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ACT2.乙女ゲーの世界へようこそ

 目の前に居たはずの波留くんは消えていた。木の家具、緑と黄色を基調とした割とナチュラルな部屋。乙女ゲーの世界だから、もっと苺やさくらんぼ柄とかピンクと白のフリルがいっぱいとか、とにかく典型的な乙女チックな部屋を想像していた。フリルの部屋だったら落ち着かなかったと思う。インスタントなお遊び(?)をプレゼントしてくれた神様(?)は、私の趣味とかある程度知っているのだろうか。

 深呼吸をする。

 机の上に卓上カレンダー。不思議なことに月間の上に日付が大きく立体的に浮き出ている。どうやら今日は4月7日らしい。明日は私が通う夢見学園高等部の入学式。赤丸の下にそう書き込まれている。部屋の時計を見ると丁度夜10時だった。

 私は水玉のパジャマを着ていた。恐る恐る鏡を見る。どういうわけだか髪色が薄ピンクになっているけど、リアルの私とそんなに変わりはないようだ。しばらく意味もなく部屋をウロウロしてみる。落ち着こう落ち着こうと呪文のように唱えても、何度深呼吸しても、心拍数は速いまま。

 考えても仕方がない。明日に備えて寝てしまおう‥‥。ベッドに入り、強く目を瞑った。


 目覚まし時計が鳴る。あれだけ落ち着かなかったのに、ベッドに入ったらすんなり眠れたようだ。気づいたら朝だった。

 制服に着替えて、朝食を食べる。ここの学園はブレザーだけど、チェックでアイドルの衣装みたいな制服だった。スカートの丈が短く、とても可愛い。‥‥通り越して、可愛すぎる‥‥。似合っていないような気がして、鏡を見るのに勇気が必要だった。

 一階に降りると、キッチンに母らしき人が居た。よく見ようとするも、顔とか全体的にぼんやりとしている。でものっぺらぼうというわけではなく、ただ印象が薄いだけで存在感はきちんとある。ゲームのモブと呼ばれる人たちはこんな感じでこの世界に溶け込んでいるのだろうか。本当に何から何まで不思議なことばかりだ。

「行ってきます」

 玄関でそう言うと、存在だけの母は「いってらっしゃい」と、どこからか明るく返してきた。


 良く晴れた日で、外に出ると太陽の光が眩しかった。

 300メートルくらい歩いたところで、右の道路からさわやかなイケメンが現れた。

「おはよう、晶乃」

 右手を軽く上げて、親しげに綺麗な笑顔を向ける。

 このオーラ‥‥明らかにモブと呼ばれる人とは違う。攻略対象だと一目で分かった。声も外見もまさに、パーフェクト。そして、好感度も何にも上げてないのに、いきなり名前呼びつけとは‥‥。

「幼馴染‥‥ですか?」

 私は思わず聞いてしまう。言った後、変な質問をしてしまったと思った。

「‥‥何?今更どしたの?」

 そして私の頭を軽くポンポンと叩いて、

「ふふ、入学式で緊張してんの?」

と笑顔で言った。

 いきなり頭とか触りますか?それだけで恥ずかしくて、もう叫びながら走り去りたい衝動に駆られる。

ダメだ。赤面している場合ではない。落ち着いて、冷静に分析しないと。

 じっと彼を見つめる。勿論ずば抜けて格好良いが、彼の色彩的なビジュアルは割とノーマルだと思う。薄茶色の曲のない髪に藍色の瞳。そして、優しげな表情。彼が着ている男子の制服も女子と同じチェックがワンポイントで所々使われている。パーフェクトな幼馴染は、制服も似合ってますよ、勿論。

 ‥‥どうしよう。ゲームだって分かっているのに、隣にいるだけで緊張してしまう。


 夢見学園は真新しい綺麗なマンモス校だった。決して古くも汚くもなかったはずだけど、残念ながら私が死ぬ前に通っていた高校とは比にならない。

 クラス分けの張り紙を二人で見上げる。

「良かった。同じクラスだね」

 彼は言った。そんなこと言われても、私は彼の名前を知らないので、確認しようもない。分かったことと言えば、彼が同級生ということだった。幼馴染設定でも、近所のお兄さんとか弟のような存在とかパターンは色々ある。

 そこでタイミングよく存在だけの人(失礼だけど明らかにモブだと思う)が駆け寄ってきて、

「遊人、同じクラスだな」

と言った。

 わざわざ名前を教えてくれるために現れたのだろうか。『ゆうじん』という名前は一人しかいないので、彼のフルネームが『理成遊人(おさなりゆうじん)』だと分かった。

理成(おさなり)くん、あの、お友達と先に行っていいですよ」

 私は言った。

「え?‥‥ホントに今日変だよ。なんで他人行儀?今までそんな呼び方したことないよね‥‥」

 こ、怖い‥‥。優しいはずの幼馴染は、初めて不機嫌と取れる表情を見せた。

「遊‥人‥‥くん?」

「え?」

「えっと‥‥遊‥くん?」

「うん」

 遊くんが正解らしい。どうしてここで突然、名前の呼び方クイズしなくちゃいけないの?‥‥緊張感が半端ない。

 冷静に考えて、いくら幼馴染とはいえ高校生で遊くんって呼び方もいかがなものかと思うけど。

「そうだよね。ごめんね。えっと、‥‥遊くん‥‥。ちょっと入学式で緊張していて。それに朝からボーっとするっていうか」

 私は必死に弁解する。

「‥‥いいよ。分かったから、そんな一生懸命説明しなくていいよ。こっちこそごめん。急に距離置かれたのかと思って焦った。そうじゃないならいい。俺がもっと頑張ればいいだけだから」

 頑張るって何?優しい瞳で真っ直ぐに私を見てくる。ちなみに先程彼の名前を教えてくれた友達(モブらしき人)が、何気にこの恥ずかしいやり取り、ずっと見てるんですけど‥‥。

 幼馴染には最初から少し(?)好かれているのだろうか?それとも難易度を一番易しいにしてくれたからだろうか?優しいにしたって、いきなり初対面からこの会話はサービス(?)しすぎと思う。なんか、もう緊張を通り越して、くらくらしてきた。

 とりあえず、私たちは教室へ移動する。

 教室では、前の席の女の子に声を掛けられた。前野イコちゃんと言って、顔がはっきりとあるので(こんな言い方は変だけど)モブではないようだ。おっとりした可愛い子で、今後サポートかライバルになるのかもしれない。


 入学式で、二人目の攻略対象に会った。正確には会ったというより、挨拶のため壇上に上がった彼を一方的に見たのだけれど。

 攻略対象は一目で分かる。学園の生徒会長で三年生。名前は南波偉智(なんばいち)。もしかしてナンバーワンってことかな?気づいたときに思わず吹き出しそうになってしまった。そして、そんな語呂合わせの面白い名前と対照的に、見た目や話し方はいかにも優等生といった感じの印象。まあ、生徒会長なわけだから真面目で当然かもしれない。髪色は薄い黄緑で、パーマなのか天パなのか分からないけど、緩めにウェーブがかっている。淵の厚い眼鏡のせいで顔が略隠れている。よく見るとエメラルドみたいな瞳がとても綺麗で、遠目でもかなりの美形とみた。口調から、何となく説教されそうな気がして、直接会うのが怖い。ちゃんと会話できるのか、今から不安になってくる。


 帰りに昇降口で理成くんに会った。理成くんは私が話しかけるのを待っているようだった。それで、お決まりのセリフ、「一緒に帰ろう」と言わないといけないのかと思い、勇気を出して誘ってみるも「今日は寄るところがあるから」とあっさり断られた。朝のあの良い感じは一体何だったのだろう。そういえば乙女ゲーってそんなものだったような気がする。少し優しくされたからって、好かれていると勘違いしてはいけない。

 でも理成くんの断り方は優しかったので、別段ショックはなかった。


 初日から、本当に疲れた。早く帰ろうと足早に歩くも、校門で紺色の学ランを着た中学生らしき人物に呼び止められてしまう。

「晶乃先輩♡」

 最初からセリフにハートが付いているんですけど。もうこれは言わずもがな、攻略対象だ。

「そんな驚いた顔しないでくださいよ。中等部の可愛い後輩、華旧水希(かきゅうみずき)です。忘れてなんかいませんよね?」

 忘れてというか初めましてなんだけど、理成くんの二の舞になりたくないので黙っていた。

「先輩♡僕と一緒に帰りましょう」

 さらっさらのストレートの髪は水色。綺麗にあごで切り揃えられている。身長は若干、彼のほうが高いけど、私とほぼ変わらない。琥珀みたいな瞳で、私をじっと見つめる。女の子みたいに睫毛が長い‥‥。

「わ!!」

 私は我に返り、距離をとる。近すぎるよ。ここの住人はみんな距離を詰めてくるけど、パーソナルスペースというものを知らないのだろうか。あと、攻略対象は全員オーラが半端ない。眩しい‥‥。色付きサングラスでガードしたいくらいだ。

 こんな可愛い後輩がわざわざ会いに来てくれたら、誰だって断ることなんてできないと思う。

「水希‥‥くんは、家こっちだっけ?」

 私は歩きながら聞いてみる。名前の呼び方は大丈夫だろうか。

「全然。逆方向」

 水希くんは普通に返してくれた。

「え?」

「こうでもしないと、もう先輩と一緒に居られないじゃないですか」

 不意打ち‥‥。そんなこと言われたら、更に朝の理成くん同様、好かれているって勘違いしてしまいそう。

 それから並んで他愛もないない会話をしながら歩いた。気づけば、いつの間にか私の家の前だった。

「送ってくれて、ありがとう。ここから水希くんの家、遠いんでしょ?」

 私は心配になって聞いてみる。

「大丈夫」

 彼は振り向いて、後方に停まっている車を指差した。黒の高級外車だ。

 ああ‥‥。

 一瞬でお金持ちだと悟った。水希くんは、いいとこの御曹司だろうか。車に乗らずに徒歩で送ってくれたらしい。確かに大した距離じゃないから、車だったら会話する時間なんて殆ど無く、5分くらいで家まで着いてしまっただろう。

 懐っこいけれど、水希くんからはどことなく品性を感じる。やっぱり、育ちの良さからくるのかな。

「先輩♡また会いに来ますね」

 彼は私が家に入るまで、その場で小さく手を振っていた。

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