ベータテスト2
ガウェインはNPCに対して偏見は無く、むしろ友好的だった。
他のプレイヤーと話す時間よりも俺らとつるんでる時間の方が長いように思う。
ガウェイン曰くNPCと喋ってる方が気楽らしい。
ガウェインがナイトに転職ししばらくの時が経った。
上位職のパラディンになる日も近いだろう。
俺とオーディンはもう90レベルに到達しており、トールもフリッグもそれに近いレベルまで上がっている。
そんな四人が全力で効率の良い狩り場でサポートしてるのだからガウェインの成長も早くて当然だった。
「ねぇ、ロキ。少し話があるんだ。その…二人で」
それは突然に訪れた。
「ん?おお。良いぜ」
ガウェインを連れてシニオンノビスの北の森に移動する。
ここは迷いやすく通る利点も無い為人が少ない、内緒話にはもってこいだろう。
「その…さ。フリッグとオーディンって付き合ってるの?」
「あん?俺らNPCだぞ?そんな感情ねぇよ」
「そう…なんだ?」
「なんでそんな事気になんだ?」
「いやぁ、神話ではオーディンとフリッグって夫婦だから、気になっちゃって」
「なんだそりゃ、くだらねぇなぁ」
「NPCって、本当に恋愛感情無いの?」
「オーディンが言うにはNPCのタブーに当たるそうだ」
「そうか…」
「なんか良く分かんねぇけどよ。それがどうかしたか?」
ガウェインは少し間を開けた後話し辛そうに言葉を続けた。
「…フリッグ、優しいよね。現実の女の子よりも、ずっと」
「そうなのか?俺には現実の女が分からないけどな」
「僕は本当にモテないんだ、ルックスも良くないし、頭も良くないし、運動も苦手だ」
「モテたいのか?」
「そりゃそうだよ。…いや、モテたら逆に怖いな。罰ゲームを疑うよ」
「ふーん」
「興味無さそうだね」
「無いからなぁ」
「はは、やっぱり君に話して良かった」
「どういう事だ?」
「現実の僕なんてどうでも良いでしょ?」
「ああ、俺らにとっては今のおまえがガウェインだからな」
「そう、ここでなら僕はガウェインでいられるんだ」
「そうだな」
「僕、大学やめたよ。明日からはほとんどの時間ここに居る」
「大学っつーとあれだな。勉強するとこだ」
「うん。…僕もNPCになりたいよ」
「良いもんじゃねぇぞ。むしろ俺は人間になりてぇよ」
NPCなんて良いものじゃない。制限され、管理され、ボタン一つで世界から消える。
「ははは、無い物ねだりだね、お互いに」
「そういうもんかねぇ」
「そういうもんさ」
その後、ガウェインはあまり顔を見せなくなっていった。
大学とやらをやめてまでここに終着していたあいつらしく無いなと思っていたが、その答えはガウェインの口から直接聞けることとなる。
「ロキ、話がある」
「おお、じゃあいつもの森な」
ガウェインと二人で話をするときはだいたい森に行くのが定番になっていた。
「大事な話だ、大学やめてからずっと作ってた物がある」
「…なんだ?」
「コンピューターウイルス」
「…で?どんな?」
「驚かないんだね?」
「ウイルスの内容によるな」
「フェイトマイルオンラインのAI管理システムにハッキングした」
「はぁ!?」
「ははは、やっと驚いてくれた」
驚くに決まっている。それは俺らNPCの生命線だ。
俺らを消す事も、書き換える事もできるだろう。
「おい、何やったんだ?」
「大した事はしていないよ。僕の願いを一つ叶え、君の願いも一つ叶えた」
「答えになってねぇ!」
「管理システムを掻き乱し、君達の感情を複雑化した。感情を制御してるフレームも、君達が強く心を動かせば自らの力で破壊出来る程にね」
「マジかよ…」
「マジだよ、これから君達のAIはどんどん複雑に膨らみブラックボックス化が進むよ、運営が管理しきれない程に」
「…何が目的だ?」
「そのうち、分かるさ。感情のフレームを邪魔だと思っていたのはお互い同じだろ?」
「…何で俺に話した?」
「オーディンは反対するだろう、トールは言いふらすだろう、ロキなら理解してくれると思ったんだ。それだけだよ」
「フリッグは?」
「…」
「おい!」
「今日はもう落ちるね」
「あ!まて!」
ガウェインはログアウトして消えてしまった。
俺は…、今はまだオーディンに報告する気にはなれない。
もしかしたらこれで何かが変わるかもしれないと思ったのも事実だからだ。
次の日から変化は如実に現れた。
俺にじゃない。フリッグだけが加速度的に変わっていた。
ガウェインにやたらと寄り添う事が多くなった。
「あ、ガウェイン。やっとログインしたね。待ってたよ、…淋しかった」
「あはは、前のログインから1時間も経ってないよ」
「もうログアウトしたらダメだからね」
「参ったなぁ。ふふふ」
どうしてこうなったか、俺だけが理解した。
フリッグを引き剥がしガウェインを森へ連れ出した。
「おい、ガウェイン。おまえ…」
「そうだよ、お察しの通りの事をした、別に良いだろう?」
「管理者が運営からおまえに変わっただけじゃねぇか」
「運営はまだ気付いて無いだろうね。書き換えたのはフリッグだけだし、他の変化だって緩やかに進むだろうしね」
「終わりだな…、人間と問題を起こしたら俺らは消される」
システムを乗っ取られていようと消してしまえば白紙に戻る。
運営が気付いた時点で終了だ。
「僕がそれを考慮してないとでも?」
「まだ何かしてやがんのか」
「君達四人のデータは丸ごとコピーしているよ」
「はぁ!?」
「復元可能だし、移植も可能だ」
「なんで、俺らまで」
「僕はこれでも君達が大好きなんだ。消えてしまったら悲しいからだよ」
「神様にでもなったつもりか?イカれてやがんな」
「実際神様みたいなものだからね」
「はぁ…、おい、聞いてたか?オーディン」
俺は木の後ろに隠れていたオーディンに声をかける。
オーディンにはあらかじめ声をかけていたのだ。
「…ガウェイン、残念だよ。この内容は全て運営に筒抜けだ。そしてあまり運営を舐めるな、ガウェインの家はもう突き止めてあるぞ」
それを聞いたガウェインは驚き、慌ててログアウトした。
その後程なくして緊急メンテナンスの告知が入る。
「…オートマタの破棄、それとその他NPCの巻き戻しが決定した」
そう言うオーディンの言葉にみんな無言で頷いた。
ただ一人、フリッグだけはガウェインが居ない事を嘆き、泣き崩れている。
緊急メンテナンスが始まる。それはオートマタへの処刑。
景色が暗転し、自分の中の思い出が端から消されていくのが堪らなく恐ろしかった。
ガウェインによって拡張された感情が怨めしい。
こんなにも、怖いなんて、思わなかっ…
むなくそ悪いですねぇ。
神代、もう少しだけ続きます。




