今更慌てない
「ねぇ××君。本当にこのまま部屋で待機してていいのかな? 皆ホールに集まって何か話してるみたいだけど……」
「大丈夫だよ。というか俺たちにできることなんて何もないし。予想済みのことだけどこの旅館は電波が通じてないから助けを呼ぶことはできないし、唯一外と連絡が行える備え付けの黒電話は電話線が切られて使い物にならない。今日からちょうど一週間後に、食料やその他必需品を運んでくる配達業者が来るまで、脱出も助けを呼ぶこともできないんだ。ここは慌てず騒がず自室で待機しているのが一番だよ」
雨に打たれて全身びしょぬれになったため、一度大浴場に行って軽く体を洗い、服を旅館備え付けの浴衣に着替えた僕とバッ君。その後、外との連絡手段とか、食料の話とかいつ助けが来るのかを聞いて――。
結果、今のバッ君は悟りを開いた聖人のように、全てを受け入れる心構えができたようだ。色々と諦観したその表情を見ていると、自然と涙が出そうになってくる。でも、今の状況って本当にそんな諦めの姿勢でいていいものだろうか……。
「さっき少し聞こえてきたんだけど、もしかしたらあの橋が落ちたのは雨のせいじゃなくて人為的なものかもしれないって。もしそれが本当だとしたら、誰かが僕たちのことを逃がさないようにしたうえで、何か企んでるかもしれないってことだよね……」
「へーきへーき。誰が橋を落としたのかはもう知ってるし、何か企んでる人がいたとしてもその標的は俺たちじゃない。知り合いなんて……ほとんどいないし、仮に無差別に標的を選ぶのだとしたら部屋から出ないでじっとしているのが一番。つまり一週間後までできるだけ部屋から出ずにだらだら過ごしてればいいんだよ」
「え、ちょ、橋を落とした人が誰だか分かってるの! だったら皆にそのことを早く伝えた方がいいんじゃ」
「サタン君。今ここは陸の孤島なんだよ。下手に誰かを刺激して、旅館中がパニック状態になっても逃げることなんてできないんだ。ここはじっとして、嵐が過ぎ去るのを待った方がいい。わざわざ波風が立つようなことはするべきじゃないと思う」
「……分かったよ。それにまだ何かが起きると決まったわけじゃないもんね。僕ももう少しリラックスして過ごすことにするよ」
ゴロンと畳の上に横になり、そっと目を閉じる。
そうだ、いくら何か起こりそうな状況だからって、本当に何か起きるとは限らない。ここはもっとポジティブに考えて――
「突然ですまないが、君たちのアリバイを聞かせてもらいたい。少しお時間宜しいだろうか」
ノックもなしにドアが開き、三人組の男たちが入ってくる。
彼らの目は爛々と輝いていて、ちょっとやそっとでは立ち去ってくれなそうな雰囲気を醸し出している。僕はバッ君と同じく、悟り顔を彼らに向けて鷹揚に頷いて見せた。