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ACT9.告白パレード?

 8月10日

 軽音部の練習日だ。私は約束の時間より早目に学園へ向かう。自信のない所があるので、みんなと合わせる前に自主練習をしたかった。

 部室前まで来て、紫音しおんさんが先に来ているのが分かった。前に聞いた美しい旋律の曲が廊下まで聞こえていたから。

 でもそれは、厳密には曲ではなく歌だった。

 紫音さんが歌っている。

 私は邪魔しないように、廊下に座って紫音さんの歌を聞いた。

 美しい旋律に乗せた歌詞はとても切なく、紫音さんの綺麗な歌声も切なかった。彼の心が伝わる。いつもの無関心からは想像もつかない感情のこもった甘い歌声に心が震えた。すぐに恋の歌だと気付き、勝手に立ち聞きなんてしてはいけないと思い、その場から離れるため立ち上がる。同時に紫音さんの歌声が止まる。

 窓越しにお互いの視線が合ってしまった。

 私は怒られる覚悟を決めて、部室に入る。

「ごめんなさい。黙って聞いていて……」

「……びっくりした」

 紫音さんはそう言って右手で自分の薄紫の髪に触れた。今日は珍しく髪を縛っていない。普通に話せるようになったのに、今、紫音さんは全く視線を合わせようとしなかった。動揺しているようだ。

 沈黙が流れる。

「なんか、俺……変だ」

 急に紫音さんがそう言った。目線を下に向けたまま、彼は続ける。

「今まで、曲を作っても歌詞をつけたいなんて……思ったこと、一度もなかった……。でも、今はあんたのこと考えると、勝手に歌詞が浮かんでくる」

「……紫音さん?」

「それで……苦しい。おかしくなったの、あんたのせいだ。責任とれ……」

 紫音さんは意を決したように私を見た。視線は熱っぽい。完璧に美しい作り物のような紫音さん。人間らしい表情がついたら、もっとずっと魅力的で、まるで今初めて会った人のようだ。

 見たことのない紫音さんのこういう表情を直視することに耐えられない。どうしていいかわからなくて、私は思わず後退さる。

「……ごめん……。俺、多分熱がある……帰る……から」

 紫音さんはふらふらしながら部室を出て行く。

「待ってください」

 私は心配になり、咄嗟に引き留めた。

「……大丈夫だから、放って……おいて。一旦、忘れて……」

 紫音さんは私を見ず、そのまま行ってしまった。

 紫音さんは、私のことを……?

 あの切ない歌が私に向けられたものだと思ったら、彼の気持ちを思ったら……。私はその場にへたり込む。

 結局この日は、そのあと来た月さんに適当な理由を言って、練習せずに帰ってきてしまった。……胸が熱かった。


 8月19日。

 理成おさなりくんから電話がかかってきた。明日の花火大会の誘いだった。私は了承の返事をする。

 波留はるくんに報告したら「イベントは本当に一緒に行きたい人と行くべきです」と言われてしまった。

 本当に一緒に行きたい人……本当に……本当に……。

 分からない。私を誘ってくれた理成くんと一緒に花火を見たいと思う気持ちは嘘じゃないのに、波留くんに何も言い返すことができない。

 水希みずきくんに返事が出来ず、ずっと待たせている。それから、この前の紫音さんの歌声……視線……。今でも思い出すとどうしたらいいのか分からなくなる。


 8月20日。

 花火大会当日。夕方、理成くんと駅前で待ち合わせしていた。電車で海岸に向かう。

「浴衣、良く似合ってる。可愛いよ」

 理成くんは優しく笑って、私の髪に触れた。髪に花の飾りがあるので、多分気遣っていつもよりそっと。私は白地に薄ピンクと薄紫の花の模様が入った浴衣を着ている。帯も白で淡い感じで合わせた。着つけはお母さんにしてもらった。顔のはっきりしないモブのお母さんだけど、必要な時は必ず側に居てくれる。

 理成くんも紺と白のシックな浴衣を着ている。彼の浴衣姿の方が私なんかより素晴らしく似合っているし、素敵だと思う。


 私たちは並んで堤防に座り、海岸線から上がる花火を見ていた。

「すごく綺麗」

 思わず呟く。空に上がる花火はさながら、海に映る花火も二重に美しく、それは初めて見る光景だった。

「俺じゃ……ダメなのかな……」

 理成くんが隣で言った。花火の音が大きくて、はっきりと聞こえない。

「え?」

 花火がタイミングを見計らったかのように途切れる。

「俺の気持ち、分かってるよね?子供のころから、ずっと晶乃あきのが一番大事。でも、俺がどんなに頑張っても、ダメなのかなって……。俺じゃ魅力不足なのかな」

 理成くんは自嘲気味に笑う。茶色の髪が、風に揺れた。

「理……遊くん…急にどうしたの?」

 どうして突然、理成くんが何の前触れもなくそんなこと言い出すのか分からなかった。

「ダメなら……引くよ。君のために。分かるから……困らせたくはないから」

 引く?私はおもいっきり首を左右に振った。理成くんにそんな顔をさせて、一体私は何をしているのだろう。水希くんのことも、紫音さんのことも、理成くんのことも苦しませている。

 勝手に涙が溢れてくる。分かっている。泣くなんて卑怯だ。はっきりと自分の気持ちが分からない、1人に決められない私が悪いのに、離れようとする理成くんを繋ぎ止めたいと心のどこかで思っている。

「ごめん……」

 理成くんは、指で私の涙を拭った。

「そっか……。希望はまだあるのかな。待ってる。俺だけを見てくれる日を……」

「……ごめ……なさい」

 私は謝る。涙が止まらなかった。彼が自分のハンカチを私の頬に当てる。どこかで嗅いだ花のような、いい香りがした。

「いいよ。何か買ってくるね。折角一緒にいるんだから、今日は楽しく過ごそう」

 優しすぎて苦しい。彼はすぐに戻るからと言ってその場を離れた。


 しばらくすると、理成くんはたくさんの食べ物を持って戻ってきた。綿あめにりんご飴たこ焼きに焼きそば、クレープ、かき氷、それとお姫様みたいなアニメのキャラクターのお面。黙って、私の頭に被せる。

「こんなに食べれないし、このお面……?」

「泣き顔を見たくないから」

 彼が言った。

「……ごめんなさい」

「もう、謝らなくていいよ。お面は……笑うとこだから」

 理成くんが手を差し出してきたので私は彼の手を取り、立ち上がる。

 彼の手をぎゅっと握る。初めてのはずなのに、知っていると思った。この温もりは前に感じた。……いつだろう?分からない。胸が苦しい。

 何でこんなことになってしまったのだろうと思った。

 インスタントな乙女ゲー?お手軽な創り?お遊び程度?嘘ばっかり。波留くん……?神様?あんまりだよ。全く楽しめない。逆ハーエンドはなくても、この状況を逆ハーって言うんじゃないのかな?

 逆ハーなんて嬉しくない。只々苦しいだけ。

 画面の中のゲームとは違う。私にリアルな乙女ゲーなんて向いてなかった。勧められても強く断ってしまえば良かった。今更後の祭り……。

 でも、それでも私はハッピーエンドを目指すべきなんだろう。ううん、目指さないといけない。

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