やっぱり平和が一番
何かに期待することや、希望を持つことはすごく素敵なことだと僕は思う。
どんなに非現実的な考えで、絶対に叶いそうにないことでも、本当に叶わないかどうかはその時になって見ないと分からない。そして、その時という瞬間は伸ばそうと思えば死ぬ直前まで伸ばすことができるはずだ。だから、どんな状況であっても期待や希望をもっているのなら、決して不幸ではないんだと思う――いや、そう思ってた。
「ねえ、どうやってお兄ちゃんを誑かしたの? じっくりゆっくりごっそりばっさり教えてほしいなあ」
前言撤回させていただきたい……。
どんな状況であっても期待や希望を持っているのなら、決して不幸ではない? いやいやいや、本当にピンチの時に期待やら希望やらを思い起こす余地など存在しない。ただただ、今自分が置かれている窮地から逃げ出した思いで一杯になるのだ。
何がどうしてこうなったのか。それはクラスメイトの××(通称バッ君)との同居が始まった次の日のこと。帰り道、突如見知らぬ女の子に路地裏に連れ込まれた僕は、首元にナイフを突き立てられていた。
「ほら、黙ってないで早く話してよ。それとも命が惜しくないのかな?」
より強く、ナイフの刃を首に押し当ててくる。
昨日確かに、僕はいつもの風景を壊してくれるような、そんな刺激を期待してワクワクしていたけど……少なくともこんな状況は望んでない! 大体夢も希望も全ては生きているから意味があることなのに! 死ぬかもしれない状況じゃあ何もかもが不毛に思えてくる!
「うーん、私ってさぁ、あんまり気が長い方じゃないんだよね。あと十秒以内に答えてくれないとナイフの刃が――」
と、少女はそこまで言ったところで、急に白目を向いて倒れかかってきた。
やや呆然として立ち尽くす僕の目に、太い木の棒を片手に持ったバッ君の姿が映る。
バッ君は手に持っていた木の棒を無造作に投げ捨てると、感情をそぎ取ったような無表情で言った。
「さっそく迷惑かけてごめん。こいつにはよく言い聞かせておくから、先に帰っててくれ」
何が何だか分からないが、ここは言うことを聞いたほうがいいような気がして、素直に頷く。
今回の一事だけで決めつけるのは良くないと思うが、バッ君に関する様々な噂はすべて真実なんじゃないかと、頭の片隅で意見が飛び交う。
何にしろ、彼との共同生活は、いとも容易くいつもの風景を壊してしまうことは確かなようだった。