て見上げた場所には、光を煌々と篭らせた月がみえた。

 いつに無く大きく感じる月に向かって、大きく息を吸い込むと

まるで月の息吹をそのまま吸い込んだかのように、清涼な空気が私に流れ込んでくる。


「♪〜月が流した涙に そっと小舟を浮かべ そして月へと漕ぎ出す ……」

「♪〜真っ直ぐと遠くへ続く その白い川を上り 上へ上へと ……」


 月を謳った歌は数あるが、私はこの歌が好きだ。月から続く、その涙の線を辿れば必ず、その涙を流した月へとたどり着けると歌っている。


「♪〜きっと同じ月を見たアナタも 月の海で漕ぎ続け やがて同じ場所へたどり着ける ……」


 この一節から音が無くなり、アカペラでこの曲を歌い続けなくてはならない。学者達はこの古い歌は、未完成のままで後の世に残ったとしているが、私はそれは違うとおもっている。作曲者はきっと、この部分に音をつけたくなかったんだとおもう。


 なぜなら――……


 歌声が窓のすぐ側から聞こえてきた。

『♪〜そして、出逢えたならば そこで出逢えたのならば 同じ月で共に…… 永久に共に……』

 聞こえてきた歌声は、いつも私が歌う旋律とは異なった旋律で歌い上げた。


 この曲は、歌を歌う人に委ねられたパートでは、自由な旋律で歌ってよかった。だからこそ生まれる、この曲が歌う人によって生まれる物語…… そのいくつもの結末に、自分の作った曲の音で左右されてほしくなかった ……だから音を入れずに、人に委ねたんだとおもう。


 窓の横にある木を見ると、あの広場であった歌い手が座っていた。

「……って君さ、そこで何やってるの?」


「歌姫アメルと同じく、今夜は月が綺麗でしたので、夜風に当たろうとおもいましてね…… お散歩中です」

 歌い手は、目を細めて私に微笑んだ。


「あっそ…… で、済むとおもう?」


「この美しい今夜の月に免じて、済んではいただけないでしょうか?」


「無理ね」


「うう……」

 歌い手の両耳がパタッと前に倒れこんだ。


 私は人差し指を立てて、歌い手に捲くし立てたるように喋り出す。

「私の家の木に君は勝手に登って、そして私の歌を横取りして……」


 パッと目を見開いた歌い手は、抗議するように尻尾を真っ直ぐに立てた。

「ひ、ひどいですよ! 歌姫様も、ボクの歌に入ってきたじゃないですか!」


「あれは本来、二人で歌う曲だから……問題ないでしょ?」


 立てていた尻尾に力がなくなり垂れ下がっていった。

「歌姫アメルの言うとおりにございます」


「分かればばいいの、分かればね」

 私は勝ち誇ったかのように腰に両手を置いた。

「とりあえず、君、そこから降りたら?」


「いえいえ、お気になさらず! ボクは高いところが大好きなのですよ!」

 枝から下に垂れ下げている尻尾が、嬉しそうに踊っている。


「そう〜 ……せっかく、お茶でも入れてあげようとおもったのに」

 両手を前で組み、流し目で歌い手をみた。


「え、あ、ほ、本当ですか?」


「ええ、でもいらないって言うなら別に」


「い、いや、いります! 是非、ボクにお茶を ――おわっ!」

 慌てて身体を木から離した歌い手は、バランスを崩してしまった。

「あわわっ」

 そのまま歌い手は、私のいる窓へ飛び込んできた。


「ううっ―― いたたっ…… 君、大丈夫?」

 私の上に乗っかっている、小柄な歌い手に声をかける。


「はい…… なんとか、この柔らかい物のおかげで助かりました」

 そう言ってポンポンと両手で私の胸を触った。


「ち、ちょっと君! どこ触ってるのよ!!」


「あああっ! これはボクとしたことが…… すいませ……」

 私は渾身の力で歌い手を跳ね除けた。

「ん」

 壁に打ち付けられた歌い手は、尻尾と耳が垂れ下がり、歌い手は完全にのびている。


「このバカ!!」

 私は大声で歌い手に枕を投げつけた。



「うう…… 歌姫アメル申し訳ございませんでした! 申し訳! 申し訳ご――」

 歌い手が私の足にすがり付いてきている。


「は、離れなさいよ!」


「許していただけるまで、ボクはこうするしか術を知りません!」


「わ、わかったから! ほら、許す! 許すから離しなさい! ん〜もう!!!」

 足に纏わりついた歌い手を全力で引き離す。

 歌い手は勢い余って、転がっていってしまった。そして素早く、また転がって私の所へ戻ってきた。


「本当ですか!? あぁ寛大なる歌姫アメル様!」

 歌い手は跪いて、手のひらを上にし私へのばしてきた。

「あぁ〜感謝いたします」


「もういいって……」

 この歌い手は悪い子ではないが少し疲れる。

「じゃあ、そこで待ってて。お茶いれてくるから」

 部屋のドアへ手をかけて、歌い手のほうに振り返る。

「くれぐれも…… おとなしくね」

 その声に歌い手は一瞬ビクッとした。


「は、はいです!」

 歌い手は丸く大きく目を見開き耳と尻尾をピンッと立てて答えた。



「……っと、お待たせ〜」

 私が二つのカップを片手で持ちドアを開けると、部屋の真ん中で歌い手が丸くなって寝ていた。

 大人しくと言っておいたので、じっとしていたら眠くなったのだろう。

 時折、耳をパタパタと動かし、スヤスヤと寝息を立てている。


「もう〜しょうがないな……」

 私はベッドから毛布を引っ張り、歌い手にそっとかけてあげた。


 毛布をかけると、歌い手はさらに丸く縮こまった。

「ん〜……ありが……と……です」

 寝言なのかよくわからないが、歌い手はそう言って心地良さそうな顔をしている。


「君は本当に…… どこの子なの?」

 歌い手はそれに答えずに、寝息をかき続けている。

「まあ〜朝に聞けばいいかな」

 もってきたカップを机の上に置いた。


「――ん」

 窓から吹き込む夜風が、少し寒くなってきた。

 私は窓を閉めて、もう一枚の毛布をかぶりベッドに横になった。

「おやすみ」

 歌い手にそう呟き、目蓋をゆっくり閉じた――

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