いつだって事態は唐突に悪化する
「痛たたた……、ってここは?」
隠し扉の中に勢いよく入りこんだせいで、腕や足を軽くすりむいてしまった。血こそにじみ出てないが、ずきずきとした痛みについ顔が顰められる。
僕の隣ではバッ君が同様に顔をしかめているが、その理由は痛みからではなくこの場所自体に対して向けられているようだ。その気持ちもすごく分かる。つい痛みに気を取られて周囲を見渡すのが遅れたが、この場所は――
「牢屋、みたいだな」
小さな声でバッ君が呟く。
そう、牢屋。床や壁は冷えきったコンクリートでできており、牢屋であることを印象付ける鉄格子が正面に屹立している。天井からは古びた豆電球が鈍い光を放ちながら垂れ下がり、侘しく荒廃した雰囲気を盛り立てていた。
後ろを振り返って、僕たちが入ってきた場所へ視線を向ける。僕たちが入ってきたと思われる隠し扉の部分だけ、この場とは不釣り合いな絵と壁紙が張り付けられている。
「少し、いや、かなりまずい状況かもな」
いつのまにか鉄格子を調べていたバッ君が、切迫した表情で僕を見つめてきた。
「どうだ、そっちの隠し扉から戻れるようになってたりしないか」
「え、ちょっと待って。今試してみる」
いつもとは口調も声音も違うバッ君に戸惑いながら、僕は隠し扉があった場所を手で強く押してみた。しかし、どんなに強く押しても全く回転する気配はない。僕が諦めて白旗を挙げると、バッ君はぶつぶつと独り言を言いながら牢屋の中を回り始めた。
それにしても、バッ君は話し相手やその場の状況に応じてよく喋り方が変わる気がする。誰に対しても同じ喋り方をする人なんて滅多にいないと思うけど、こうしてその代わり身をまじかで見るとどれが彼の本当の話し方なのか気になってくる。まあ、そのどれも偽物というわけではないのだろうが、一番自分らしくて楽だと思っている喋り方は当然あるはずだ。危機的状況に陥った時に使う言葉遣いにこそ、本当の自分が現れているんじゃないかと思う反面、危機的状況っていうのは特殊な状況下であり本心とは全く別の感情が現れたりするような気もして……判断するのは何とも難しい。
こればかりは本人に聞いても教えてもらえないだろうし、場合によっては本人でさえ分かっていないかもしれない。因みに僕は相手がだれであっても基本的に緩い敬語を使う。人より優れていると自信を持って言えない僕は、仮に相手が自分より立場の弱い下級生や小さな子供だろうと、どうにも強くでられる気がしないのだ。だから、立場が上の相手でも下の相手でも問題ないような、緩い敬語でお茶を濁している。
「あの少女がいないってことは出口がないわけではないはず……。いや、一つだけ最悪の可能性が……。もしこれが正しいなら本当に最悪な展開になりそうだ」
そんなバッ君の呟きで我に返った僕は、ようやく銀髪少女がこの場にいないことに気づき、今更ながらに背筋を凍らせたのだった。




