分かりきった後悔
「ははは、いいぞいいぞ! 流石はこんな旅館に好き好んでやってくるような奴らだ! どいつもこいつも変わり者で、この舞台を盛り上げるにふさわしい動きを取っている! ああ、早く第一の殺人が起こらないものか!」
「素敵……。見るからに怪しいお客様もいれば、必死に橋が落ちた謎を解こうとするお客様もいる。何を考えているか分からないミステリアスなお客様や、明らかに頭のおかしいお客様まで! でも、ちょっと残念なのは皆さま変わり者過ぎている点ですよね。こういった状況に対し、もっと慌てふためき、怯えた様子を見せる一般人もいらした方がより深みが出て楽しそうなのに」
「大丈夫だ、心配ない。今はまだ誰も死んでいないからこんなに余裕でいられるのだ。第一、第二の殺人が起これば自然と怯えを見せ、パニック状態になる客が現れる。そしてその時にこそ真にこの舞台は完成する! ああ、焦らしてないで早く殺人を行ってほしいものだ」
「でもこうした時間も悪くないですよ。今か今かと焦らされて、ちょっとずつ期待が膨らんでいく。この時間が長ければ長いほど、殺人が起こった時に湧き上がってくる感動と言ったら……!」
――やはり部屋から出るべきじゃなかったか。
リビングにつき、空いていた席に適当に座った途端、聞くに堪えない理解不能な会話が飛び込んできた。
いくらクローズドサークルが好きだからと言って、殺人まで望むとか頭がおかしすぎる。そもそもこいつらは自分が犠牲者になる可能性は考えていないのか。それともこの空間がより理想的な場所になるためには自分が殺されても構わないと思っているのか。まだ自分たちから殺しに行こうとしないだけましな気もするが、それだって自分が犯人と分かっていては楽しみが半減するから、といった下らない理由からだろう。
ああもう、本当になぜこんな旅館に来ようと思ってしまったのか。
「やっぱり、部屋に戻る?」
早くもげんなりしている俺の様子に気づいたのか、S君が控えめな声で聞いてくる。
俺は小さく首を横に振ると、そっと目を閉じた。
今の俺の狂運なら、少しここで座っているだけで何か厄介ごとが近づいてくるはず。事なかれな生活を送るためには、時に多少のリスクを冒す必要もある。
嫌なことは後回しにせず、できるだけ早めに片付けろ。そこまで長くない俺の人生から導かれた明瞭な指針。まあ、早く片付けようとしても片付かない問題の方が多いのが現実だけど。