いつだって考えたことは裏目に出る
最初からまずいとは思っていた。
あの姉がやってきた段階で、俺の望んでいたような平和で穏やかな時間なんてやってくるはずないと。
だが、いくらなんでも早すぎるだろう。
鬼羅旅館に到着した初日の時点で、局地的な大雨が鬼羅旅館周辺を襲い、さらにはその影響からか外界との唯一の連絡通路である橋まで落ちた。もしかしたらこの旅館に好んでくるような変人なら喜ぶような事態なのかもしれないが、俺は全く嬉しくない。早くも陸の孤島となったこの地において、今後何も起こらないで済むビジョンが全く浮かばない。
旅館中に響き渡る大きな音とともに崩落した橋。
激しい豪雨の中だというのに、皆傘も差さずに今はなくなった橋の残骸を眺めに来ていた。
「これって、夢じゃないよな……」
呆然自失と言った様子でS君が呟く。涙が出そうになるほど一般的な反応だ。
「ふむ。この地に眠る悪魔が目を覚ましたようだな。今この瞬間からは、一瞬の隙が命取りになるだろう」
「ついに本物の悪魔をこの目で見られるのでしょうか。せめて死ぬ前に一度はその姿を拝みたいところですね」
少し――いや、かなり頭のいかれた馬鹿二人の発言。彼女たちが悪いわけではないと分かっていても、怒りが沸々と込み上げてくる。
「フハハハハハ! ついに私の望んだ事態が起こったぞ! やはり諦めなければ夢は叶う!」
「ええ、まさにその通りですね! 念願のクローズドサークルをこんな若いうちに経験できるなんて、本当にこの旅館にバイトに来てよかった!」
旅館の主とバイトのスタッフが満面の笑みで高笑いしている。取り敢えずお前らがやったんじゃないだろうな? という疑問と共に殺意があふれてくるのを感じる。
「本当に雨が原因で橋が落ちたのか。雨で全て流される前に、もう少しよく観察しておきなさい」
「言われなくともやってるさ。観察キットはこの通り揃ってる。どんな痕跡も見逃したりしない」
「その前に全員のアリバイを確認するのはどうでしょう? ここにはかなり変わった人が集まって――」
真剣な表情で何やらぶつぶつと会話している男三人。さすがにこんな旅館に来るだけあって客も変人ぞろいだ。できるだけ関わらないようにしよう。
「くくく、これは運がいい。労せずして橋を落とすことができた。となれば後は……」
見るからに何か企んでそうな男が物騒なことを呟いている。頼むから口に出さずに脳内でとどめておいて欲しい。もうこれ以上余計なフラグが立つのは面倒だ。
俺は大きくため息をつくと、Sに一声かけて旅館へと歩き出した。