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桃一族

Peach*鬼ヶ島の桃

作者: 乙羽

昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがおったそうな。

ある朝、おじいさんは山へ芝刈りに。

おばあさんは川へ洗濯に向かった。


おばあさんが川で洗濯をしていると川上から、どんぶらこどんぶらこと巨大な桃が流れてきた。


「これは大きな桃だこと」


おばあさんは桃を持って帰ろうと川に入ろうとしたときだった。

おばあさんはとある事実に気が付き動きを止めた。


これを持ち上げると腰にくるのでは?


そんなことを考えていると桃はどんぶらこどんぶらことおばあさんの手の届かないところまで流れていってしまった。


流れていく桃を見ながらおばあさんは思う。

そもそもあんな巨大な桃をか弱い女性が持ち上げるなど無理な話。

それにあの桃が美味しいとは限らないのだ。

手に入らなかったのはむしろ付いていたに違いない。

おばあさんは桃を潔く諦めて洗濯に戻った。


おばあさんに拾ってもらえなかった桃はどんぶらこどんぶらこと川を流れていく。

そうして海にたどり着き、そのまま鬼ヶ島までやって来た。





数年後──。


俺の名は桃太郎。

桃から生まれたから桃太郎なんて安直な理由で名付けられた美少年だ。

もっと格好良い名前が良かった。

ピーチ・ジョンとか。


「こらー桃!お前また友だちを泣かせたな!」


後ろから追いかけてくる筋肉質なおっさんは俺の育ての親だ。

鬼なので頭から角が生えている。

俺は生えていない。

何故なら鬼ではないからだ。

いいよな。

俺も角欲しい。


「ほら、捕まえたぞ!」


ああっと!

そんなことを考えていたら捕まってしまった!


「全く!お前はいたずらばかりしてもうちょっと女の子らしくしねえか!」

「鬼退治が俺の仕事だ。それと俺は日本男児だ」

「どっからどう見ても女だろうが。それと育ての親と友だちを退治するやつがあるか!」


よく分からんがめちゃくちゃ怒られた。

全く厳しい親父殿だ。


俺は抵抗虚しく先程まで一緒に遊んでいた鬼之助(おにのすけ)の家に連れていかれたのだった。


「うちの桃が申し訳ない!」

「良いんですよ。子どもは元気なのが一番ですから」

「ほら、桃も謝りなさい!」


鬼之助の家の玄関先でそんなことをいう親父殿。

俺は何も悪いことをしていないので謝る気はさらさらない。

ぷいっとそっぽを向くと親父殿は俺に拳骨を一発食らわせた。

手加減しろ。

頭がへこんだかと思ったじゃないか。


「痛い……」

「お前が謝らないからだ!」

「俺は何も悪いことをしていない!」

「鬼之助を泣かせただろう!」


くっ……そう言われてはなす術がない。

ぶっちゃけ鬼之助が泣いた理由は何もないところで転んだからである。

しかし、鬼之助はまだ4歳なのだ。

ところが、俺は先日5歳になった。

鬼之助より年上だ。

つまり、年下の面倒を見る責任が発生している。


鬼之助が何もないところで転んだのは仕方がない。

そこには誰も責任がない。

しかし、俺は転んだ鬼之助を放置し遊び呆けていた。

アフターケアを怠ったのだ。

大泣きする鬼之助を放置したことはよくなかったと言えるだろう。

俺の責任だ。


「鬼之助……すまなかった」


俺が頭を下げると親父殿と鬼之助の母上殿は満足げに笑った。

鬼之助だけが不思議そうな顔をしている。

何故不思議そうな顔をする?


「桃ちゃんは悪くないのにどうして謝るの?」


鬼之助は母上殿の横で首をかしげながらそういった。

桃ちゃんとは俺のことだ。

俺の友だちは皆、俺を桃ちゃんと呼ぶ。


しかし、鬼之助よ。

お前は可愛らしい顔をしているのを自覚しているのか?

首をかしげる等とあざとい仕草をするでない。

お前の母上殿が悶え死にそうな顔をしているぞ。


「どういうことだ?」


鬼之助の発言に親父殿が不思議そうに首をかしげる。

うむ。

同じ仕草でも鬼之助と親父殿とでは雲泥の差があるな。

二度とやらないでいただきたい。


「どういうとはどういうことだ親父殿?」

「鬼之助が言うには桃のせいではないようではないか」

「うむ?……どういうことだ鬼之助?」


俺が鬼之助を見ると親父殿も鬼之助を見た。

親父殿の睨むような顔に鬼之助はビクリと体を震わせた。

親父殿は睨んでいるわけではない。

これが素なのだが幼い鬼之助には分からぬだろう。


「おい、親父殿。 幼子(おさなご) をびびらすでない」


大人げないぞとばかりに注意すると親父殿は鬼之助に謝罪した。

例え自分より立場の低い者であろうと自分に非があるときはきっちりと謝る。

それができるのは素晴らしいことだ。

私の親父殿は素晴らしい鬼である。


「で、どういうことだ?」


親父殿は再び尋ねる。

すると鬼之助が恐る恐る口を開いた。


説明は至極簡単だ。

鬼之助は俺とおいかけっこをしていた。

途中で鬼之助が転んだ。

俺は気付かずに何処かに行った。

鬼之助は泣いた。


とまあ、こんな感じだ。

おや?

これではまるで鬼之助は転んだせいでなく俺が消えたせいで泣いたようではないか。


………………なんだと?!

鬼之助は俺が消えたから泣いていたというのか?!

自分の思い付きにビックリしたぞ!

こやつ、まさか計算でやっているのか?

鬼之助の顔でそのようなことを言われたら心がキュンとなってしまうではないか!

鬼之助の将来が大変心配だ。

今のうちに保護しておかなくては。


「全くお前は。そうならそうと早く言え」


親父殿が「早とちりで殴ったりしてすまなかったな」と俺に謝罪していたが俺は鬼之助を抱き締めるのに忙しくてよく聞いていなかった。




それからさらに数年後──。


「桃ー!お前はまたいたずらばっかりしてー!」


俺は冷蔵庫から盗んだ林檎を持って鬼婆から必死で逃げていた。

あれは俺の育ての親である。

婆と言ったが本人曰く、まだ若い。

43歳だ。

うむ……43は婆ではないが若くは無いのではないか?

時代によっては孫がいてもおかしくないぞ。


筋肉質なおっさんと結婚しただけあって強気なおばさんだ。

鬼なので当たり前のように頭から角が生えている。

いいよな。

俺も角欲しい。


先日、段ボールとセロテープで自作してみたが知らないうちに無くなっていた。

鬼三郎にはさんざん笑われるし鬼美にも馬鹿にされたのでもう着けない。


鬼之助だけは格好良いと言ってくれた。

俺は将来、鬼之助と結婚すると決めた。

鬼之助はさぞかし綺麗な嫁さんになることだろう。

まあ、鬼之助は男だが。


「たくさんあったのだから一個くらいいいだろう!」

「黙って持っていったことに怒ってるんだよ!」


俺の言葉にお袋殿はそう言い返す。

なるほど、ではもらうと言えばよかろう。


「おやつに一つくれ!」

「一つ無くなると店に出す分が足りなくなっちまうだろうが!」


お袋殿はそんなことを叫びながら追いかけてくる。

頼んでもダメなんじゃないか。


ちなみに我が家はお洒落なケーキ屋をしている。

アルバイトの鬼華(おにか)お姉さんが美人で有名だ。

ケーキ屋なので林檎の用途は腐るほどある。

というか林檎が腐るほどないと足りなくなる。


「頼んでもダメなんじゃないか!」

「林檎以外なら持っていっていいもんもあるんだよ!そら捕まえた!」


追い付かれた俺はお袋殿にあっさりと捕まった。

くそっ……10歳の子どもに大人げないぞお袋殿!


「全く!店の手伝いもしない。盗み食いをする。どうしてこうなっちまったんだか」

「育てたのはお袋殿と親父殿だ」

「わかってるよ!あんたはあの人の子どもの頃そっくりだよ!」

「親父殿も俺は子どもの頃のお袋殿に似ていると言っていた」

「はんっ!あったりまえだよ!アタシはあんたと同じでたいそう可愛らしい子供だったからね!あんたと違って中身も可愛らしかったがね」

「どうして今は鬼婆なんだ?」

「ぶち殺すよ!」


ズリズリと俺を引きずりながら言うお袋殿。

ふむ……お袋殿は俺の見た目だけは可愛いと思っているらしい。

中身はクソガキだと思っているようだが。

俺の仕事は鬼退治だからの。

鬼にクソガキだと思われるのは仕方の無いことだ。

しかし……。


「自分の子どもの見た目が可愛い等と口にすると親馬鹿だと思われるぞ」

「事実だから仕方ないよ」


俺の言葉にお袋殿は自慢気に笑いながらそう言った。

なるほど、事実ならば仕方あるまい。


「さ、あんたも着替えな!」


そう言ってお袋殿は俺に店の制服を着せた。

全体的に黒い服でエプロンだけが真っ白だ。

どちらもやたらとリボンが多いしヒラヒラしているので動きにくい。


「俺には可愛すぎやしまいか?」

「あんたも年頃の女の子らしく少しは着飾りな」

「着飾っても親父殿のように強くはなれんし俺は男だ」

「どう頑張ってもあんたは女だよ」


よし、と言いながらお袋殿は俺のエプロンのリボンを可愛く結んだ。

もっと格好良い結びかたをして欲しいものだ。

ネクタイみたいな。


「悪い子だから接客当番だよ」

「いい子にしててもやらせるではないか」


お袋殿の言葉にブーブー文句を言いながら店に入る。

すると、お袋殿は「文句言うとおやつ抜きだよ」と言った。


おやつ抜きだと?!

なんて酷いんだ!

鬼の称号をほしいままにしているな!

この鬼!赤鬼!一本角!






その日はアルバイトのお姉さんが来るまで働かされた。

子どもから遊ぶ時間を奪うなど真の鬼だな!


「ふてくされるんじゃないよ」


俺がプリプリしているとお袋殿がそう言っておやつを持ってきてくれた。


「おやつ抜きではなかったのか?」

「頑張ったごほうびだよ」


そう言ってお袋殿はニカッと笑った。

うむうむ。

厳しさの中にも優しさを兼ね備えておる。

流石はお袋殿だ。


お袋殿に出されたおやつはアップルパイだった。

これは鬼之助の好きなやつだ!

鬼之助にも食べさせてやろう。


「お袋殿、袋に入れてくれ!鬼之助に持っていく!」

「ふん……そう言うと思って呼んでおいたよ」


俺の言葉にお袋殿は不適な笑みを浮かべてそう言った。

呼んでおいた?

一体なにを?


俺がそう思ったとき、チリンチリンと店のベルが鳴った。

振り返ると店の入り口に鬼之助が立っている。


「鬼之助!」


俺が駆け寄ると鬼之助は「桃ちゃん可愛いね」と言った。

可愛いよりは格好良いが良いのう。


「おじゃまします」

「よく来たね。ほら、こっちに座りな」


お袋殿に言われて鬼之助が席に着く。

俺も鬼之助の隣に座った。

お袋殿はそれを確認してからアップルパイを俺と鬼之助の前に置いた。


鬼之助の目が輝いている。

お前はいつも通りでも可愛いが好きなものを目にしたときが一番可愛いのう。

俺はこの笑顔が一等好きだ。


「食べていいの?」

「もちろんだよ。桃、あんたも食べな」

「あい、わかった。いただきます」

「いただきまーす」


俺が手を合わせたのを見て鬼之助も手を合わせた。

そしてお上品に一口食べて「美味しい」と微笑む。

お前は何をしても可愛いな。

うむ、絶対に嫁にしよう。


「やーん、二人とも可愛いですねぇ」


鬼華お姉さんがそう言って俺の頬をつついた。

美人にこういうことをされると照れるのう。


「お姉さんにも一口やろうか」


俺がそう言ってアップルパイを差し出すとお姉さんは「え、いいの?」と目を輝かせた。

おお、鬼之助に似てるの。

まあ、姉弟だから似るのは当然かもしれないが。

そう、実は鬼華お姉さんは鬼之助の10歳年上のお姉さんなのだ。

美形姉弟なので見ているだけで楽しい。

役得だの。


「ダメ!」


俺が鬼華お姉さんに、あーんしてあげていると鬼之助が大声で遮った。


「お姉ちゃんはこっちを食べて!」


そう言ってズズイッと出された鬼之助の皿にはほとんど残っていない。

おぬし、鬼華お姉さんを残飯処理か何かと間違えちゃいまいか?


「わぁ……ありがとう……」


お姉さんは明らかにテンション駄々下がりしていたが、きちんとお礼を言いながらそれを食べ出した。

うむうむ。

若い娘でありながら嫌なことにも笑顔で対応しておる。

お姉さんは偉いのう。


「桃ちゃん、僕にもあーんして?」

「うむ?鬼之助のフォークはどうした?」

「お姉ちゃんにあげたから」

「……ワオ、オ姉チャンノセイニサレタァ」


鬼之助がワクワクした目で俺を見てくる。

全く仕方ないやつだのう。

もう9歳なのに甘えたで困る。


「ほれ、あーん」

「あーん♡」


鬼之助があまりに幸せそうな顔をするものだから、こっちまで幸せになった。


「コレ……林檎ガ入ッテナカッタ……」


後ろで鬼華お姉さんがそんなことを言っていたが気にしないでおいた。





さらにさらに数年後──。


俺は16歳になった。

そこで、そろそろ鬼退治に行こうと思っている。

親父殿の金棒で素振り千本が終わったらお袋殿に吉備団子を作ってもらおうと思っている。


「桃、学校の制服で素振りするんじゃないよ」

「パンツ見えるぞ」


お袋殿と親父殿がそんなことを言う。

俺は学校から帰り、着替えるのが面倒という理由でそのまま素振りしていたのだ。

確かに素振りする度にスカートがヒラヒラと舞いパンツが見えそうになっている。

しかし、俺のスカートは鬼華お姉さんから受け継いだ鉄壁のスカート。

絶対にギリギリのラインまでしか見えないようになっていると鬼華お姉さんが言っていた。

何の心配もいらない。


「邪魔しないでくれ。鬼退治に行く準備なのだ」

「鬼退治ったってどこの鬼を退治するんだ?」


そう言う親父殿の言葉に「悪い鬼だ」と答える。


「あんた軽く吉備団子って言うけど作り方なんか知らないよ」


そう言うお袋殿にはスマホを貸し与えた。


「悪い鬼なんざこの島にはいねーぞ」

「では他所の島に行こう」

「これどうやって使うんだい?」

「まだ49歳だろう。スマホくらい使いこなせ」

「他所の島ったってここ以外に鬼のいる島なんざあるのか?」

「日本は広い。何処かにはあるだろう」

「吉備団子って袋にいれて大丈夫かい?べちゃべちゃになりそうだよ」

「ビニール袋なら大丈夫なんじゃないか?」

「あんたビニール袋に直入れした団子を人様に食べさせる気かい?!」

「人ではない。犬と猿と雉だ」


親父殿とお袋殿の言葉に適当に返事を返していたら、後ろから誰かに体当たりされた。

バランスを崩しそうになったがなんとか踏みとどまった。

修行の賜物だの。


「おお、鬼之助ではないか。どうした?」


俺の背中には鬼之助が張り付いていた。

鬼之助はぐんぐん成長して今や俺と同じくらいの身長だ。

年下なのだがな。

鬼は皆、高身長だからの。

仕方あるまい。


「桃ちゃん鬼退治に行くの?!」


どこから話を聞いたのか鬼之助が俺の耳元でキンキンと叫ぶ。

鬼之助も同じく高校生だが、まだ声変わりが来ていない。

いつまでもその可愛い声をキープしていて欲しい。


「ああ、そうだ。鬼退治に行く」


俺がうなずくと鬼之助は「僕も行く!」と再びキンキンと叫んだ。

声変わりはしないで欲しいが叫ぶのはやめて欲しい。


「お供は犬猿雉と決めておる」

「鬼の僕がいればそんなお供は不要だよ」

「様式美にかける」

「鬼の金棒振り回しながら何言ってるのさ?」


うーむ……どうにも諦めるつもりがないようだ。

鬼之助の可愛い顔に傷がつけば後悔するだろう。

鬼之助ではなく俺がな。


仕方ない。

鬼之助を傷付けるので言いたくなかったがこれを言うか。


俺は金棒を振り回すのをやめ、地面に投げた。


「あ!乱暴にするなよ!」


ガロンガロンという金棒の転がる音と親父殿の声が響く。


「鬼之助」


俺はそれらを無視して鬼之助に向き合った。

そして、両肩をつかみ


「女子どもは足手まといだ」


俺はそう言った。


鬼之助の顔は悔しそうに歪められている。

悪いな鬼之助。

俺はお前を守りながら鬼退治できるほど強くはないのだ。


鬼之助はワナワナと震えていた。

下を向いていて顔はよく見えない。

傷付けてしまっただろうか?

……傷付けてしまっただろうな。

俺に怒っているだろう。

ひょっとしたら悔しくて泣いているかもしれない。


しかし、俺の予想とは違い鬼之助の顔は歪な笑みが浮かんでいた。


「桃ちゃん!」


俺の名を叫びながら俺の両肩をつかむ。

まだ何か言うつもりらしい。

困ったのう。

鬼之助の顔はとても真剣だ。

うーむ、格好良いのう。

成長するごとに可愛さだけでなく格好良さも身に付けおったか。

まあ、俺の方が格好良いがのう。

全く何を言うつもりか。

早めに諦めて欲しい。


「桃ちゃんだって女の子で子どもじゃないか!」


俺の思考が止まった。

桃ちゃんだって女の子で子ども?

子どもはいい。

まあ、16歳は子どもの内だ。

だが、女の子とはなんだ?

確かに俺は女子の格好をしているしアレも生えていない。

しかし、大人になったら生えてくるに決まっておる!

親父殿のように立派なのが生えるのだ!

その証拠に


「俺の名前は桃太郎だぞ!」


俺は言ってやった。

どこの世界に女児に男児の名をつける親がいる?


逆ならあり得る。

病弱な男児に女児の名をつけると死が遠ざかると言われているからだ。

もしくは大人になったら名を変えられると言う法律があるのならば付ける者もいるだろう。

だが、今の時代は名前一つ変えるのも大変なのだ。

女児に男児の名をつける者は非常に少ない!


「いや、お前の名前は『桃』だぞ」

「また『桃太郎』だなんて言ってるのかい?男に生まれたかった気持ちは分かるけどねぇ」


親父殿とお袋殿があっさりとそう言った。

子どもの夢をぶち壊すなんて鬼か?

あ……鬼だったか。


「俺は桃太郎!日本男児だ!」

「いや、桃だぞ」

「立派な女児だよ」

「そうだよ、桃ちゃんは可愛い女の子だよ」


俺の言葉を親父殿が、お袋殿が、鬼之助が否定する。


「ほら見て。桃ちゃんには立派な胸……いや、桃があるじゃない」


そう言って鬼之助が俺の胸をワシッと掴んだ。

桃とか上手いこと言ったつもりか?

ぶち殺すぞ。


「貴様!女子の胸を断り無「鬼之助ええええ!父親の目の前で娘の胸を揉むたあどういう了見だ?!」

「ぎゃあああぁぁ!桃ちゃん助けてえええ!」


俺が鬼之助をしばくより先に親父殿の拳が鬼之助を捉えるのが先だった。

鬼之助が親父殿にボコボコにされていく。


はっ!

このままでは鬼之助の可愛らしい顔が台無しだ。


「親父殿!いい加減にやめてくれ!」

「離せ桃!」


俺は慌てて親父殿を羽交い締めにする。

親父殿は暴れたが離すわけにはいかない。


「鬼之助の可愛い顔が台無しになるだろう!」


そう、それだけは止めねばならん。

鬼之助から顔を取ったら優しさしか残らん。


俺の言葉で親父殿は暴れるのをやめ鬼之助は悲しそうな顔になった。

なんだ?

どうしたのだこの二人は?


「お前がいつかホストやらアイドルやらに貢ぎ始めないか心配だ」

「アイドルはともかくホストには貢がんぞ。酒が飲めんからな」

「桃ちゃんは僕の顔だけが大事なんだね」

「助けてやったのに何だその言いぐさは?」


何やら失礼なことを言う親父殿と鬼之助。

俺には鬼之助をアイドルとしてプロデュースする夢があるのだ。

きっとトップアイドルを狙えるに違いない。

その為に顔だけは大事にしていただきたい。


「桃、鬼退治行くんならアップルパイ持っていきな。こっちの方が人気出るよ」


お袋殿はマイペースにそう言いながら弁当パックにアップルパイを詰めている。

吉備団子に失礼だぞ。

犬と猿と雉が命がけで戦ってくれる魔法の菓子だと言うのに。


「あたしの作ったアップルパイが吉備団子に負けるってのかい?!」


お袋殿が何やら怒り出したので俺は慌ててアップルパイを荷物に入れた。

怖い。


「旅に出るんなら僕も行くよ!女で子どもな桃ちゃんだけじゃ危ないからね」


何やら鬼之助が張り切っている。


「子どもは連れていかんぞ」

「僕は子どもである前に男だよ」

「よりいっそう身の危険を感じる」


俺がそう言うと鬼之助は「桃ちゃんが僕を男と意識してくれてる」などと照れながら言った。

何故そうなるのだ?


「うちの娘に手を出したりしたらただじゃおかんぞ」


親父殿がボキボキと手の骨を鳴らしながら言うと鬼之助は俺の後ろに隠れた。

女の後ろに隠れて情けなくないのかお前は?

全く……仕方ないやつだの。

いつまでも甘えたで困るやつだ。


そんなことを思っていた時だった。


ドカンと何かが爆発する音が遠くから聞こえてきた。

音の方を見れば煙が上がっている。


「な、なんだ?」

「あっ桃!待て!」

「桃!」


後ろから親父殿とお袋殿が俺を呼ぶ声がする。

しかし、俺はそれを無視して煙の方へ走った。


人々の悲鳴と爆発音がする。

消防車とパトカー、それから救急車のサイレンの音も聞こえた。

俺も救助活動に参加すべきだろう。

だが、それよりも先に始末せねばならぬやつらがおった。


「うむ……この島の鬼は簡単に退治できそうだの」

「数も多くないみたいです」

「女子どもも多いです」

「男の大人もそんなに鍛えてないみたいです」


呑気に話をしているのは俺と同じ年くらいの少年と犬、猿、雉の三匹だった。

少年には俺と同じく角がない。


「これをやったのは、おぬしらか」


声をかけると一人と三匹は俺を見た。


「おぬし……桃一族の者か」


こちらを見た少年が言う。

俺は無言で頷いた。


桃から生まれた俺達は桃一族と呼ばれる鬼退治のスペシャリストだ。

俺も、そして目の前の少年も鬼退治するためだけに生まれた。

だからといって、全ての鬼を滅ぼすのは間違っている。


「ここの鬼たちはなにも悪いことはしておらん!」


俺は親父殿の金棒を構えながら言った。

恐らく帰らんだろう。

何故なら鬼退治は桃一族の本能。

見た瞬間、跡形も残さず消し去るものなのだ。

良い鬼も悪い鬼も関係ない。


「鬼は全員殺す。それが我らの勤めだ」


思った通り少年はそう言った。


「ならば俺はおぬしを殺さねばならん」


俺の言葉に少年は「何故だ?」と問うた。

ああ、そうだろう。

俺だって逆の立場なら問いかけたに違いない。

我らは同族。

全ての鬼を滅ぼす桃一族。

協力こそすれ殺し合うなど有り得ない。


「俺は同族との殺し合いなど望んでおらん」

「俺とてそれは同じだ」

「ならば何故?」

「おぬしは殺さねば止まらぬだろう!」


俺は親父殿の金棒を思いっきり振り回した。


少年は慌てて後ろに跳んだ。

犬と猿と雉が我らから逃げるように遠く離れる。

俺はその三匹を無視して少年に再び金棒を振り下ろす。


桃治(とうじ)!」


犬が少年を呼んだ。


「俺に構うな!鬼の始末に急げ!」


桃治と呼ばれた少年の指示に従い犬と猿と雉が散り散りになる。


「そうはさせるか!」


俺は手近にいた犬に向かって走ろうとして少年に阻まれた。


「どけ!」

「それはこちらの台詞だ!」


俺の金棒と少年の握った鉄パイプがぶつかり合う。


「はっ……鉄パイプか。桃一族とは思えぬ武器だな」

「そちらこそ鬼の金棒とはな。敵から奪い取ったか?」

「これは親父殿のものをちょっと拝借しているだけだ」

「俺とて、そこらの家からちょっと拝借しただけだ」


金属のぶつかり合う音と火花が辺りに散る。

金棒がブロック塀を粉砕し、鉄パイプが地面を陥没させた。

どちらも折れないのが奇跡のようだ。


「何故鬼どもを庇う?!」


桃治の鉄パイプを避けるべく後ろに大きく飛ぶ。


「ここの鬼たちは良い鬼だ!」


燃え盛る家の壁を蹴り桃治に向かって金棒を振り下ろす。


「鬼であるだけで害悪だ!」


今度は桃治が後ろに跳んだ。


「何故そう決めつける!」


俺は桃治を追いかけ同じく地面を蹴る。


「人が害虫を殺すのと同じ理屈だ!こちらに害を起こす前に殺さねばならん!」


桃治に金棒を振り上げると鉄パイプがぶつかった。


「鬼は虫ではない!人と話すことが出来るし心を通じ会わせることも可能だ!」


こちらの方が強いはずなのにどうして折れぬ?

早くこやつを殺さねば犬と猿と雉が他の鬼を襲うではないか!


「いかに言葉が通じようと我らには関係ない」


炎の中で桃治が真っ直ぐこちらを見ていた。

真っ直ぐに自分は何も間違っていないという目だ。

だが、こちらとてそれは同じ。

俺とて何も間違ってはおらぬ!


「鬼を殺すのが我らが使命。それを忘れたか?!」


桃治が弾丸のように跳んできた。

これにぶつかると無事ではすまぬだろう。

だが、俺はそれを真っ向から受けた。


金棒と鉄パイプが何度目かの火花を散らす。

不意に、鉄パイプの先端がこちらを向いた。

俺は嫌な予感がして金棒から手を離し右に大きく跳んだ。


ガンッ!


という鋭い爆発音がして先程まで俺のいた場所が火を吹いた。

先程の爆発はこの武器の仕業か。


「火炎放射器か。鬼退治にこのようなものを使うとは……時代も変ったのう」

「これくらいせねば鬼など倒せぬ」

「違いない」

「鬼を殺せぬ女が何を言うか?」


俺の返事に桃治は小さく舌打ちをした。

こやつは誤解しておる。

確かに俺たち桃一族は鬼退治のスペシャリストだ。

だが、俺たちの役目は鬼を殺すことではない


「我らの役目は人々の平和を守ること!鬼を殺すことではない!」


俺は親父殿の金棒の釘の一つを掴み思いっきり引いた。


「平和を脅かすつもりなら同じ一族の者とて容赦はせぬぞ!」


釘はあっさり抜け俺の手の中で転がる。

すると『ピッ』という電子音がした。


「許せ親父殿!今度の父の日に新しい金棒を買うてやる!」


親父殿に謝罪しながら思いっきり金棒を投げる。

桃治はそれを簡単に避けたが、金棒は桃治の横をすり抜ける直前に爆発霧散した。


「なっ?!」


金棒の中に詰まっていた無数の釘が爆風に乗って地面に壁に家に……そして桃治と俺の体に突き刺さった。


「くそ……動けぬ」

「はっはっは……親父殿の武器……は凄かろ?」

「自爆技……ではない、か……」


俺は桃治が地面に縫い付けられたところを確認してから遠くを見やる。


犬が向かったのは東。猿は西。雉は南だ。

今から殺れるのは精々、一匹か二匹か。

誰か強いものが一匹でも殺してくれると良いが。


一先ず東の方へ向かおうとしたときだった。


「桃ちゃん!」


突然、現れた鬼之助が俺に駆け寄ってきた。


「鬼之助……無事か」

「桃ちゃん以外はみんな無事だよ!」

「犬と……猿、と雉……が……他の者たちを……」

「そいつらなら皆で捕まえて檻に入れてあるから!」


生け捕りにするのが大変だったという鬼之助の話を聞いて俺はクスリと笑う。

ほら、この島の鬼は良い鬼ではないか。

自分達を殺そうとした者であっても不当に傷つけたりしないのだ。


「そうか……良かった……」

「よくないよ!酷い怪我だからこれ以上喋らないで!」


俺は優しく抱き締める鬼之助に微笑んで

、ゆっくり目を閉じる。

なんだか凄く眠かった。






空が青い。

絶好の旅立ち日和と言えるだろう。


「本当に行くのか?」

「当たり前だろう」

「何かあったら連絡するんだよ」

「分かっている」


親父殿とお袋殿が心配そうな顔をしていた。

それもそうだろう。

可愛い愛娘(俺のことだ)が悪い鬼退治の旅に出ると言うのだから。


「何を心配することがあるのやら?その女は体に何十本も釘が刺さっていたのに1週間で完治した化け物だぞ」


そんな俺たちを見て桃治が吐き捨てるようにそう言った。

うら若き乙女に向かって化け物とは失礼な。

おぬしなんて俺より酷い怪我だったのに5日で完治していたではないか。


「こら!妹にそういうこと言うんじゃないよ!」

「そうだぞ桃治!さてはオメーも寂しいんだろう?」

「寂しくないし妹でも無い!いなくなってせいせいするわ!」


親父殿とお袋殿の言葉に桃治がそんなことを叫んでいた。

俺に負けた桃治は俺に憎まれ口こそ叩くが逆らったりしない。

負けた者は勝った者の配下に入るのが桃一族の掟だ。

桃治は俺の配下に入ったため鬼ヶ島警察に付き出しておいた。

現在は壊した家を建て直しするため犬猿雉と共に色んなところでタダ働きさせられているらしい。

俺と同じ桃一族ということと死傷者0だったためその程度の罪で許されたらしい。

さすがは鬼。

あの爆発と火事で死傷者0とは恐れいる。

みな丈夫な体を持っているの。

羨ましい限りだ。


あ、親父殿の金棒は保険で新調した。

前より立派で爆発力も凄い。

痛いからあまり使いたくないがの。


「桃ちゃん、そろそろ出発の時間だよ」


先程まで自身の両親と話をしていた鬼之助がそう言って俺の手を引いた。


「うむ。行くか」


俺は鬼之助の手を握り返しフェリーに乗り込む。

俺たちが乗り込むとフェリーはゆっくりと動き出した。


「気を付けるんだぞ桃」

「おう!親父殿とお袋殿も病気や怪我に気を付けろ」

「鬼之助、桃ちゃんに迷惑かけちゃダメよ」

「はーい。気を付けまーす!」


見送りに来てくれた者たちに大きく手を振る。

フェリーはあっという間に鬼ヶ島から離れ、すぐに皆は見えなくなった。


「始まったね、二人の愛の逃避行が」


寝ぼけたことを言う鬼之助に「鬼退治だ」と返す。

こいつは親父殿を説得するのにどれだけの時間を要したと思っているのやら。

俺一人なら許すが鬼之助も一緒に行くなら許さんと言われたのだぞ。

普通は逆だろう。

あ、でもその前に怪我したせいで滅茶苦茶怒られたことも原因だが。


「桃ちゃんとの婚前旅行♡楽しいなぁ♪」

「鬼退治だ」

「うんうん、鬼退治だね♪」


そう言って、ぎゅーっと抱きついてくる鬼之助は相変わらず可愛い。

小さい頃からなにも変わっていない。

いや、俺よりも少し背が高くなったので変わってないわけでは無いが。

旅をしながら鬼之助のアイドルプロデュースをしておこう。

人気者になるぞ。


ところで、さっきから気になっとるんだが、鬼之助はどうして俺の胸を揉んでくるのだ?

小さい頃はこんなことしてこなかったぞ。


「鬼之助、胸を揉むな。おぬしはそういうキャラではない」

「僕は鬼だから自分の欲望に素直なだけなんだけどな」

「揉むなというに。人前ではやめろ」

「人前じゃなきゃいいの?」

「いや、ダメだろう」

「でも僕は人の胸を揉まないと夜寝れないんだ」

「……鬼之助はそんなこと言わない」


俺がドン引きしていると鬼之助が「桃ちゃん限定だよ!」と意味のわからんことを言った。

いや、本当に意味わからん。

話に脈絡が無さすぎるだろう。

お嫁さんにするのを考え直そうか?


「じゃあさ、胸は揉まないから一緒に寝てくれる?」

「それなら良いぞ」

「きゃっほーい!」


両手を上げて喜ぶ鬼之助。

全く、いつまでたっても甘えたで困るのう。

今までどうやって寝ておったんだ?

睡眠不足はお肌の敵だぞ。

鬼之助の可愛い顔がカサカサになってしまうと一大事だな。

今までは鬼華お姉さんの胸を揉んでおったのかもしれんな。

鬼華お姉さんは巨乳だからの。

俺も常々、お姉さんの胸の谷間に手を突っ込んでみたいと思っておった。

揉むのは自分の胸で馴れておるから胸の谷間に手を突っ込ませてくれ。

やったことないんだ。


「ねえ、桃ちゃん。僕と一緒で嬉しい?」


鬼華お姉さんの胸に思いを馳せていると鬼之助が俺にそう聞いてきた。


「うん?嬉しいぞ」

「ほんと?!桃ちゃん大好きー!」

「鬼之助、ちょっと力を緩めろ。お前に全力で抱きつかれると痛い」

「はーい」


ぎゅーっと抱き締めてくる腕は昔に比べてずいぶんと大きい。

鬼之助も大人になったと言うことか。

身体中をいやらしい手つきで触るのも大人になったせいかの?

やめて欲しい。


「鬼之助、女の子にこういうことすると痴漢と間違えられるぞ」

「桃ちゃんにしかしないよ」


ダメ元で言ってみたらそんな答えが返ってきた。

なぜ俺だけに?


「僕ね、将来は桃ちゃんをお嫁さんにするのが夢なんだ」


はーそうか。

それでもセクハラはいかんの。

それにお嫁さんになるのは俺ではなく鬼之助の方だ。


「知らんのか鬼之助。お嫁さんは可愛い方と決まっとる。つまり、おぬしがお嫁さんだ」

「ええー!桃ちゃんの方が可愛くて綺麗だよ!」

「鬼之助は俺のお嫁さんになることが10年以上前から決まっておる」

「きゃー桃ちゃん男前ー!でもお嫁さんは桃ちゃんだから!」


鬼之助がそう言って笑う。

可愛くて綺麗?

それは俺ではなく鬼之助や鬼華お姉さんに贈るべき言葉であろう。


「ねえねえ桃ちゃん。悪い鬼をやっつけたらどうするの?」


分かりきった答えを聞いてくる鬼之助に「金銀財宝持って帰るに決まっておろう」と答える。

すると鬼之助は「ええー強盗じゃん」と呟いた。


うむ……強盗はいかんな。

警察に押し付けるくらいでやめておくか。

そもそも、この平和な日本に悪い鬼なんておるのだろうか?

まあ、いないならいないで何も問題は無いか。


親父殿の金棒振ってお袋殿のアップルパイを配って鬼之助とのんびり日本一周するのも悪くない。

旅が終わったら悪い鬼なんていなかったと故郷の者たちに伝えようではないか。

そうすれば鬼と桃一族の戦う理由は無くなる。


俺たちが無事に帰れば金銀財宝など無くとも皆、喜んで迎えてくれるに違いない。

今からそれが楽しみだ。




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