素直に感謝したくない時もある
「さて、姉貴は全く使い物になんないみたいだし、改めてここから出る方法を考えようか」
姉の変化についてけず、ポカンとしている二人に向かって言う。
「ふつう道に迷ったときはむやみに動かず、助けが来るのを待つか帰れるルートを調べるのが一番だけど、今回はどちらも使えない。こんな隠し通路があることを知っている人はほとんどいないだろうから助けを待つのは無駄だし、帰るルートを調べる方法もない。だから、ここはあえて疲れて動けなくなるまで探索するべきだと思う。山とかで遭難中に行うのは無謀でも、人が作った隠し通路程度なら踏破できる程度の広さである可能性が高いしさ」
「でも、ここの通路ってどれも似たような造りになってるから、一度行った場所かどうかの判断が難しいんじゃないかな。どうにかして目印とかつけないと……」
不安げな表情でSが聞いてくる。
俺はポケットから黒のマジックペンを取り出し、近くの壁にバツ印を記入した。
「勝手に落書きすると建造物損害罪になった気がするけど、こうした緊急事態ならまあ許されるだろ。曲がり角ごとに軽く番号でも降っておけば、同じ場所をぐるぐるすることになる心配はない。そうやって全てのルートを潰していけば、いずれ脱出することも可能なはずだ」
そう。意外な展開の連続でつい難しく考えていたが、今の状況はそこまで不味いわけではない。別に殺人鬼に追われているわけでも、時間内に脱出しないと爆弾が爆発するわけでもない。迷子になっているとはいえ、所詮は旅館の一部に過ぎないはず。道中何度か上り下りしたことから、地下に広く場所を取っているのだろうが、それでも一時間も歩けば全て見て回れる程度の広さだろう。
姉の醜態を見て心にゆとりを取り戻した俺は、先程までとは違い快く歩みを再開――
「ちょっと待ってください」
しようとしたが、書記に呼び止められた。
ここにきてまだ何か下らないことを言うのかと、やや警戒しながら視線を向ける。
相も変らず感情を削ぎ落したような無表情の書記は、姉が立ち止まった付近の壁に手を当てつつ言った。
「黒魔術の伝承者たるクレア先生が立ち止まった場所。そこに何一つ仕掛けが施されていないなどあるはずがありません。おそらくこの近くに悪魔が通るための抜け道があるはずです」
「トマトさん。いくら悪魔だの黒魔術だの信じたいからって現実は――」
ゴト
鈍い音がしたかと思うと、壁の一部がスライドし、旅館へと通じる道が現れた。
特に喜びなどの感情は浮かんでいない無表情でトマトが俺を見つめてくる。
俺は、無言でトマトさんから目をそらした。




