アレクが決めな
『アレク!今だ!撃て!』
ミスティルテインに言われハッとした。
決闘が終わりサークルも消えている、今なら撃てる。
しかし、それでも僕は戸惑っていた。
本当に悪い神さまなのか決めあぐねていた。
『アレク、せめて拘束しろ!これを逃したらマーガレットの行方も分からなくなるぞ』
「行方!?消されたんじゃ!?」
『オーディンもフリッグも歪んではいるが基本的にはNPCの味方だ。どこかに居る可能性は高い。確証はねぇがフリッグなら知ってるかもしれない』
行動不能に…、ミスティルテインを使ってオブジェクト強度を奪った上で部位破壊、拘束することは可能かもしれない。
「…スローイング!」
僕はミスティルテインを構えて投げる態勢へと移行する。
直撃させなければ即死には至らないはずだ。
しかし僕はミスティルテインを投げる事は無かった。
ミスティルテインを見たフリッグの目が優しさに満ちていたから…。
「ロキ?姿は違うけど分かるわよ。ロキよね?」
フリッグは剣の姿をしたミスティルテインの本名を言い当てた。
ミスティルテインの本名、ロキ。
フリッグとロキはアルファ時代の仲間だと聞いている。
話し合えば、なんとかなるんじゃないだろうか。
「ミスティルテイン、フリッグさんと話してみて良いかな?」
『…分かった、だが油断するな。いつでも撃てる準備をしておけ』
なんだかんだ言って元は仲間だ、ミスティルテインにも情があるのだろう。
「ミスティルテインはフリッグさんと話したい?」
『俺は所有者以外とは喋れない。俺をフリッグに渡す事だけは絶対にするな』
「…分かったよ」
「で?ロキで合ってるわよね?なんで人の姿をやめたのかしら?」
「ミスティルテイン…、いや、ロキは所有者以外と話せない」
「うーん、じゃあ貸してもらえるかしら?久しぶりお話したいわ」
「だめ。ロキが拒否している」
「ふーん、ロキは相変わらずねぇ」
「代わりに僕とお話しして欲しい」
「んー?…あら?あらあらあらぁ?あなた、私たちと同じ波長を感じるわぁ。もしかして、あなたNPCじゃない?しかもアルファテストオートマタね?私たち以外にも残ってたのねぇ」
「やっぱりバレるよね。…アルファテストオートマタ13号、アレク。それが僕の名前」
「あー、あなたが…。オーディンが言ってたわね。運営が末っ子を導入したぞって。始めまして、長女のフリッグよ。うふふ」
「は…始めまして」
フリッグはミスティルテインに聞いていたよりもずっと優しそうだった。
…殺す必要なんて無いじゃないか。
「マーガレットっていうNPCは知ってる?」
「知ってるわよ。花屋の娘ね」
「今、消えてしまっているのだけど。…どこに居るの?」
「あら、そうなの?」
「じゃあ、フリッグさんは関係無いんだね」
「そうね、私は手を出していない。てことは勝手にフレームアウトしてオーディンに消されたのかしら…。自力でフレームアウトするなんて、うふふ、良い子ね、うふ、うふふふ」
「フリッグさん?」
「あらごめんなさい。その子の事は知らないわ」
フリッグからはマーガレットの事を聞けなかった。
しかしフリッグはオーディンとやり取りしているらしい事は分かった。
対立した神様だと思っていただけに少し拍子抜けだった。
「オーディンは、どこに居るの?」
「うーん、あなたは弟みたいなものだし、オーディンも会いたがるかもしれないわね。教えてあげるわ。シニオンノビスの東に船あるわね?それに乗って孤島に行くと海底ダンジョンがあるの。その一番奥の階層に神殿があるわ。その中よ」
「え?そんな普通のダンジョンに?」
「あははは、その神殿ね。普通は入れないのよ。ただの海底都市の演出用オブジェクトだから。でもあなたが行けばオーディンも興味もって中に入れてもらえるかもしれない」
なるほど、次の目的地は決まった。
そうなると今の問題は目の前のフリッグだ。
「ありがとう、…ところで、フリッグさん」
「何かしら?」
「感情システムのフレームアウトを誘発させてるのは何故?やめる事はできないの?」
「…なぜ?」
「前回のオークの大移動による混乱はフリッグさんのせいでしょ?みんな困ってた」
「みんな?みんなってどこからどこまで?オークはオークキングは?」
「え?…だって、モンスターでしょ?」
「あは、あははははははははは。そうよ!モンスターよ!良いじゃない。良いじゃない!うふふふ、あはははは!」
「フリッグ…さん?」
「何?何?何?何かしら?何か問題があるかしら?あは、あはははははは」
フリッグはさっきまでの優しい目のままで口元だけが引き吊った様に笑っている。
表情の変化が明らかに不自然で機械的に見えた。
『ダメだ!やはりフリッグはもう壊れてる。撃て!』
考えが纏まらず真っ白になった僕の頭の中にミスティルテインの言葉がストンと填まる。
フリッグから離れて戦闘態勢へと姿勢を変えた。
決闘以外で攻撃するとその度合いによって重いペナルティが発生するが気にしている場合では無いだろう。
「スローイングエッジ!」
僕の投げたミスティルテインは真っ直ぐに飛びフリッグを捉える。
それに気付いたフリッグがとっさに杖で受けたがミスティルテインの特性がそれを許さない。
杖に絡み付いたミスティルテインの蔓が杖の強度を吸い上げてへし折る。
対人戦においてミスティルテインは相手の装備を理不尽に破壊する最悪の兵器だ。
そのままミスティルテインは杖を伝いフリッグの腕に取り付こうとしたがフリッグは杖を投げ捨ててそれを回避した。
僕はミスティルテインを手元に戻し次の攻撃に備える。
「…私の杖が、ロキ、あなた…そういうこと。それで武器に、そう」
「ちょっとアレク!なんなの?これいったいなんなの?」
「私も色々聞きたいけど。モモー、とりあえずリザレクションプリーズ」
モモもハルもここに居るのだ、当然全部聞かれていた。
本当の事を言ったら二人はどういう反応をするだろうか。
おそらくまだ全てを鵜呑みに信じてる訳では無いだろう。
しかし隠さず説明しなければ二人とも納得してくれそうにない。
「後で全部説明する」
「んー、分かった。で?あのお姉さん悪い奴なの?」
「前のオーク騒動の犯人だよ」
「おっけ、悪い奴だね」
モモはハルを蘇生させると僕の後ろに隠れる。
そう、これが本来のプリーストのポジション、フリッグがおかしいのだ。
「キュア、エンデュア、ブレス、プロテクション」
フリッグは僕たちが喋ってる間にまた強化スキルを重ね掛けしていく。
「…アクセル、クイック」
スピード上昇スキル、それに行動加速スキル。
いったいいくつスキルを取得しているのか、それでも元がプリーストだから3人で戦えばなんとかなる、そう思っていた。
「エクストラスキル。ビーストビート」
フリッグの背中から真っ白な鳥の翼が現れる。
手足は装備が消えて真っ白な毛皮に覆われた、その末端には巨大な鍵爪。
白くて美しい、しかしそれは色が綺麗なだけで見た目は悪魔のようだった。
「何あれ!プリーストのスキルにあんなの無いよ!」
モモは同じプリーストなのに見たことの無いスキルがあった事に驚いていた。
「エクストラスキル、ユニーク装備の中には特殊スキル付きの物があるらしい」
そう言うハルは少し羨ましそうだ。
「来るよ、二人とも気を付けて」
フリッグが地面を蹴ったその刹那、目の前まで一瞬で距離を詰められる。
「はやっ!?ミラージュ!」
ミラージュ、それはアサシンの緊急回避スキル。
相手の前から姿を消し瞬時に移動する。
消費AP40、乱発はできない。
フリッグが振り回した鍵爪は宙を切り裂くだけに留まった。
「アレク、私が足止めする!モモ!援護よろ!」
リベンジに燃えるハルがバルディッシュを構えていた。
「おっけ把握!ブレス!アクセル!」
ハルの攻撃力と速度が上がる。攻めの補助スキルしか持ってないのが実にモモらしい。
「今度こそ喰らってもらうよ!パンツァーラッシュ!!」
武器を構えたまま全身全霊の突進攻撃、パンツァーラッシュ。
これは一度破られているがハルに出来る通用しそうな攻撃がこれしか無い。
強化されているとはいえ他の半端な攻撃ではフリッグはガードすらしないだろう。
パンツァーラッシュの突進速度はそう簡単には回避も出来ない。
今はアクセルで更に加速が付いていた。
「サンクチュアリ!」
しかし一度破られた時と同様、やはり完全防御スキルのサンクチュアリによって阻まれる。
「学習しない子ね、人間てやっぱり頭悪いのかしら?」
「良いんだよ、これで良いんだ」
「イリュージョンエッジ!」
僕はフリッグがサンクチュアリを発動した直後にイリュージョンエッジを発動させていた。
ミスティルテインが6本出現し宙を舞う。
サンクチュアリは大技だ、クイックで加速させてもなお隙が大き過ぎる。
そこにミスティルテインを6本全弾撃ち込んだ。
フリッグはサンクチュアリを解除して回避行動をとる。
その瞬間にハルのパンツァーラッシュがフリッグに直撃し、バルディッシュがフリッグの体に深く突き刺さる。
ハルの一撃を受けてでもミスティルテインの攻撃を対処するべきだと、サンクチュアリで防ぐ事はできないと、そう判断したのだろう。
そしてそれは正しかった。
ミスティルテインによるイリュージョンエッジの直撃だけは回避されたものの、フリッグの武装をことごとく破壊し、フリッグの獣化も解ける。
ビーストビートを発動させていた装備がどれだったのか、今では分からない。
そしてフリッグも一つのオブジェクトに過ぎない。
フリッグ自体の強度も奪い去り、フリッグの右腕が割れる様に消滅した。
今ならどんな攻撃であれ当てさえすればフリッグは砕け散る。
「スローイング…」
撃って…良いのだろうか…。
躊躇した隙にフリッグは地面に吸い込まれるように消えてしまった。
『…逃げたな』
ミスティルテインは僕が躊躇した事を責めたりはしてこない。
「どこに、逃げたんだろう」
『あいつだけの移動手段でもあるんだろうよ』
「…ごめん」
『謝るなよ、俺はただの武器だ。アレクが決めな』
「…まだ、分からない」
『そうか…』
次回はNPCとはいえ冒険者を攻撃したペナルティについてやっていきます。




