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この『Ecco la canzone[エッコラカンツォーネ]』にはイラストがあります。
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Ecco la canzone 日の射す広場
私の初めての音は、この世界が始まることを教えてくれた。
その音は、私を温かく包むように、絶え間なく聴こえてきた。
私がいた暗い世界には、光は届かなかった。
手を差し伸べても貰えなかった。
でも、その音だけは私に手を差し伸べやさしく語りかけてくれた。
やがて私の世界に光が満ちていて――
そこには、その音が溢れていた。
そう、この音……この音で私の世界は始まった――
「……ん〜 ふわ〜……」
目を擦り、大きなあくびをしながら、ベッドから身体を起こす。
「う…… う〜ん」
窓からは光が射し込み、外からは小鳥達の鳴き声が鮮明に聞こえてきた。
「今日はあの音を聴けた……よかった」
私は夢で聴くあの『音』が大好きだ。でも夢以外で、その音は聴いたことがない。
生まれてから、少なくともこの王都では、まだ聞いたことがないのだ。でも、私はそれを探そうともしなかった。
なぜなら、夢で聴き続けることが、このままできるとおもっていたから。
――だが
ここ最近、夢でその音が聞けなくなってきた。月に数えるくらいしか聴けない。
それが私にとって、いま一番の悩みになっている。
「んん〜」
――背伸びをしながらベッドを出る。
「……学校いこうかな」
クローゼットへ行き、制服を出して着替えた。
――王都の裏通りを歩きながら、朝食のサンドイッチを一口かじり
――そして鼻歌を1小節口ずさむ
それを、ゆっくり歩きながら繰り返す――
「〜♪」
裏通りはとても静かだ。
いまは陽が上がったばかりの早朝なので、なおさら、ひと気がなく静かだった。
「〜〜♪」
他の音が聞こえず、私だけの音が響く……私はそれが、すごく心地よい。
歩きながら鼻歌を歌うのが好きだ。特にこの裏通りで歌うのが大好きだ。裏通りは騒音もなく、人もあまり歩いてない。長い壁面に囲まれ道はまるで、図書館や学校の回廊を歩いてるようだった。
だからよく響き、すごく心地が良い――
私はいつも早めに家を出て、ここをゆっくり歩くことにしている。
「〜〜〜♪」
反響した音が澄み入るように身体に流れ込んできた。
――光が射し込まない裏通りをしばし歩くと、やがて道は広場へとぶつかった。br>
広場の真ん中には噴水があり、そこからいつもの水の流れ落ちる音と誰かの『歌』が聴こえてきた――
『♪〜羽ばたくことを忘れた人は やがて集まり この王都を成し〜』
『♪〜空の子らは いまは空を眺めることしかできないけれど〜』
『♪〜やがていつかは この空へと帰れる〜』
聴こえてきたその歌声は、すごく綺麗な音だった。
それは、王立楽団が奏でたような気品溢れる音楽ではなく、歓楽街の酒場にドキドキしながら、こっそりと聴きにいった陽気で明るい音楽でもなく ……私には例えることのできない、聴いたことのない音だった。
澄みわたる湖面を滑るかのように、歌声は広場全体を駆け巡り、私の耳へと届いてきた―― それはまるで、この広場が歌のために用意された『舞台』ではないかと思わせるくらいだった。
聞かずにはいられない、胸をくすぐっていく歌声――
でも――
それは、とても温かく包まれていくような、旋律だった――
――やがて歌は終わり、歌い手は軽く私にお辞儀をした。
「ご清聴、感謝いたします」
噴水の段差に立った、少年とも少女ともわからない獣人族の歌い手がこちらに歩いてきた。
「こんな朝から、貴女みたいな聡明で美しいご婦人に出会い、そしてボクの歌を聴いて頂けたのは、とても幸運なことですね。女神様に感謝しないと、いけませんね」
歌い手は、広場の教会の方を向いた。
「時に厳しくもあり、時にこんな幸運をも与える……とてもあなた方の女神様は気まぐれだとはおもいませんか?」
「そんなこと、私じゃないんだから、わからないわよ」
「そうですね。女神様の御心など到底、人の仔が分かるものではないですね」
「ん〜さてと…… その大樹のエンブレムの入った制服は、アルベロッタ王立音楽院の制服ですか?」
「そうだけど……それがなに?」
獣人族の歌い手は、頭の黒い両耳をピクピクと動かした。
「いえいえ、ただ通学の時間には、まだ少し早いのではないかとおもいましてね…… ただ、そうおもっただけですので、そんなにコワイ顔なさらずに」
歌い手は両手の手のひらをみせ、左右に二回振った。
「何がいいたいの?」
「もうそのコワイ顔しないで、聞いていただけますか?」
「内容にも…… よるかな」
「困りましたね…… でも、話さないと前には進めませんね」
歌い手の頭の耳が垂れ下がった。
「いいから話してよ」
「すごくお似合いだなって…… おもいましてね!」
歌い手は、恥ずかしげもなくそう言って微笑んできた。
「……なにがいいたいの?」
「おかしいですね…… 大抵のご婦人は、装いを褒めると喜んでいただけると聞いたのですが……」
「ほんと、何がいいたいの?」
「これは、女神様がボクに与えたもうた、新たな試練なのでしょうか?」
歌い手はチラッと横目で教会を見る。
「私…… 急ぐから」
これ以上、付き合いきれない――歌い手の横を通り抜けて広場の出口へ歩き出す。なんで、こんなヤツの音が私は気になったんだろう?
――私は少し後悔をした。
「深緑の制服を纏いし貴女、少しお待ちなってくださいませんか?」
背後から歌い手の呼びかけが聞こえてきた。
私は立ち止まったが、振り向かなかった。「なに? 私にまだ何か用があるの?」
「こんな街の片隅で、ボクの歌を聴いていただいた御礼に、最後に1曲歌わせてください……」
私は首を横にふった。
「そんなのいらな……」
最後まで私が言い終わる前に、歌い手は歌い始めた。
『♪〜またこの地で逢えるまで 私はここで生きてゆきましょう〜』
『♪〜再びこの地に帰るまで 私はこの地を守りましょう〜』
『♪〜やがて時が経ち この地が変わったとしても〜』
『♪〜私だけは変わらずにいましょう ……』
――この歌を私は知っている。
これは、王都に古くからある歌で、王都が長い戦争をしていた時代の歌だ。
戦争へ行く男性と、それを待つ女性の歌……戦争に行かないでと言いたいが、それを言い出せない、それを言ってはいけない…… だからせめて、自分があなたを待っていることだけでも伝えたい…… そんな悲痛な想いが込められた歌だった。
平和になった今では、男女に限らず再会を願う歌として、広く人々の間で歌われ続けていた。
『♪〜幾つもの夜が終わり 何度目かの太陽が上がった日に……〜』
震えている。私ではない―― 広場全体が震えていた。
周りを囲む建物も、そして噴水の水までも、歌い手の歌に呼応するかのように、震えている。
やはり聞かずにはいられない、胸を締め付けるような歌声――
『♪〜再びこの門を ……』
――私はいつの間にか歌い手の前に立っていた。
そして、私は歌い始めた。
「♪〜くぐりやってくるアナタを 私は迎えることでしょう ……」
「♪〜再び」
『♪〜君と』
歌い手が私に手を伸ばす。
「♪〜アナタと」
私は歌い手の手を掴む。
『♪〜この地に生きれる日を思い行く ……』
「♪〜この地で生きれる日を願い待つ ……」
歌い手は、私の手を引き寄せ――そして、そっと押し返し手を離した――
――この歌は男女の歌で、元々は男女二人で歌う歌だった。
長い年月がたったいまでは、一人で歌うのが当たり前になってしまっていたが男女が歌って初めて、この歌の伝えたい想いがわかるような気がした。
歌い手が私の手を両手で握ってきた。
「貴女も歌われるのですね!」
「えっ…… うん。私の知ってる歌だったしね」
「良い声をお持ちで! さすが王都音楽の最高学府アルベロッタの生徒様ですね!」
歌い手が握る私の手に力がこもった。
「私より、君の声の方が、すごく綺麗だったよ」
「それは、お褒めくださり、ありがとうございます……よろしければ、貴女の…… いや、麗しき歌姫様のお名前をお聞かせくださいますか?」
私の握られた手に、さらに力がこもった。
「その前に……手を」
「ああ……これは失礼いたしました」
歌い手は、手を離し軽く頭を下げた。
「私の名前はアメーリア・ルティオスよ」
「アメーリア……アメーリア様ですね! 実にお美しいお名前ですね…… 今朝は本当に幸運に恵まれていますね」
歌い手は、リボンの付いた尻尾を嬉しそうに揺らし、その場で踊ってみせた。
「あのさ……」
「はい? なんでしょうか〜歌姫アメーリア様?」
歌い手は踊るのを止めた。
「とりあえず、アメーリア様はやめて、アメルでいいから……ええっと君さ」
私は歌い手に顔をグッと近づけた。
「どうされました歌姫アメル? ボクの顔に何か……ああ〜ボクは、自分でも言うのもなんですが、非常に愛くるしい顔をしていますからね〜もう〜そんなに見つめられたら、照れちゃいます〜」
「それは、どうでもいいんだけど」
歌い手は激しくコケた。尻尾と耳が力なくしょげている。
「なんとも、非情な歌姫ですね」
「高い声も低い声もだせて……男の子か女の子、どっちかなっ〜て思っただけ」
歌い手が今度は顔をグッと近づけてきた。
「ふふ……秘密です」
にやりと歌い手が笑う。
「そうですね〜また再び御逢いできた、その時にお教えいたしましょう……いかがでしょうか?」
「また、歌を聴かせてくれるってこと?」
「麗しき歌姫のアメルが望むまま…… 望めば、ボクは再び貴女の前に現れることでしょう」
何かの聖書の一説を唱えるように歌い手が言った。
「よくわかんないけど ……また会えるってことね?」
――その時、広場に人々が入ってきた。
もう街の起きる時間になっていた。
「おや、時間のようですね…… ボクはここらへんで失礼させていただきます。それでは、またお会いしましょうね、歌姫アメル」
歌い手は一礼をすると、広場の奥へと消えていった。
「それじゃ……君の名前だけでも教えて!」
大声で私がそう言うと、振り返った歌い手は口を動かし、そして再び向き直って、広場の奥へと消えてった。
「リオリュクス……ニハーヴァルト ……リオリュクス・ニハーヴァルト」 声は聞こえなかったが、たしかに歌い手はそう言っていた。
「……リオ君か」 彼の消えていった方向にそう呟き、私は学校へと向かった。
今日、新しい音に出会った――
どこか懐かしくて温かくて
また聴きたくなる歌声だった。