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他人の海外に行った話は死ぬほどどうでもいいが、いざ自分が行くとなるとそれなりに高揚する③

「そんな……」


 本当にこれでおしまいなのか。


「沈黙の死神。貴様はまだ若い。それに頭もきれる。元々マフィアなんてやるような人間じゃない。これを機に足を洗うんだ」


 指の先からお尻の毛までマフィアの私に、今更そんなことを言われても受け入れられるはずがない。


「で、でも! 私はこのファミリーでまだ何も……」


「貴様は十分やった。もういいんだ」


「ボス……」


「貴様は確か日本人とのハーフだったな」


 ボスは少し顔を上げた。


「はい。確かにそうですが、それが何か」


 確かに私の母は日本人だった。それに私の本名も上杉景幸うえすぎかげゆきと日本名だ。ただそれがファミリーの話と何か関係があるようには思えない。


「日本語は」


「ある程度なら話せますが……」


 七歳まで日本語を使っていたことと、現在も独学で日本語の勉強をしていることから、日常会話程度なら問題ないとは思う。

 ただ日本語が話せるから何だと言うのだろうか。

 まさか私が日本のマフィアに移籍でもするというのか。

 

「そうか。丁度いい。貴様、日本で働く気は無いか」


 やはりそういうことか。


「私が日本のマフィアでですか? 冗談は止してください。あんなベタベタした気持ち悪い連中となんか」


 私は断固として固辞した。


 日本のマフィアはヤクザと呼ばれ、ファミリー内の関係に必要以上に重きを置くと聞いたことがある。ボス以外は全員パンチパーマと決まっており、夏場は全員ふんどしで過ごさなければいけない。仕事の内容もチンケな詐欺に恐喝、麻薬の売買に餅つきと、ろくでもない内容だ。一体この組織のどこで私のような狙撃手(スナイパー)が活躍できるというのだ。


「違う。サラリーマンだ」


 ボスは一切声色を変えず、真剣な表情だった。


「……はい?」


 私がサラリーマン? このハゲオヤジは本当に何を言っているんだ。こちとら幼卒だぞ。


「古くからの友人が日本で出版社をやっていてな。そこで事務を一人募集しているそうなのだ」


「そこに私が?」


「ああそうだ」


「……なんで?」


 動揺のあまり、思わずタメ口になってしまった。


「嫌か?」


「嫌も何も。有り得ないです。裏の世界で生きてきた私が、急に外国のサラリーマンなんて」


 全くもって有り得ない話だ。一度マフィアになったからには生涯マフィア。これは裏の世界の常識だろう。私はまだまだ半人前ではあるが、マフィアとして死んでいく覚悟は遠の昔に出来ている。


 興奮したからか少し語調の強くなった私に対して、ボスは眉一つ動かさずゆっくりと口を開いた。


「手取り三十五万。それに家賃補助付きだ」


「な……!?」


 その言葉に、身体中に電撃が走るような感覚に襲われた。

 

「完全土日休みで三ヶ月の試用期間以降は年十四日の有給休暇も付く」


 まさに楽園(パラダイス)。命ある限り幸せに暮らし続けることが出来る場所。それが日本にあったとは……。


 いやいや待て。騙されてはいけない。何が嬉しくて最終学歴が幼稚園の新入社員に手取り三十五も払うというのだ。

 罠だ。罠に決まっている。私には見えるぞ。楽園の門の入り口にあるギロチンがな。


「馬鹿言わないでください。どうせ有休なんて名ばかりで、退社する時にしか消化できないんでしょう」


 ボスは何も言わずにタブレットを取り出し、私の方に向けた。


「こ、これは……?」


「そこで働いている入社二年目の社員が水曜日に上げたインスタグラムだ」


 そこに写っていたのは衝撃的な光景だった。


 日本人の若い女性がサグラダ・ファミリアの前で満面の笑みを浮かべている。サグラダ・ファミリアがあるのは確かスペイン。そしてこの日は水曜日。これはつまり……。


「平日に海外旅行に行っているだと……!? この女、正気か!? 周りの目が気にならないのか? 無理して海外旅行を楽しんだところで、数日後には会社に戻ることになるんだぞ!?」


 脳みそを直接殴られたような衝撃だった。立っているのがやっとの私に対して、ボスは更に追撃の手を弛めない。


「沈黙の死神。『いいね』の数を見るんだ」


「十三件……。このくらいの年齢でしたら、別に驚くような数値ではないはずですが」


 むしろせっかく海外旅行の写真をアップしているにしては反応が少ないまである。一体これがなんだというんだ。


「確かにそうだな。二十三歳のOLの海外旅行のインスタにしては少し物足りないかもしれん。ただ……」


「ただ……?」


「この内の十二人が、会社の同じ部署の人間だとしたら?」


「な……! 馬鹿な! 有り得ない!」


 部署間で旅行を祝福しているだと!? なんて温かい部署……っていうか会社以外の友達が少ない!


「私が嘘をついて何の得になると言うんだ。さあ。直属の上司から送られたコメントを見るんだ」


『スペインいいなー! 私も行きたい!笑 帰ってきたらどんなだったか教えてねーo(^-^)o』


「フランクでしかも嫌みがないだと……!?」


 会社は一人抜けたことで忙しくなっているはず。それなのにこの余裕たっぷりの大人の対応。まさかこの会社、本当に楽園パラダイスだというのか。


「どうだ。行く気になったか」

 

「ぐっ……! でも私は、生涯マフィアと心に決めて……」


 そうだ。今の状況がどんなに悪くても、きっと再興できる。うちのファミリーには「沈黙の死神」と呼ばれている私意外にも、「時速百人殺しのミハエル」に「絶望炊飯器のアラン」と、名だたるメンバーが揃っている。

 

 だから遅すぎるなんてことは絶対にないんだ。


 アントナッツォファミリーの時代はまだまだこれからなのだから。

 

「気持ちは嬉しいが、うちのファミリーが解散するのは決まったことだ。というか実は四日前に解散した」


 うん。やっぱり遅かった。解散してた。


「まさかの事後報告!」


「貴様以外のメンバーはもう全員辞めている」 


「いや、な……! そんな馬鹿な! 本当に他の連中は」


「ああ。五十ユーロでまだ残ろうとしたのは貴様くらいだ」 


「ミハエルは!?」


「駅前の花屋で働いている」


「アランは!?」


「奴はパン屋を始めた」


 なんだか途端に馬鹿馬鹿しくなってきた。何が花屋だ。何がパン屋だ。あいつら揃って肥溜めに落ちればいい。


「で、日本行きの件だが。どうするかね、沈黙の死神」


「……パスポートを探してきます」


 私にもう断る理由は無かった。

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