ACT7.水希くんとエンディング?
7月15日。
期末テスト前からここ二週間ほど、水希くんの姿が見えない。テスト期間中とはいえ、彼が全く現れないのはおかしかった。それに、今までは放課後も部活やバイトがない日には、定期的に校門の前で私を待っていてくれたのに。
何かあったのかもしれない。急に心配になり、私は思い切っていつも水希くんがしているように校門のところで待ち伏せすることにした。
中等部は離れているが、どうやら同じ学園の敷地内にあるらしい。入口が別で、高等部から全く見えないから今まで気にもしていなかった。それほどこの学園は途方もなく広い。緊張しながら中等部の校門前でだいぶ待つと、水希くんがやってきた。水希くんは「なんでここに居るんですか?」と言った。喜んでくれると思ったのに、複雑な表情をしている。そして彼の隣に、見たことのない美少女が立っていた。
「はじめまして。中等部1年の白百合薫子と申します。わたくし、水希様の正式な許嫁ですわ」
美少女は、私を睨みながら更に続ける。
「ここのところずっと水希様が貴方に接触しないように見張っていたのです。もう、これ以上、水希様に関わらないでくださいますか?」
「……許嫁?」
私はゆっくり聞き返す。思わぬ人物の登場。彼女はよく聞く悪役令嬢というものだろうか?水希くんに許嫁が居るなんて全く考えてもいなかった。
「薫子、先輩に失礼なこと言わないで。君は僕にとって妹のような存在だって何度言ったら分かってくれるの?」
水希くんが苦しげな表情で会話に割って入る。
「お父様に言いますわよ。水希様のご両親が悲しむことになるだけですわ」
その時、突然クラクションが鳴り、私たちの目の前にすごい勢いで黒の高級外車が停まった。
「お坊ちゃま、晶乃様、お乗りください」
「車田?」
水希くんが驚いた表情で呟く。いつも水希くんの送迎をしている運転手だった。
水希くんは私の手を引いて、素早く車に乗り込む。白百合さんが怒りながら何かを叫んでいるようだけど、車はすぐに走り出したので、彼女が何を叫んだのかまでは聞き取れなかった。
「車田、助かったよ。……晶乃先輩、すみませんでした」
「……ううん。少しびっくりしたけど」
「薫子の父親と僕の両親が親友同士なんです。許嫁というより、近い距離でずっと兄妹みたいに育ってきました。だから彼女に対して恋愛感情なんて全くありません。僕の気持ちは‥‥」
水希くんはそこで黙ってしまった。車はしばらく走って、大型モールの駐車場に入った。
「お坊ちゃま。何か飲み物でも買ってまいります」
運転手の車田さんは、そう言うと一礼してゆっくりと運転席から降りた。物腰の柔らかい紳士的なお爺さんだ。きっと気を利かせて二人きりにしてくれたのだろう。
「本当は……先輩が僕に会いに来てくれただけで、すごく嬉しかった。校門で先輩を見たとき、ホント、抱き付きついてしまいたいくらい……嬉しかったです」
「水希くん‥‥」
「こんな発展途上で、みっともないですね。もっとちゃんとした大人の男になって言いたかった。先輩が僕を選んでくれるなら、僕は親にどう思われようと先輩を選びます。ずっと前から、晶乃先輩のことが……好きなんです」
--思考は停止する。
……聞き間違い?そんなはずない。彼の真剣な眼差し。大きな琥珀の瞳が揺れている。
突然の告白。水希くんに返事をしたら、1年経っていないのに、エンディングなのだろうか?
どうしたらいいのだろう。水希くんのこと大好きだけど、理成くんや会長、紫音さん、加賀井さんの姿が頭を過る。
「先輩……急に、すみません。返事はまだいいので」
沈黙を破り、水希くんが言った。
そこでタイミングよく車田さんが戻ってきた。両手に飲み物を持っている。
「期間限定フレッシュメロンジュースでございます。晶乃様、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
私はお礼を言って、受け取る。水希くんも黙って受け取った。
メロンジュースは品よくいい香りがして、まるで水希くんみたいだと思った。そして、とても甘かった。
「どうして華旧さんに会いに行ったんですか?」
私は例によって波留くんの部屋に居る。もはや、波留くんは攻略のサポートどうこうというのではなく、信頼できる相談相手と化している。
「……意外でした」
波留くんは静かにそう続けた。
「何で意外なんですか?」
私は聞き返す。
「華旧さんは年下ですし、恋愛対象ではないのかなと」
「恋愛対象とかそんなこと考えて会いに行ったわけじゃないです。ただ、ずっと姿が見えないので心配で……」
「許嫁の存在はショックでしたか?」
私は左右に首を振る。
「そんなことより、本当は、水希くんに私も大好きって言ってあげたかったです。水希くんの笑った顔、見たかったので」
「それって、華旧さんのこと好きってことじゃないですか!?」
波留くんの声が大きくなる。
「……勿論好きです。でも、他のみんなのことも同じように好き……です」
とんでもないことを言っているのは分かっていた。でも実際、攻略対象は全員が魅力的で優しくて、惹かれずにはいられない。
「何度も言いますけど、選べるのは1人です。逆ハーエンドとかないですからね?厳しいこと言いますけど、そろそろ1人だけを見てあげないと、中途半端になって最終的に誰とも結ばれないですよ?」
「……分かってます。でも、八方美人と言われても、私、一人を選ぶなんてできそうもないです。こんな苦しいなら、誰とも結ばれなくたって……構わないです」
決して、自暴自棄で言っているわけではなかった。今の本当の気持ちだった。
「何、言ってるんですか?それじゃ困るんです。本末転倒です」
波留くんは怖い顔をしていた。
「そんなこと言っても、みんなに笑っていてほしい。誰か一人じゃなくて、みんなを幸せにしたい。それなら、友情エンドだって構わない……です」
「だから、なんで貴方……」
波留くんははっとした表情で言い直す。
「姉ちゃんが攻略対象を幸せにしなくちゃならないんですか?それはこっちのセリフです。大体、攻略対象が姉ちゃんに求めているのは、恋愛感情であって友情ではないですからね!!」
彼は一旦区切り、頭を抱え込んだ。
「‥‥参りました」
小声で呟く。
「波留くん?……ごめんなさい。波留くんのことだって幸せにしてあげたいのに。いつも困らせて、迷惑ばっかりかけて」
顔を上げた波留くんは、見たことのない表情をしていた。顔が赤い。そして、あからさまに視線を反らした。
「分かりました。……まだ少し、時間はあります。姉ちゃんがたった一人の人を見つけるまで、僕も頑張ります」
波留くんの言葉に頷いてはみたけれど、やっぱり今の私に、一人を決める自信なんて……なかった。