ACT3.全員揃いました
自室で着替えて、隣の部屋へ移動する。そして、一呼吸おいてから私はゆっくりとドアをノックした。
「どうぞ」
波留くんは何故か椅子の上で胡坐をかいていた。服装はあの謎の白い服ではなく、普通のTシャツにハーフパンツだった。真っ白い足が女の子のように美しい。
「何が知りたいの?」
開口一番、彼はそっけなく言った。突き放したような言い方に、吃驚する。
「‥‥波留くん?」
「何?姉ちゃん、波留でいいよ」
呼びつけはかなり抵抗がある。それに、事前に言われてはいたけど「姉ちゃん」にも、ものすごい違和感‥‥。
「えっと今日会った人たちの情報を‥」
「誰の情報?」
「じゃあ、幼馴染の理成くんのことを教えてください」
「理成遊人。身長172㎝。誕生日10月5日。血液型O型。好きな色オレンジ。バスケ部所属。趣味映画鑑賞。姉ちゃんへの好感度も見る?」
「‥‥お願いします」
「こんな感じ」
空間に突然棒グラフみたいのが出てきた。好感度は5段階で3.8くらいだった。
「他も見る?」
「‥‥‥‥」
波留くんは黙っている私に何かを言うこともなく、ただ冷めた目で見ている。
「あの‥‥」
私は返事をしないと、と思い口を開く。言葉が続かない。もともと波留くんのことをよく知っているわけではないけど、笑顔がないだけで本当に別人になってしまったみたいだ。
なんだか目が霞む。自分でも分からない。おかしいと思う。疲れているせい‥‥かな。
最初に会った波留くんと印象が違うから。‥‥あまりにも違うから‥‥私、涙腺がゆるくなっているのだろうか。何か言わないと、早く言わないと、と思う。
言葉を発するどころじゃない。必死に唇を噛む。
「ちょっと!?姉ちゃん?ああ?もうストップ。だから先に言っておいたじゃないですか。僕は弟の設定で割と粗雑な感じになりますって。それに、サポートの話せるセリフもある程度決められてまして。‥‥とにかく、泣かないでください」
私は座り込んで目を押さえる。
「お願いですから、泣かないでください。悲しませるためにこの世界を創ったわけじゃないですし、僕はただのサポートですよ?僕が貴方の感情を乱すとか想定外なんです!!」
波留くんがあたふたしている。私、役を忠実にこなそうとしてる波留くんを困らせてしまってるんだ。
「ごめんなさい」
小さな声で謝る。
「落ち着きましたか?」
波留くんはそう言って、いつの間に持ってきてくれたのか私に温かい飲み物を差し出した。
「はい。ホントにすみませんでした」
私はもう一度謝り、一口飲み物を飲んだ。アップルティーだった。
「分かりました!!姉ちゃんとは呼びますけど、粗雑なのは無しにします。粗雑と冷たいのは紙一重ですし、僕はこのままサポートしますね。攻略キャラの中にも無関心と冷たそうに見える人が居ますけど、大丈夫ですか?」
「‥‥はい」
なんだかすごく恥ずかしくなってしまった。酷いことをされたわけでもないのに、泣くとかありえない。多分波留くんは、ただゲームのサポート役を一生懸命務めていただけなのに‥‥。
「ちゃんと攻略できたらご褒美がありますから、最後まで一緒に頑張りましょう。‥‥姉ちゃん」
初めて会った時と同じ、能天気な明るい笑顔で彼は言った。やっぱり彼に「姉ちゃん」は似合わないと思う。でも、私は波留くんの言葉にゆっくり頷き、心から良かったと思った。波留くんが笑うとほっとする。
4月11日。
玄関を出ると、朝から水希くんが迎えに来ていた。昨日あの後波留くんに、水希くんと生徒会の南波会長の情報も聞いておいた。
後輩の水希くんは好感度がなんと最初から4.3もある。ただし放っておくと極端に下がるので、彼を攻略したいなら初めのほうでは誘いを受けた時、絶対に断らないことが大事だというアドバイスを貰っていた。
私は水希くんと楽しく登校した。
お昼は、理成くん、イコちゃん、モブ男子と一緒に学園内の食堂でご飯を食べた。みんなで話すのは楽しいけれど、もしかしたらいつかイコちゃんは理成くんを好きになるのかな‥‥なんて、笑っているイコちゃんを見ながら冷静に考えてしまった。
放課後、廊下を歩いていると、どこからか音楽が聞こえてきた。気になって音楽の聞こえる教室を探してみる。学園は広いので、辿り着くまで大変だった。それで、軽音部のプレートが貼られた教室を見つけた時は、もうへとへとになっていた。
軽音部の部室は大勢の女子に取り囲まれていて、窓はあるが全く中が見えない。私にその中に割って入っていって、窓を覗く元気はない。
その時突然部室のドアが開き、
「ねえ、誰かキーボード弾ける子居ない?」
とメンバーらしき人が近づいてきた。女子がキャーキャー騒いでいる。
「君は?」
私の前で立ち止まる。
「‥‥ピアノなら、少し弾けます」
私は生前、ピアノを習っていた。プロの道に進めるくらい上手ではないけれど、多分今でも弾けると思う。
「うちのバンドに入ってよ」
彼は笑って言った。中々強引な展開だ。
「あの、自信がないので‥‥」
「大丈夫だって。俺らサポートするから」
熱心に誘っている金髪のこの人は格好良いけど、今まで会った攻略対象に比べてオーラがない。
「ね、頼むよ。人助けだと思って。入ってみて、どうしても合わなかったら辞めても構わないから」
辞めても‥って、そんな安易に入部していいのだろうか。金髪の彼は拝むようなポーズで両手を合わせている。そんなに熱心に頼まれると断りづらい。
「‥分かりました。足手まといになってしまうかもしれませんけど‥‥」
「良かった!!中、入って。他のメンバー紹介するね」
再び、女子の悲鳴。喜びではなくショックの悲鳴。
部室に入ると金髪の彼の他に二人の男子が居た。片方の私を見ない無表情な男子、明らかに4人目の攻略対象だと分かった。
「あ、俺ボーカル兼ギターの鈴木太陽。3年。別に先輩後輩とか気にしなくていいからね」
まず、勧誘してきた金髪の人が自己紹介する。
「次、オレか。ドラムの佐藤月。よろしくー。ちなみにオレとそっちの紫音は2年だから」
青い短髪の少しがっちりした体形の人だった。でも、にこにこしていて、話しやすそう。私は、必然的に残っている紫音と呼ばれた攻略対象を見る。
しばらく待つも、彼は私を見ないし何も話さない。
「紫音、黙ってないでなんか言いなよ」
鈴木先輩が言った。
「あの、もしかして私、迷惑なんじゃ‥‥」
「迷惑なわけないよ。誘ったのこっちだし。紫音も俺らのバンドにキーボードが必要なの分かってるから」
鈴木先輩は一生懸命フォローしてくれる。
ため息をつき、攻略対象がやっと私を見た。
切れ長の綺麗な目。瞳の色は青紫で薄紫の緩く束ねた長い髪と合っている。瞳が宝石みたいにキラキラしていて、本当にクールな印象の誰もが息をのむような美形だ。
「‥‥神永紫音。ベース担当。別に、迷惑とは思ってない。‥‥どうでもいい」
「紫音、どうでもいいって言い方ないだろ。こいつ愛想ないし、素直じゃないし‥‥とにかくマイペースで変わってっから、気にしないでいいよ」
佐藤先輩がため息をつきつつ、言った。
「‥‥1年の斉田晶乃です。突然のことで、自信は全くないですが、頑張ります。鈴木先輩、佐藤先輩、神永先輩、これからよろしくお願いします」
私は緊張しながら、深くお辞儀した。
「だから、硬いって。そんで先輩ってのもやめてよ。できれば下の名前で呼んでほしいんだけど」
鈴木先輩がそう言った。期待した目で、私をじっと見ている。
「じゃ‥‥えっと、太陽さん?月さん?‥‥紫音さん?」
「うん、いいね!!紫音、こんな可愛い子が名前呼んでくれるって、テンション上がるよね」
太陽さんはそう言って、大げさに手を広げた。月さんはにこにこしながら頷いている。
「‥‥どうでもいい」
紫音さんは、本当に興味なさそうに一言呟いて、ベースを弾きだした。昨日波留くんが言っていた無関心の攻略対象とは彼のことだろう。
いつか彼は心を開いてくれるのだろうか。私は絶望的な気持ちで、完璧に美しい紫音さんが演奏している姿を、ただ見つめるしかなかった。
「波留くん、あと一人とはいつ会えますか?」
今日も情報収集のため、波留くんの部屋におじゃましている。
「バイト先です。今日から、高等部の外の掲示板にバイト募集の張り紙が何枚か掲示されましたので、よかったら興味あるバイト先に面接に行ってみてください」
「バイト募集の張り紙?全然気づきませんでした。バイトOKの学校なんですね。攻略対象がバイト先に居るって、もしかしてバイトは必須なんですか?」
「いえ、必須ではないですよ。4人の中から攻略対象決めるならバイトなんてしなくてもいいですし」
「ひとまず全員に会ってみたいので、緊張しますけど、面接行ってみますね」
私はそう言った。
「まあ、それがいいと思います。頑張ってください!!」
そして、紫音さんの情報を聞いて自分の部屋に戻った。ちなみに紫音さんの好感度は2.8だった。意外すぎる‥‥。
あの態度は絶対1もないと思うのに。波留くんには申し訳ないけど、なんだか数値は信用できないような気がする。
4月12日。
放課後、私は掲示板の前に居た。バイト募集先は、花屋さん、喫茶店、雑貨屋さんとイベント会社の4件だった。だいぶ迷って、喫茶店に面接に行くことにした。
妙に明るいモブ店長からの面接はあっさり通り、明日から週2回働くことになった。分からないことは先輩の加賀井さんに聞くようにと紹介される。
「加賀井鳳陽。大学2年。分かんないことは何でも聞けよ」
加賀井さんは黒髪の落ち着いた印象の人だった。瞳はオレンジ色。背が高く、着ている服も黒のせいか、見た目はまるで執事みたい。勿論攻略対象特有のオーラは全開なので、直視するのが辛い。
「ゆ‥‥夢見学園、高等部1年の斉田晶乃です。‥よろしくお願いします」
「お前、緊張しすぎ。なんか面白いな。別に、とって喰いやしねーよ」
そう言って加賀井さんは笑った。口が悪い。見た目と違い、全然紳士的ではないと思った。
「ま、明日から、よろしく」
それでもすぐに受け入れてくれるのだから、きっといい人なのだろう。
店内は女性のお客さんが多く、彼女たちの視線は分かりやすいくらい加賀井さんに集中している。
私は彼にお辞儀して、その場を去った。
しばらく普通に軽音部の活動をし、バイトに通い、理成くんや水希くんと登下校して楽しく過ごした。




