幸先不安
三日にわたる期末テストを終え、いよいよ夏休みが目前に迫ってきた。
幸いにもというべきか、僕とバッ君の成績はお互い中の上くらい。成績上位者に分類されるほどの学力はないが、まず平均点は下回らないくらいのそこそこの点数を取れるだけの力はある。今回のテストも特にやらかした科目はなく、補習という不名誉かつ面倒な事態に陥ることはなさそうだった。
というわけで、旅行の行き先をそろそろ考えようということになり、僕は単身本屋に向かっていた。因みにバッ君は用事があると言って、なぜか生徒会室に向かった。
さて、本屋に着いた僕は、さっそく旅行のガイドブックを見に行った。流石に海外に行くのは無理だから、とりあえずは国内のものを手に取って眺めてみる。バッ君の様子からすると、別に観光がしたいわけでもなさそうだし、あくまでゆっくりと落ち着ける物静かな場所がよさそうだ。
とはいえ流石に何もない田舎となると、僕の方が退屈で参ってしまうかもしれない。特に絵を描く趣味や小説を書く趣味もないから、旅館の中でずっと待機しているのは厳しいだろうし。温泉……はあったほうがいいだろうか? あまり長風呂をするタイプではないが、日々の疲れを取るのなら温泉に浸かるのはいいアイディアな気もする。
なんとなく泊まる場所の方針は決まってきたし、後は適当に数冊選んで――と考えていたら、急に声を掛けられた。
「やあサタン君。今年の夏休みはどこか旅行にでも行くつもりなのかな」
びっくりして後ろを振り返ると、そこには我らが自立園学園の生徒会長様が立っていた!
あまりの驚きに体が固まってしまった僕の横にさっと並ぶと、今僕が立ち読みしていたガイドブックを手に取って呟いた。
「成る程ね……行き先は海よりも山の方かな。人気の少ない場所でリフレッシュしたいと……。だけど今回は付き添いがいるからそうそう自分の好みを優先したりは……」
何やらぶつぶつと呟き続ける生徒会長様。
今この場に生徒会長様がいることも不思議だが、なぜ僕の名前を知っていたのかも不思議だ。自立園学園の生徒会長といえば、文武両道・才色兼備で知られるスーパー高校生だが、いくらなんでも全校生徒の顔と名前を覚えてるなんてことはないはずだ。今までに生徒会長様と関わったことなど一度もないし、仮にかかわっていたとしてもわざわざ話しかけてもらえるなんて……。
どこか夢を見ているような非現実さを味わっていると、不意に生徒会長様はガイドブックを元の位置に戻した。そして、穏やかな、しかしどこか探るよう視線を向けながら、小さく頭を下げてきた。
「邪魔をしてすまなかったな。ただ、楽しそうに旅行の行き先を考えている君を見かけて、ついどこに行こうとしているのか気になってしまったんだ。しかし、旅行というのも楽しそうなものだな。せっかくだし今年は僕も旅行に行ってみようと思う。もしかしたら、偶然旅行先が被る、なんてことがあるかもしれないが、その時はよろしく頼むよ」
では、と言って、意味深な笑みを浮かべた生徒会長様が颯爽と立ち去っていく。
何が何だか分からないが、きっとこれもバッ君の影響なんだろうなと思いつつ、僕はレジへと向かって行った。