なんかいろいろと面倒だ
何もかもが面倒で真面目に対応する気が起きない。誰しも一度はそんな感情に支配されたことがあると思う。まあ、だからと言って、そうそうふざけた対応を取れるかと言ったらそんなことはない。他人の精神状態なんて周りの人にとってはどうでもいいことであり、いちいち気にかけてくれる人なんて滅多にいない。ましてや、そこに誰もが納得するような理由があるわけでなく、「ただ何となくやる気が出ない」と言ったものだとしたらなおさら気に掛ける人などいないだろう。つまり、適当に対応したらキレられる。
が、今この瞬間この場面においては、真面目に対応する必要なんてないと俺は考える。
「部屋に一人でいたからアリバイを保証する人はいないと。ふむ、ではなぜ一人で部屋に籠っていたのかな? お連れの友人は遊戯室で遊んでいたそうじゃないか」
「疲れてたんですよ。最近寝不足気味だったもので」
「ふむふむ、なぜ寝不足気味だったのかな?」
「特に理由はないです。夏になって夜でも暑くなったからじゃないですかね」
「確かに暑いと眠りは浅くなるかもしれないな。しかし、本当に理由はそれだけかな? せっかく旅行に来たというのに部屋で――」
「この旅館には一週間滞在する予定でしたから。初日は部屋でゆっくりするつもりだったんですよ」
「む……、では部屋に籠っている間に何か――」
「ずっとうとうとしてたので物音とかは全然気づきませんでしたよ。もちろん怪しい人なんかも見てません」
「そ、それはそうだろうな。……ところでわざわざこの旅――」
「たまには非日常っていうのを味わってみたかったんです。こんな辺鄙なところで過ごすなんてそうそう体験できることじゃありませんからね」
「……分かった。では、取り敢えずこれで――」
「どうぞ、いつでも来てもらって構いませんよ。どんなに早くてもあと一週間はここから出られないわけですし、退屈しのぎにいくらでも付き合いますから」
「……………………」
質問を吹っかけてきていた男は、その後ろで黙って俺のことを観察していたお仲間二人に視線を送ると、無言で立ち上がった。そして、何も言わずに小さく頭を下げると、三人そろって部屋から出て行った。
帰り際、「あの男、何か怪しいですね。僕たちに隠していることがありそうです」「同感だね。彼の動向はこれから監視する必要がある」、などと言う会話が聞こえてきた。
全く、最近の俺は本当にダメだ。ここは真面目に対応して、少しでも不審がられることは避ける場面だったのに。またしても無意味にフラグを立ててしまった気がする。
――しかしまあ、気にしなくていいか。この旅館に来た時点で、ありったけのフラグが既に立ちまくっているわけだから。