さよなら
海底ダンジョン、五層。
そこは四層とは打って変わって暗く静かな海底だった。
石で出来た柱が横たわって眠る、朽ちた海底遺跡。
出てくるモンスターも厳かで、髭を蓄え槍を持った半裸のオジさん等がうろつく。
そのモンスターのどれもがノンアクティブで、こちらが攻撃しない限りは襲ってこない。
「ここが五層、海底遺跡か。ここの神殿にオーディンが」
「お?なんだなんだ?坊主、オーディンに用があるのか?」
「え!?…おじさん、誰?」
勝手に会話に入ってきた大男、グラディエーターの装備を纏っていた。
「坊主こそ誰だ?なんでオーディンがここに居る事知ってんだ?」
「……!」
この人が誰か、考えれば分かる事だった。
オーディンの事を知っているグラディエーター。
僕はその人と距離を取る。
「あなたが…、トールだね」
「おー、そうか、なるほどな!おまえが末の弟、アレクか」
『トールには近づくなよ。アレクは防御力は人並みなんだからな』
「分かってるさ」
ステータスが全て限界値までカンストした化け物、トール。
ミスティルテインに言われるまでも無く距離を取って警戒する。
いつでもミスティルテインを撃てるように構える。
「お、その剣がロキだな?フリッグに聞いたぜ」
「フリッグが?ここに?」
「おう!満身創痍でここに来た!触れば砕ける程にボロボロだった。どうやったらあそこまでフリッグにダメージ与えれるのか不思議なくらいにボロボロだったな。ヒールで治らない、アバター自体に及ぶダメージ。ロキが原因だろ?」
「だとしたら?」
「勘違いするなよ?フリッグの仇討ちなんて考えてないさ。奴はオーディンに逆らう不穏分子だ。トドメなら俺が刺しておいたから安心しろよ」
「な!仲間だろ!?」
「仲間?…仲間って何だったかな、俺の…、んんー。オーディンを守る事以外は思い出せないわ。アレクはオーディンに何の用だ?」
「トールも…壊れてるのか」
『トールは相性悪いぞ、気を付けろ。アサシン以上に早い最強のグラディエーターだ』
「そんなのどうやって気を付けろって言うのさ」
『俺を一撃でも当てれば勝ちだ』
「アサシン以上に早いんだろ。オーダーきついよ、お兄さま」
トールは僕の独り言を訝しげに聞いていた。
「ロキと何か相談でもしてたかぁ?無駄だぞ、戦法はフリッグから聞いてる、油断しなけりゃ当たらない。で?オーディンに何の用だ?」
ここまで来たら小細工は抜きだ。
「…殺しにきた」
「よし、おまえも敵だな」
その次の瞬間だった。僕は遥か後方に倒れており体力を全損して行動不能になっていた。
何が起きたのか分からない、いつ攻撃されたのかも分からなかった。
それにトールは武器を持っていない。
いや、攻撃力が限界値なら武器なんていらない、素手の方が早いのだろう。
「リザレクション!ヒール!」
間髪入れずに行動不能から復帰し体力も回復した。
「モモ、ありがとう」
「せっかく来たんだから私にも見せ場もらわないとね!」
「プリーストいるのか。じゃあ先にそっちだな」
トールがモモに標的を移すがその間にハルが割り込む。
「私もいるよ!最強のグラディエーターと戦えるなんてね。あー!燃える!」
二人を確認したトールが面倒臭そうに頭を掻いた。
「なんてこった、二人とも人間か」
「人間だったら何?」
「NPCが人間に危害を加えてはいけない。オーディンの教えだ。おまえらは見逃してやる」
それを聞いた二人は顔を見合わせて笑い出した。
「あは、あははははは。じゃあトールは私たちを攻撃しないんだね?」
「それなら勝てなくても負けないわけだ。おーい、アレク!トールはうちらで足止めするからオーディン探しておいで」
トールはそれを聞いて負けじと笑う。
「はっはっはっ!お嬢ちゃん達がどうやって俺の早さに付いてくる気だ?」
「こうやってだよ。エクストラスキル!ビーストビート!」
「ブレス!アクセル!クイック!よし、ハル!後は任せた」
「おうよ!アレク、ビーストビートの効果は短い!急いで!」
獣化したハルに攻撃とスピードの補助が入る。
モモはいつの間にか行動加速のクイックまで覚えていた。
これなら獣化が解けるまでは持つかもしれない。
『アレク、ここはあの二人に甘えよう』
「わ、分かった!」
神殿は探すまでも無く見つかった。
元々このダンジョンのシンボルだ、ど真ん中に鎮座していた。
石造り柱が立ち並び、それに支えられた建物。
しかし入り口はどこにも無い。
それでも、神殿だってただのオブジェクトだ。
この世界においてミスティルテインで破壊できない物は存在しない。
強度を吸い上げ、オブジェクトごと破壊する。
「イリュージョンエッジ!」
僕の手から放たれたミスティルテインは5本の分け身を作り出し、計6本の剣となって神殿の柱を、壁を、屋根を破壊しつくす。
神殿が瓦礫の山となり、その内部が露出した事で僕はオーディンの真実を知る事となった。
そこにあったのは黒く四角い、折り畳み式のノートパソコン。
そして、そのパソコンの前に座る独りのパラディン。
『…ガウェイン』
「やぁ、ロキ。やっとたどり着いたんだね」
ガウェインと呼ばれた男にはミスティルテインの声が聞こえているらしかった。
『なんでおまえがここに居る』
「正確には僕をベースに作ったNPCだよ」
『オーディンはどこだ』
「オーディンならこのパソコンの中さ」
『どういう事だ』
「今新しいオーディンとフリッグを作ってる。前のオーディンは自我を失い崩壊したし、前のフリッグは君が壊しちゃったからね」
『トールはこの事を知ってるのか?』
「トールは神殿には入れない。知らないと思うし、知性も奪ってる」
『…外道が』
「そう言わないでくれよ。君だけは希望を叶えてあげたんだから」
『何のためだ』
「僕を殺せる剣が必要だった。君の手でなら、僕は終わりを迎えても構わない。ゲームにはリセットボタンが必要なんだ」
『悪いが、それを決めるのは俺じゃない。俺は…ただの剣だ』
「ふむ、ではアレク。君はどうしたい?」
僕の答えは決まっている。
考える時間はたくさんあったのだから。
決まっていた、…はずだった。
オーディンも、フリッグも、トールも、このガウェインという男の手駒でしか無かった。
この男が全ての黒幕だ。
しかしこの世界を維持する為にはこの男が必要だという事も理解している。
僕は、僕の答えはNPCの解放と終演だったはず。
それはどうしてだったか?
…僕が耐えられなかった、それだけだったように思う。
他のNPCは終演を望むだろうか。
…そうか、分かった。答えはもっと簡単だったんだ。
「さよなら、お兄ちゃん」
僕は自分の体に…ミスティルテインを突き刺した。
実はフィナーレ近かったりします。
ガウェインは止め時をロキに託した形となっております。
自分では止めれないタイプの人間なのです。




