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ACT6.日常2

 5月25日。

 放課後、軽音楽部の部室に入ったら紫音しおんさんが一人で椅子に座っていた。太陽さんと月さんが先に来ていないなんて初めてのことだ。

「あの、今日お二人は……?」

 私は緊張しながら聞いてみる。

「……来ない」

 私を横目で見る。来ない理由は言ってくれないけど、もうただ返事をして貰えただけで有難いような気になってしまう。

 紫音さんの手にはギターが握られていた。しかも、太陽さんが持っているエレキギターではなくアコースティックギターだった。

「紫音さん……ベースは?」

 気になって訊ねるも、紫音さんは返事をしないでギターを弾き始めた。いつものロックと正反対の静かで流れるような初めて聞く曲だった。美しい旋律に心が癒される。

「素敵な曲ですね」

 私は曲が終わると拍手した。

 彼は私を一瞥しただけだったけど、ほんの少し微笑んだように見えた。笑った顔はより一層美しく、それは私の願望が見せた幻なんじゃないかと思うくらい。

 これはもう紫音さんが全開で(?)笑ったら、私は卒倒してしまうかもしれない。


 5月26日。

 申し訳ないと思いつつ、理成おさなりくんにバスケ部のマネージャーの件を断る。

「気にしなくていいよ。今は無理でも、気長に待ってる」

 逆に私を気遣う返事。やっぱり理成くんは優しいと思う。

 お詫びというわけではないけど「次の土曜の練習試合には必ず応援に行くね」と伝えたら、とても喜んでくれた。


 5月27日。

 生徒会メンバーを紹介された。副会長は女性で、秀野美麗ひでのみれいさん、三年。ショートカットの聡明そうな人だ。モブじゃないから、南波会長を巡ってライバルになるキャラという可能性もあるだろう。書記は男性で賢持詠けんもちよみさん、二年。彼もモブではない。物静かな本が好きな人だった。知的な人って冷たく見えがちだけど、二人とも親しみやすく、生徒会の仕事も丁寧に教えてくれた。


 5月28日。

 バスケ部の練習試合の日。相手はすぐ近くの共学校だった。私はイコちゃんと一緒に応援に行き、二階の少し離れた場所からコートを見ていた。

 夢見学園からは、たくさんの生徒が応援に来ていた。そして初めて知ったのだけど、理成くんのファンの数がびっくりするくらい多かった。理成くんへの声援で、体育館はさながらアイドルコンサート会場のようだ。何これ……?ファンクラブの会員……?お手製のうちわまで持ってるんですけど……?

 理成くんが爽やかな青のユニフォーム姿でチームメイトに指示をする。1年生なのに、というか入学してまだ2か月なのに、どうやら彼がチームを引っ張っているようだ。

 こんな人が幼馴染で、デートまでしたなんて嘘みたい。俯瞰的に(まさに場所的にも)彼を見るけど、贔屓目とかじゃなく、やっぱり格好いいと思う。

 試合は夢見学園が共学校に圧倒的な点差をつけて勝利した。試合が終わると、理成くんは何十人もの女の子に取り囲まれてしまう。

 何故か夢見学園だけではなく、負けた共学校の女生徒まで、彼へのプレゼントや花束を持って騒いでいる。この盛り上がり方、とても練習試合と思えない。私たちは上からそんな光景を呆然と見ていた。

「本当に凄いですね」

 イコちゃんがため息をつきつつ、冷静に言った。

 理成くんは女生徒に囲まれながらも、誰かを探しているようだ。応援に行くと伝えていたから、もしかしたら私たちを探してくれているのかもしれない。

 理成くんが二階にいる私とイコちゃんを見つける。彼は軽く手を上げ、周りの女生徒を制して私たちの方に近づいてきた。

 そして私の正面に立った。

晶乃あきの、ここに居たんだ。今日は応援に来てくれてありがと」

 理成くんは私を真っ直ぐに見ていた。

「ううん。おめでとう。うちの学園って強いんだね」

「まあ。まだまだ強くなるよ」

 間近で見るユニフォーム姿の彼は、一層眩しい。

「一緒に帰りたいんだけど、チームのみんなと一旦学園に戻るから。……ごめんね」

 理成くんは言った。

「うん。また月曜にね」

 私はそう返す。意識したくないけど、こちらを見つめる視線が痛い。ファンの人々はモブのはずなのに、視線が強すぎる。

「じゃあ理成くん、また学園で」

 イコちゃんもそう言った。

 帰り道、イコちゃんは

「今まで、普通に話していましたけど、本当に、遠い世界の王子様って感じですね」

と呟いた。

 私も全く同意見だった。同時に、イコちゃんは理成くんを好きにはならないんだ……となんとなく思った。


 6月1日。

 今日から衣替えだ。冬服はブレザーだったけど、夏服はセーラー。リボンは大きめで、冬服と同じチェック柄が使われている。慣れてはきたけど、またしてもスカートの丈が異常に短い。

 今日は、朝少し早目に家を出て、生徒会室を掃除することにした。軽音部とバイトを掛け持ちしているせいで、あまり生徒会の活動ができていない。南波なんば会長はそれでも構わないと言ってくれるけど、日頃から何か役に立ちたいと思っていた。

 粗方掃除が終わって、持ってきた花を花瓶に挿したところで、南波会長が生徒会室に入ってきた。

「会長、おはようございます」

「‥‥おはよう」

 挨拶して、会長は部屋を見回す。

「君、こんな早くから掃除していたのか」

 南波会長は険しい表情をしている。

「すみません。勝手にファイルの場所とか変えてませんから」

「そんなことは聞いていない。君はこちらが想像もしてないことをする」

 会長はそう言って、花瓶の花を見つめた。

 やっぱり、余計なことをしてしまったのかな……。何だか責められているような気分。ちょっと怖い。

「……すみません」

「違う。何故さっきから謝る?」

「会長、怒ってますよね?」

 私は思い切って聞いた。

「私が?全く怒ってなんかいない。寧ろ、君の気遣いに感動している」

「え?」

「ありがとう」

 そっけなく言ったが、眼鏡の奥のエメラルドの瞳が優しい。勿論感謝されたくて掃除したわけではないけど、思ってもいない会長の言葉はとても嬉しかった。


 毎日忙しい。朝は大体理成くんか水希みずきくんと登校している。授業を受けて、放課後は軽音部か生徒会の活動をし、バイトがある日は直行でバイトに行く。終わる時間が一緒だと、必ず加賀井かがいさんがバイクで送ってくれた。


「お前さ、夏休みの間もバイト入んの?」

 7月の初め、バイト帰りの加賀井さんがそう聞いてきた。

「はい。そのつもりです」

「あ、そ。お前さえよかったら、バイトない日、どっか行くか?」

「……え?」

「だから、誘ってんだけど」

 どうやらデートのお誘いのようだ。加賀井さんには本当にお世話になりっぱなしだった。大学生だからか、ゆとりがあるというか、口は悪いけど仕事でもいつもさりげなく私をフォローしてくれる。

「あの、行きます。公園がいいです。お弁当作りますから!!」

 私はお礼できるチャンスだと思って、思い切ってそう言った。

「弁当?」

「あの、上手くできるか分からないですけど。……あ、そういう知らない人が作ったお弁当とか苦手ですか?」

 加賀井さんは大声で笑い出した。

「お前、今更知らない人かよ?いや……嬉しいよ。楽しみにしてる」

 加賀井さんは初めこそ怖いと思ったけど、話しやすいし、一緒に居て安心できる相手だった。

 その後、彼から好きな食べ物、嫌いな食べ物を聞いて、お弁当作りの参考にすることにした。今日もバイクで家の前まで送ってもらい、別れる。


 7月8日。

 期末テストも終わり、久しぶりに軽音楽部の部室に向かった。紫音さんとは少しずつ話せるようになっていた。本当にたまにだけど、奇跡のような美しい笑顔も見せてくれる。あの初対面の態度に比べたら凄い進歩だと思う。

 9月の学園祭でライブをすることが決定したので、夏休みも相当練習しないといけなかった。みんなでスケジュールの調整をする。軽音部が演奏する曲は全てオリジナルで、紫音さんが曲を作って、ボーカルの太陽さんが歌詞を付けるというのが通常だった。

 キーボードにはなんとか慣れてきたところだ。ピアノと違い、鍵盤が軽いので最初は本当に違和感があった。そういえば、ベースとギターもその程度の違いなのだろうか?

「紫音さんはベースとギター、両方弾けるんですよね?」

「‥‥ああ」

 紫音さんは気のない返事をする。

「太陽さんも弾けるんですか?」

 私は休憩して炭酸飲料を飲んでいる太陽さんにも聞いてみる。

「まさか。みんながみんな両方弾けるわけじゃないよ。紫音と違って俺はセンスないんだよね」

「センス……。太陽さんはギター弾きながら歌ってますし、それだって充分凄いことです!!」

「サンキュ」

 太陽さんは笑って言った。

「はっきり言うと、太陽さんは努力型で、紫音は天才型ってとこかなー」

 月さんが横から茶化すように言った。

「……別に天才じゃない。……俺だって、練習……してる」

 紫音さんが小声で返す。

「分かってるよ。天才にも練習はしてもらわないと困るしね。いや、それなら俺はもっと頑張らないとね。努力は天才に勝るっていうし。みんな、学園祭ライブまで努力、根性、気合だ!!じゃ、今から新曲3曲合わせるよ!!」

 どういうわけだか完全に太陽さんのやる気スイッチが入ってしまった。部室の窓には大勢の女生徒が張り付いて、歓喜の声を上げている。太陽さんの声が部室の外まで響いたようだ。

 夏休みも近い。

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