第1話
結果が無駄になってしまうものであるのなら、その努力は無益なものとされるべきなのだろうか。
振り向いてもらえないような相手に捧げられる愛情は、無意味とされるべきなのだろうか。
頼るべき相手からの親愛の情が、自分の求めるものと違う方向のものと分かったら、その関係もまた誤りとされるべきなのだろうか。
サーバーに落ちていくコーヒーを見ながら、梶 和美はそんな事を考えていた。最後に落ちるべき雫が落ちるのを確認し、ドリッパーを皿に移すのと彼女の義理の弟、梶 創平がリビングに入ってくるのは同じタイミングだった。
「おはよう。今日も良い香りだね」
朝日と同じくらいに創平の笑顔は眩しいと思うと同時に、それは和美の好きな表情だった。目の前にいる少年こそ、和美の愛する人物であった。
「ありがとう。創くん、今週末って何か予定入ってる?」
「ええと、まあ一応」
「蒼空ちゃん?」
「うん」
「そっか。ごめんね」
「いや、こちらこそ、その……」
「良いよ。楽しんできて」
創平が自分に気を遣ったのが分かり、和美は胸が痛んだ。
創平に交際相手がいると発覚したのが一ヶ月前。以前から週末の誘いを断られることが多くなっていたため、もしやと思っていたが、知ってしまうことへの怖れがあり聞き出せずにいた。
しかし、ある日試験勉強を一緒にするという理由で創平が交際相手の三笠 蒼空を家に連れてきたことで和美も現実を直視せざるを得なかった。とはいえ、そう簡単に納得できるものではない。
その日、自分の手料理を美味しそうに食べる二人を見ながら和美は眩暈で一瞬視界が暗くなった。そして、自分の手が震えているのに気付いた。和美は内心慌てて感情を胸の奥にしまい込み、表情筋に意識を集中して笑顔を維持し続けた。
覆らない事実を目の当たりにしてなお、和美は未練がましく週末の誘いを入れる自分が嫌いだったし、反対にそうしないわけにもいかない自分がいた。
「あ、でも土曜日だったら空いてるけど?」
トーストをかじりながら創平が言う。
「ありがとう。大した用事じゃないし、私一人でもどうにかなるから」
本当は二人でゆっくり映画を観に行きたかったのだが、誤魔化した。作品も決めていた。最近話題の映画で、職場の同僚が交際相手と観に行って感動したという恋愛映画だった。
「そう?でも、姉貴最近無理してるよね?何か辛そうだし。やっぱり土曜日どこかに行こう」
「やめて。本当に、大丈夫だから」
気晴らしは大事だよ。と、言いかけた創平の肩に手を乗せて和美はぴしゃりと言った。眼下で創平が固まっている。またやってしまった。後悔が背筋を這い上がってくる。
「だから、ね。創くんは、創くんで、週末は楽しく過ごして」
お願い。という、言葉を飲み込んで和美は精一杯微笑んだ。大丈夫だろうか。ぎこちない笑みになってはいないかと、意識するようになったのは、いつからだろうと和美は思った。
お読み頂きありがとうございます。このような調子で書き進めて参りたく思いますので、ご愛読頂けましたら幸いです。
2017.6.14 文章を修正いたしました。