雰囲気によって心は変わるものか
リビングまで来たはいいものの、旅館の従業員からもの凄く不穏な会話が流れてくる。当然というか、バッ君はその会話を聞いて気分が悪くなったようだ。見ているだけで不憫に成る程の不幸オーラを発している。
しかし、バッ君には何か目論見があるらしい。これだけ帰りたそうな雰囲気を出しているにもかかわらず、決して席から動こうとしない意志が感じられる。
そうして奇妙な沈黙の中二人で席に座り続けること数分、パタパタパタと廊下を走ってくる音が聞こえてきた。僕が音のする方に視線を向けると、綺麗な銀髪の幼い少女が走っているのが見えた。この旅館で貸し出されているのとは異なる花柄の真っ赤な浴衣を着て、今にも転ぶんじゃないかというほどたどたどしい動き。と、僕の視線に気づいたのか、銀髪の女の子は急に方向を変えてこっちに向かってきた。
「こんにちわ」
「えと、こんにちは」
少女は目の前までやってくると、丁寧に深々とお辞儀した。見た目通り、すごく幼い声。まだ5、6才と言ったところだろう。
取り敢えず挨拶を返してみたものの、少女は何も言わずにこちらを見続けてくる。どうしていいのか分からなくなった僕は、助けを求めるようにバッ君にささやきかけた。
「この子、どうしたのかな。なんかこっち見つめたままでいるけど、お菓子とか渡せばいいのかな?」
バッ君はうっすらと目を開けると、横目で銀髪少女を眺めた。バッ君に見られている最中も特に口を開かず、少女は真ん丸の目を僕らに向けてくる。
人通り観察し終えたのか、バッ君は席から立つと少女と目線を合わせるようにかがみ込んだ。
「親はどこ」
「いません」
「じゃあ友達は」
「いません」
「どうしてこの旅館に」
「分かりません」
「何か俺たちに用事がある」
「特にないです」
「そっか」
「はい」
バッ君は納得したように何度か頷くと、僕に囁き返してきた。
「この子はかなりやばそうだ。無視してやり過ごそう」
「え、えぇ……」
確かにこの子の返事はどこか奇妙だったけど、無視しようっていうのは流石に……。この旅館に影響を受けて、バッ君も少しずつ壊れてきているのではないか心配になってきた。
人間の考えてることなんてその都度変わるものだし、他人への対応だって気分によって変わるもの。だとしたら、明らかに異常な場所にいたら皆狂わされてしまうのだろうか? そうは考えたくないけど、ここにい続けるのってやっぱりよくない気がする……。