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想いの価値は  作者: スミス・ヴァルター
7/11

第7話

2017.6.14 文章修正しました

 午前〇時三十分。和美と創平は駐車したアクアの車内にいた。

「姉貴、どうしてこの場所にいるって思ったんだい?」

 地図に書かれた印を指差して創平が尋ねた。一度二人で帰宅して着替えたため、服装は動きやすさを重視したものになっていた。創平はジーンズにパーカーというラフな格好だ。

「レストランで電話に出た時、後ろで電車の音が聞こえたんだ。それ以外には、車の音も、お店のスピーカーから流れる音楽も、人の声も聞こえなかった。つまり、場所は屋内だけど、線路沿いにある。それでいて人通りが少ないということは、少なくとも郊外っていう可能性が高いっていうこと」

 和美もグレーのジャージに黒いチノパンを履き動きやすい格好だった。

 創平が頷く。

「私たちが住んでいる地域で、一さんの生活範囲と蒼空ちゃんの生活範囲、そして私たちの生活範囲。これを地図で照らし合わせると、ここが一番怪しいと思うんだよね」

「もし、ここじゃなかったら?」

「その時は別を当たろっか」

 不安が滲む創平を安心させるため、冗談まじりの口調で和美は答えた。

「もし、ここが当たりだった場合。最初に建物の周りの安全を確認しないといけない。そうなったら創くんは、私の周囲に危険が無いか離れた場所から見てて。それで、異変を見つけたら携帯で教えて。車から出たら、通話はずっとオンにしておくのを忘れないで」

 和美は途中でコンビニで買ったハンズフリーのイヤホンマイクを二つ取り出して、片方を創平に渡した。

「もし、私一人でどうにもならない状況になったら、一人で逃げて警察を呼んで」

「何言ってるんだ!姉貴を置いていけないよ!姉貴に行かせるくらいなら俺が行く」

 和美は手で創平を制する。

「大丈夫。これは、最悪の事態の話だから。それに……ね。昔に創くんを危ない目に合わせてから、私も反省したんだ。センスはあるって太鼓判を押してもらってるから安心して」

 何かを言いかけた創平を無視して和美は言い切った。

「それじゃ、行こっか。それと悪いんだけど、後部座席のリュック持ってもらえる?あと、これ。もし急に襲われたら使って」

 和美はMYSTERYミステリー RANCHランチのバックパックと催涙スプレーを創平に渡した。




 車から降りて二百メートルほど進んだところで、廃工場が見えてきた。敷地の四辺を囲うように有刺鉄線が張られ、松の木が植えられていた。有刺鉄線は、創平のバックパックから取り出したワイヤーカッターで切断した。和美は器物損壊に住居不法侵入だと、心の中で自嘲した。

 敷地に入ると、建物の窓ガラスはベニヤ板で塞がれていたが、板の隙間からうっすらと灯りが灯っているのが見えた。建物まで百メートルくらいと和美は見積もった。

 建物の前には車が二台止まっていた。黒いアルファードと白いワゴンRだった。

「創くん。ちょっと動かないでね」

 和美は創平が背負っているバックパックから、Bushnellブッシュネルの暗視機能付の単眼鏡を取り出した。

「これで、あそこにある車のどちらかに見覚えは無いか見てもらえる?」

 創平は少し呆気に取られた様子で「こんなの俺に持たせてたのかよ」と言い、単眼鏡を受け取った。

「あのアルファード一先生のやつだよ」

「間違いはない?」

「あの車内の飾りは間違いない」

「なら、当たりだね。ん?入り口に誰かいるのかな?」

 白い光が一瞬見えたため、創平に尋ねた。

「知らない人だ。ワゴンRの持ち主かな?パイプ椅子に座ってスマホいじってるよ」

 恐らくどこからか連れてきた協力者だろう。見張り役だと、和美は判断した。創平から単眼鏡を返してもらい自分でも確認する。他に人物は見当たらない。いるとすれば、あの中か。

「それじゃ、創くん行ってくるから周り見ててね」

 散歩にでも行ってくる。そんな調子で和美は創平の耳元で囁いた。腰を屈めてゆっくりと進んで行く。




 パイプ椅子に腰かけた男に背後から和美は忍び寄って行く。緊張で口の中が乾いた。あと三メートル。二メートル。一メートル。近づく毎に、和美はコンバースのバッシュシューズを履いた足を慎重に運んだ。

 どれくらいの時間が経っただろうか?五分?いや十分?一秒が一分に感じられるような中、ついに男との距離が三十cmほどに達した。男は和美に気がついた様子はない。よく見ると耳にイヤホンをしていた。

 そこから先は十秒もかからない早技だった。


 男の背中に自分の胸を密着させる。


 同時に右手を蛇のように男の首に絡めると、右手のひらで自分の左の二の腕を掴んだ。


 そのままの姿勢で左手を男の後頭部に当てて前に押すと同時に、和美は二の腕で男の頚動脈を締め上げる。


 和美の腕の中で男の体に一瞬力が入り、やがて弛緩した。和美は無事に男が気絶したのを確認した。通称「裸絞め」と呼ばれる技だった。

 男の顔を見て、和美は絶句した。職場の上司だったのだ。どうしてここに?しかし、浮き足立つわけにはいかなかない。和美は動揺を胸に押し込んだ。


「いいよ」

 和美はウエストポーチから結束バンドと手ぬぐいを出して、男を拘束すると創平に通話を送った。

 三分ほどして、音を立てないように注意しながら、姿勢を低くした創平が近づいてきた。

 驚きの表情で和美を見ている。


 ストーカーに襲われた日以来、和美は猛省し護身術と捕縛術を習っていた。創平を危険な目に合わせるとことなく、自分の身は自分でも守れるようにと。

 創平に目配せをする。視線の先にはドアノブがあった。恐らくこの中に一がいる。和美は急襲に備えSUREFIREシュアファイアのライトを取り出すと、ドアノブに手をかけた。

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