隠し扉も館ものの醍醐味
目の前でS君が何か言いたげな困った表情で俺を見てくる。
なぜそんな顔で見られているのかは分からないが、どうしてわざわざリビングに来たのかは思い出した。こういった怪しい人物に積極的に関わり、余計なことをされる前に動きを封じるため。だから無視していては話が進まないわけで、ここは嫌でももう少し話をする必要がある。
俺は怪しげな少女に向き直ると、尋ねた。
「ところで、君はどの部屋からやってきたの。何でこの旅館にいるのか分からなくても、自分がさっきまでどこにいたのかは分かるよね」
少女はこくりと頷くと、何も言わずにすたすたと歩き出した。
どうやらついてこいと言っているらしい。
本音を言えばこのまま少女と別れて部屋に戻りたいところだが、そうはいかないだろう。この子と出会った時点で新たなフラグが立ったという事。無視してやり過ごせば必ずより面倒な事態が待ち受けているはずだ。
俺は目でS君に追いかけるよう促し、少女の歩行速度に合わせてゆっくりと後をつけていった。
自分がどうしてこの旅館にいるのかも分かっていないくせに、少女の足取りに迷いはなく、慣れ親しんでいるかのように旅館内を歩いていく。
やはり怪しい。流石にこんな小さな女の子がよからぬ謀を秘めているとは思えないが、何か裏がありそうな気がしてならない。まあ今ここでいくら疑おうとも、疑惑を払拭することもその対処も行えるわけでなく、無駄でしかないのだが。
と、不意に少女が立ち止まった。だが、彼女が立ち止まった場所は予想していた客室の前ではなく、廊下の突き当りだった。この旅館にふさわしく(?)、巨大な館が真っ赤に燃えている趣味の悪い絵が飾ってある以外何もない行き止まり。まさかこの絵の中からやってきたとでもいうつもりかと思い、呆れつつ少女に目を向ける。すると、少女は何の躊躇いもなくその絵に突進を行い――くるりと壁が反転し、少女はその向こう側へ消えていった。
目の前で起こった出来事に唖然とし、声もなく立ちすくむ。いくら変わった旅館だとは言え、まさか隠し扉まで存在しているとは……。本当に、何か事件を起こすために生まれた建物だと改めて実感する。
「僕たちも追いかけたほうがいいのかな……」
「まあ、ここまで来て部屋に戻るわけにはいかないだろ。あの子もこの壁の先で待ってるみたいだし」
二人一緒に絵に手を乗せ、呼吸を合わせて同時に押し込む。すると、先程少女がやった時と同様に壁が反転。弾き出されるようにして壁の内側に吸い込まれていった。




