事の発端
バッ君と僕が同居するきっかけとなったのは、ある日の放課後のことだった。
帰宅部ゆえに、授業が終わったら友達と他愛無い話をし、それに飽きたら家に帰る。家に帰ったらさっさとシャワーだけ浴びて、後は家から一切出ずにアニメや漫画を読んで時間を潰す。それがいつもの僕の日常。でも、その日はたまたま学校に忘れ物をしてしまったため、帰宅後早々に学校へと舞い戻った。
教室によってはまだ生徒が残っているところもあるが、基本的にはどこも無人。そんないつもとは違う風景に浮かれつつ教室に足を運んだ僕は、そこで机に頬杖をついてぼんやりと窓の外を眺めていたバッ君を発見した。
おそらく僕以外の人もそうだと思うのだが、そこまで親しくない知り合いと予想外の場所で出会った時、まあ会釈する程度で話しかけたりはしないだろう。下手に話しかけてもたいして話が続かず、どこか気まずい雰囲気で別れるのが目に見えているからだ。
だけど、この日の僕はちょっとだけテンションが上がっていた。
忘れ物を取りに学校に戻るという滅多にない状況。加えて教室には、普段速攻で家に帰るはずのクラスメイトが物思いに耽った様子で一人佇んでいる。
常日頃からちょっとした刺激に餓えていた僕は、この場をすぐに立ち去ることがどこか勿体なく思えて、
「ねえ、××君どうしたの? いつもならもう帰宅してる時間だよね?」
つい声をかけたのだった。
バッ君は僕の存在に気づいていなかったらしく、驚いた視線を向けてきた。
「えっと、そうだね。ちょっと家に帰りたくない事情があってさ。どうせ帰んないといけないのは分かってるんだけど、中々足が動かなくて」
普段見たことがない思い悩んだ表情。
弱った姿を見たことがない相手だっただけに、心のどこかがザワザワと揺れ動く。そして、気づいたら言葉が勝手に口を飛び出していた。
「あのさ、うちって親が二人とも海外に単身赴任してて家にいないんだよ。それで僕一人でも不自由なく暮らせるようにって、結構お金もたくさんもらってるんだよね。だからさ、もしよかったらなんだけど、悩み事がなくなるまでうちに泊まってくれても構わないよ」
「それは凄い助かるけど……本当にいいの? こんなことを言うのは失礼かもしれないけど、俺と君ってそこまで話すわけでもないよね。いくら家に一人だからって――」
「いやいや、僕は一度××君とじっくり話してみたかったんだよ。それに、家で一人って結構退屈だしさ。話し相手ができるのは僕としても嬉しいし、遠慮はしなくていいから。まあ無理に泊まれってわけじゃなくて、選択肢の一つとして考えてくれたら嬉しいかな」
かなり思い切った提案。はっきり言って、受け入れられるとは思っておらず冗談半分の提案。
でも、バッ君はそれはもう心底弱っていたらしい。僕の提案がとても魅力的だったらしく、そこまで考えることもなく頼み込んできた。
「じゃあ、しばらくの間居候させてもらっていいかな。最近の俺、前世で何かやったんじゃないかっていうくらいものすごく運が悪いから、その影響で君にも迷惑かけちゃうかもしれないけど……」
「大丈夫大丈夫。平凡な日常を送ることにかけては僕の右に出る者はいないだろうし、僕のそばにいれば××君の運気も良すぎず悪すぎずといった微妙な感じになると思うから。うん? これって励ましになってるかな?」
「なる……、めちゃくちゃ励まされた。お言葉に甘えて、サタン君の運気にあやからせてもらうことにする」
そんな、ちょっとした思い付きの提案がすんなりと通り、僕とバッ君は共同生活を送るようになったのだった。