悪い人だ
「なんでこうなった」
僕は海を眺めていた。
モモとハルは波打ち際で遊んでいる。
いや、こうなった理由はもちろん分かっている。
決闘以外で冒険者を攻撃したペナルティだ。
NPCとはいえフリッグは冒険者という扱いなのだからペナルティも存在していた。
【おたずね者期間】
【プレイヤーへの攻撃→三日間継続】
【プレイヤーキル→一週間継続】
【頭の上に赤いバツマークが付く】
【他の冒険者からペナルティ無しで攻撃される】
【町に入れない】
【守衛NPCが襲いかかってくる、守衛はおたずね者に対して無敵】
【町の中にリスポーン地点がある場合は外に弾き出される】
【公共施設が使用できない】
【船、飛行船、店などの使用ができない】
僕とハルの頭上に赤いバツマークが付いてしまっているのだ。
他の冒険者に負ける気はしないが追い払う為に攻撃したらまた期間が伸びる。
だから人気の無いマップで時間を潰す事にした。
モンスターもアイテムも無い波打ち際、更に言えば見所も無いただの波打ち際。
シニオンノビス東の船着き場から少し離れた場所。
町の守衛には僕なら勝てるだろう。
しかしそんな無茶をやらかす理由は無い。
町に用事があればモモにお願いすれば良い。
問題なのは船が使えない事。
船が無いと目的の海底ダンジョンに行けないのだ。
ハルとモモも僕に付き合ってダンジョンに来てくれると言ってくれた。
二人とも、僕がNPCだと分かった上で…。
この世界の神、オーディンとフリッグの説明もした。
どこまで信じてくれたのかは分からないが…。
「ごめんね、ハル、モモ。NPCだって黙ってて」
ハルとモモが遊ぶのを止めて近寄ってくる。
意味も無いのに二人とも水着装備、雰囲気だけでも海を満喫したいらしい。
「いや?私は別にぃ?むしろ納得したっていうかねぇ。ハルはどう思った?」
「…まだ頭の処理が追い付いて無いよ。はぁ…」
「なぁに言ってんのさぁ。ハルのアバターだって胸のカップ2つはサバ読んでるじゃない。嘘はお互い様でしょー?」
「1つだよ!」
「え?Bに昇格したの!?」
「もうすぐ追い付くからな!」
「私も1つ昇格したんだけどね」
「………マジで?」
「…なんか…ごめんね」
「ガチで謝るなよ!」
「二人はいつも楽しそうだね」
それは僕の本音、僕には存在しないゲームの外側の話が羨ましい。
アバターでは無い、肉のある自分の、自分だけの体。
「楽しそう、かな?」
ハルは不思議そうに聞いてくる。
「うん、すごく楽しそうだ。ここでは無い別の世界、二人の話はいつも楽しかった」
「それでいつも黙って聞いてたんだね。どんな話でも嬉しそうに相槌打って」
「外の世界の事は僕には分からないからね。すごくワクワクした」
「私達もね、そのワクワクを求めてVRの世界にログインするんだよ」
「…え?君たちの世界に比べたら圧倒的に情報量の少ないこんな世界に?」
「その情報量の中にはモンスターも魔法も、その…アレクだって居ないんだよ」
「…ぼ…く?」
ハルの言葉に激しい動揺を覚えた。
僕?僕個人を認めて?本当は存在しないはずの僕を…。
ハルは何気無しに言ったに違いないだろう。
ただの遊び相手として言っただけだろう。
それでも、この僕を、この世界の楽しみの1つだと思ってくれていた。
この感情を何と呼べば良いのか、当て嵌める言葉が僕の情報に無い事に激しく動揺していた。
「アレク?大丈夫?」
「はぇ!?あ!うん!だ、大丈夫だよ、あは、あははは。あー、あ!ところでさ、ハル新しい装備買ったの?その腕輪、見たこと無いけど」
ハルの腕には獣の爪やら牙やらの装飾が付いた腕輪が巻いてあった。
麻紐で出来た簡素な腕輪。
「んふふー。これはね、拾ったんだよ」
「どこで?」
「オークの集落、フリッグが消えた場所で」
「え!?じゃあそれフリッグの!?」
「そう、ビーストビート使えるやつ」
そういえばフリッグのプリーストの服はゆったりとしていて腕が隠れていた。
その下にあったのかもしれない。
僕が腕を破壊したから腕輪が所有者無しになったのだろう。
「悪い人だ」
「悪い人から奪ったのだから私は良い人なのだよ」
「なんて屁理屈だ」
「んふふ」
話が終わった後二人はログアウトすることとなった。
「じゃあまた明日ねー。アレク、あと2日乗り切りなよ」
「う…うん。二人とも、お休みなさい」
二人がログアウトして世界から消える。
僕の知らない、僕には行けない世界へと消える。
「ねぇ、ミスティルテイン。ログアウトってなんだろう」
『外の世界に帰る事だろう?』
「僕もログアウトしたいな。モモと…ハル…と、外の世界を歩きたい」
『…そればかりは無理だな』
「分かってるよ、分かってる」
人間は悲しいと涙が出るらしい。
僕が人間なら、今、涙は出ていたのだろうか。
ハルとモモの居ない時間は、眠る事の無い僕にはとても、とても長かった。
……………
………
…
「アレク!おーい、アレク?」
「ふぇ?あ、ああー。モモか」
あれから2日、ボーッと考え事をしていた僕の顔をモモが覗き込む。
「寝てたん?」
「僕は寝ないよ」
「シーナさんも同じ事言ってたなぁ。時間が長く使えて羨ましいよ」
「そう?僕は長すぎる時間に押し潰されそうだったよ」
「そか、NPCにもNPCの悩みがあるんだねぇ」
「これからどうするか考える時間は出来て助かるけどね」
僕とハルの頭上から赤いバツマークは消えていた。
おたずね者期間の終了だ。
「どうするの?」
「オーディンに会う」
「それから?」
「オーディンを役目から解放する。オーディンを殺し、他のNPCもみんな自由にする」
「…そっか、やっぱりそうするんだね」
モモはいつもと違い元気無さそうに答える。
実は理由は分かっている。考える時間だけは本当にたくさんあったから。
「オーディンを殺したら、たぶんNPCのフレームアウト現象に歯止めが利かなくなる。フリッグも早いこと殺さないと更にフレームアウト現象は酷くなる。そしたら…、おそらくフェイトマイルオンラインはサービスが終わる」
おそらくミスティルテインの最終的なもくろみもそこにある。
最後だけでもNPCに自由を与え、歪な世界を終わらせる。
何より、ミスティルテイン自体がもう疲れたのだろう。
僕も、今ではそれが分かる。
…分かってしまった。
神を殺し、自分も終わる。
そうしないと…、辛すぎる。
「アレクがそうしたいなら、止めないけどさ。そんな辛そうに言われてもね」
僕が辛い想いをしてる張本人が目の前に来る。
でも、気付いてしまったこの想いは叶える事が出来ないし、叶えてはいけない。
「ハルは、この世界が無くなると悲しい?」
「そりゃぁ、ね。せっかくレベルも上げたし、アレクにも…」
「僕?」
「…友達に会えなくなったら寂しいでしょう」
「NPCだよ?」
「分かってるよ、分かってるけどさ…」
「ありがとう」
ハルの言葉はとても嬉しいけど、それ以上に悲しくなる。
僕が気付いた感情は、きっと恋心と呼ばれるものなんだ…。
「僕は、これから神を殺しに行くよ。二人はどうする?」
「行く」
「前衛だけじゃダメでしょー?私だって行くさ」
「…ありがとう」
マーガレット→アレク→ハル。さ、三角関係(笑)
ハルはアレクがNPCと分かった後はどう思ってるんでしょうね。




