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ACT12.そして1人に

この回で本編は完結です。

 家に着き、波留はるくんの部屋のドアをノックする。返事がない。波留くんが部屋に居ないことなんて今まで一度だってなかった。

 急に全身が冷たくなっていくような感覚。

 何だか嫌な予感がする。


 次の日、学園に行くと教室に理成おさなりくんの姿がなかった。

 南波なんば会長も紫音しおんさんも……みんな学園のどこにも居ない。水希みずきくんに電話しても繋がらず、加賀井かがいさんまでバイト先に来ていないようだ。

 驚きというより、ああ……と思った。

 頭が上手く働かない。

 彼らが居ないだけで、世界はくすんで見えた。イコちゃんや軽音部、生徒会のメンバー、たくさんのモブの人たちが居たって、私の心は欠けていた。どこへ行っても淋しかった。一人きりになってしまったのだと感じた。

 彼らに会いたい。でも、どこを探していいのか分からなかった。

 波留くんやみんなに見放されてしまったのかもしれない。嫌われて、もう二度と戻って来ないんじゃないか……。次々とマイナスの考えばかりが浮かんできた。

 それから私は一人でこれまでのことを、この世界のことを考えた。


 夜になり、部屋に戻ってしばらくすると突然部屋をノックされた。私は勢いよくドアを開ける。

 波留くんだった。抱き付きたい気持ちを押さえて、私は彼を見つめる。

「一人にさせてしまい、すみませんでした」

 波留くんは言った。

「……突然、居なくならないでください」

 言いながら、涙が零れそうだった。

「ホントにすみませんでした。もうどこにも行きません。……今日は遅いですし、心配しないでゆっくり休んでください。明日、話しましょう」

 そう言う波留くんの顔色は良くない。私は疲れている波留くんを休ませてあげたくて、黙って頷いた。下を向いた瞬間、静かに涙は零れた。きっと彼には見えていないだろう。

「波留くん、おやすみなさい。また明日」

 私は気づかれないよう俯いたままそう言った。

「おやすみなさい」

 波留くんは静かに部屋のドアを閉めた。


 次の日、制服に着替えて朝食を食べ、波留くんの部屋に向かうと部屋の前に彼が立っていた。

「どうぞ入ってください」

 波留くんが言った。

 部屋に入り、私はいつもの定位置に座る。波留くんは私を見降ろす形になる椅子には座らず、私の前に座った。本来は椅子が彼の定位置なのだろうけど、ほぼ同じ目線になるこの場所に座ることも多い。

「学校、遅刻ですね」

 私がそう言うと、波留くんは

「もうそういう問題ではありません」

と言った。

 彼は真剣な表情をしている。昨日よりは少し顔色が良くなっているようだ。

「考えたんですが、このままゲームを続けるのは難しいです。それは、こちらの都合で……」

「……私のせいですか?」

「いえ、違います」

 少しの間の後、波留くんは決心したように言った。

「誰でもいいので、1人を選んでもらえませんか?」

「え?」

 私は意味が解らず、聞き返す。

「攻略対象、誰でもいいので選んでください。クリアのご褒美をあげたいので」

「クリア?あの……まだあと攻略期間半年くらいありますよね?」

「もう全員落ちています」

 波留くんはそこで困ったように笑った。

「ですので、誰でも構いません」

 さらに続けてそう言った。落ちているとはどういう意味だろう。多分、もっと好感度を上げたりイベントを発生させたりしないと、クリアなんてできないはずだ。

 でも、どちらにしても……。

「1人を選ぶことなんてできません」

 私は言った。波留くんは、ため息をつく。多分またかと思っていることだろう。不毛なやりとり。沈黙が流れる。

 私は波留くんを睨んだ。睨んだつもりはないけれど、多分恐い表情で彼を見ていることだろう。


「だって、みんな中が同じだから」

 私は、はっきりと言った。

「何を……」

「波留くん、あなたも」

 私は波留くんの言葉を遮り、彼をじっと見つめる。波留くんは、私から視線を反らし俯いた。

 一人きりになり、ずっと考えていた。どうして私はこんなに誰も選べないのだろうと。冷静に、いっぱい考えた。

 多分、攻略対象のそれぞれの魅力なんかじゃない。あの眩しいオーラに惑わされてもいない。いくら考えたって、私を引き付けるその根本的な魅力はたった一つで同じものなのだ。外見や話し方を変えようと、感じる優しさ、温かさだけは変えようがない。

 そう思って今までのことを思い返してみると、みんなの表情や仕草、言動、シンクロする部分がたくさんあった。

 全員を等しく好きだと思う気持ちは間違いなんかじゃない。それで私は一つの答えを出した。

「あなたは誰……ですか?」

 私の好きな人。今は波留くんであるこの人なのだけど、彼が何者なのか知りたかった。

 今までずっと一緒にいてくれて、一生懸命私をサポートしてくれた波留くん。その波留くんに向かって、自分でも頭がおかしくなったんじゃないかってくらい不思議な質問をしているって自覚はある。

 彼は、放心しているようだ。

 そしてしばらくして、低い声で笑い出した。

「ホントに、本当に参りました。貴方のような方は初めてです。この状況もまた、私の想定外です」

 波留くんは勿論、誰の声でもなかった。初めて聞く、痺れるような魅惑の声だった。

「この姿では、初めましてと言うべきでしょうか……」

 見たことのない人が目の前に居た。真紅の髪の波留くんとは対照的にふわっとした真っ白な髪にブルートパーズの瞳。攻略対象からずっと感じていた特有のオーラは多分この人自身のものなのだろう。みんなと同じ空気を纏っている。眩しいけれど、違和感は全くない。そして何度か嗅いだ甘い花のような香りがする。

 紫音さんと同じくらい綺麗な人だ。でも冷たい印象はなく、最初に会った波留くんが着ていた無機質なユニセックス風の服を着ている。年齢は、分からない。私より少し上だろうか。

「貴方に合わせます」

 彼の服装が一瞬で、夢見学園の制服に変わった。私はただ彼を見ていた。自分で真実に迫ったのに、いざこんな風に魔法のように簡単に別人になられたらなんて声を掛けていいのか分からなかった。

「落ち着かないようなら、波留か対象者の誰かの姿になりますか?」

 そう言い、彼は笑った。

「いえ……。大丈夫です」

「何から話しましょうか?」

「……その前にあなたのこと、なんて呼んだらいいのですか?」

 私は努めて冷静に返す。

「名前ですか?名前はありません。記号はD59A3OHGv425QY78」

「……そんなの困ります」

「みんなからはナナヤと呼ばれています。よければ晶乃あきのさんもそれで」

 最後の数字が78だからナナヤなのかなと思った。でも、今はそんなことより他に聞きたいことがたくさんある。

「ナナヤ……様は、神様ですか?」

「それはイエスでありノーです。この小さな世界の中は私の管轄ですので、確かにここでの神と言ってもいいのかもしれません。ただし、広く見れば私は単なる神の遣いに過ぎず、ただの欠片です。私のような役目のものは数多に居るので」

 物を消すとか、記憶を操作できるなんて考えてみたら神様にしかできない芸当だ。あの時理成くんに何故そんなことができたのか今なら分かる。

「……ゆうくんも、水希くんも紫音さんも南波会長も加賀井さんも……それに波留くんも、彼らはどこにも……存在しないんですね」

 もう答えが分かり切った質問だったけど、自分の気持ちを整理するためにも、痛みを感じながら敢えて聞いた。

「いえ、波留以外ちゃんとオリジナルは存在しますよ。こことは違う世界に……。彼らに会いたいですか?」

「オリジナル……」

 呟き、私は首を横に振った。

「多分、私が知ってるみんなじゃない。それに、私が好きなみんなでもないと思います。私がずっと一緒に居たのはナナヤ様ですよね?」

 ナナヤ様は諦めたように頷いた。

「……彼らのような存在は本当に稀です。私は彼らのような逸材を見つけることができずに、仕方なく彼らの外見、性格をコピーしてこの世界を回しているのです」

 あの時は、何を言っているのか全く分からなかったけれど、ナナヤ様は波留くんの姿でちゃんと最初に説明していた。彼はこう言った。

『演技力は皆無……つまり、メインとなる人物は希少でして、転生させてあげたい気持ちはあるのですけど、今の段階では素敵な世界を創り上げるのは、かなり難しいことです』と。メインとなる人物=攻略対象者のことだったのだろう。

「ナナヤ様はこの世界でずっとこういうこと……複数の攻略対象を演じて、他の女の子達とエンディングを迎えてきたんですよね?」

「それがこの世界を回す私の役目です。でも、これまで何十人、何百人の乙女たちとエンディングを迎えたって一度たりともこんなことはなかった。私はプログラムのようにキャラをただコピーして演じるだけです。気づかれることは勿論、今のこの姿を見せることも、私の気持ちが揺れることも絶対にない……はずでした」

 ナナヤ様が自嘲気味に言った。


 その時、突然部屋をノックされる。ゆっくりと四回。びっくりした。今日は朝からモブのお母さんを見ていないし、この家にはナナヤ様と私しか居ないと思っていた。

「どうぞ」

 ナナヤ様が言った。

 モブのお母さんだった。お母さんはナナヤ様の姿を見て、驚いているようだ。

「ナナヤ様、葉鳥はとりさんが玄関に見えてます」

「……そうですか。上がってもらってください」

 葉鳥さん?私は状況が全く分からない。

 しばらくすると、凄い勢いで部屋に太陽さんが入ってきた。何でここに太陽さんが?私は太陽さんを見つめる。

 彼はナナヤ様を見るなりため息をついた。

「……やっぱり。ナナヤ様、プレーヤーの前でその姿ってどういうことですか?」

 太陽さんは怖い表情でナナヤ様を見ている。

「彼女が私に気づいたのです」

 ナナヤ様はそう言って立ち上がり、太陽さんの前に移動した。

「もうどっちだっていいですよ。大体ナナヤ様だったら、どうとだって誤魔化せるでしょう?本当に攻略されてどうするんですか?しかもたった半年で……。一体、どうしてしまったんですか?」

 太陽さんはもう怒りというより途中から泣きそうになっている。そして、私に向き直り

「君はこの世界を壊すつもりなのか?」

と言った。いつもの明るく優しい太陽さんとは全く違っていた。私は答えられず、というより太陽さんが怒っている理由が分からず戸惑うばかりだ。

「葉鳥、やめてください。彼女が悪いわけではありません。葉鳥の言う通り、どうとだってできるのに私は彼女にもう嘘はつきたくないと思ってしまいました。彼女が『私』を見つけてくれた時に」

「嘘も何も、それがナナヤ様の役目じゃないですか?彼女にも最初からお遊びのゲームだって言ってあるでしょう?」

「……そうですね。でも、役目なんて忘れてしまえるくらい嬉しかったから。私がどうなってもいいと思えるくらい……。私はおかしくなってしまったのかもしれません」

 ナナヤ様がそう言った後、長い沈黙が流れた。

「正直、いつかこんな日がって、俺だって心のどこかで少しは思っていました。ナナヤ様が幸せなら仕方がないって分かってます。でも、俺はこの世界に留まりたい。……みんなも心配しています」

「……心配かけてしまい本当にすみません。葉鳥、ここを壊したりしないとみんなに伝えてもらえますか?」

「……本当ですか?」

 太陽さんの声が分かりやすいくらい跳ねた。ナナヤ様は笑って頷く。

 そして太陽さんは出て行った。


 その後モブのお母さんがココアを持ってきてくれた。一口飲む。温かくて、気持ちが少しだけ落ち着く。

「……葉鳥は、キャストリーダーなんです」

 ナナヤ様が言った。

「葉鳥って太陽さんのことですよね?」

「はい。鈴木太陽は葉鳥の役の名です。攻略対象、波留以外は私が選んで連れてきたキャストです。勿論同意のもとにですけど。すみませんでした。葉鳥は、もう役目を果たせない私がこの世界を壊すだろうとあんな態度をとったんだと思います。彼はこの世界がかなり好きなようなので」

「キャスト……みんなお芝居……」

 騙されたというより、この世界の仕組みにとても吃驚した。みんなお芝居。みんな……。ある意味、感動してしまう。騙されたなんて思うのがおかしいのかもしれない。最初からインスタントなお遊びの乙女ゲーだって説明してくれていたのだから。

「私も5人を同時進行で全てコピーするのは中々大変なのです。早い段階で1人に決めてもらえれば、コピーの精度はより完璧なものになります。……さすがに疲れました」

 いつも波留くんが疲れているように見えたのはそういうわけだったのかと思った。攻略対象の姿の時は相当無理をしていたのかもしれない。


「演じながら貴方と一緒に居るのは嬉しいけれど、苦しかった。早く終わらせたい。でも離れたくはない。……矛盾していますね。これは遊びですので、いつ止めたって構わなかったはずなのに、止めることもできず耐えられなくなって、途中から貴方を急かしました。すみません。でも貴方が一番好きな人と結ばれて欲しくて。……貴方にはどうしてもクリアのご褒美をあげたかったから」

 そういえば、彼はこれまでクリアするとご褒美があるって何度も強調して言っていた。

「ご褒美って……?」

 一瞬、間が空く。

「ほっぺにチューです」

「え?」

「私が言うのも何ですが、攻略対象からの頬にキスは、純粋な乙女たちにとってはなかなか良いもののようです」

 彼は綺麗な笑顔を向ける。

 少し拍子抜けだった。純粋って言っても今の乙女ゲー、もう少し進んでいると思うのだけど。

「選べないと言いましたが、良ければ誰か1人を選んでください。最後くらいはきちんと演じます」

 彼らにもう一度会いたいと思った。でも、今更誰か1人をと言われても、とても困る。


「ナナヤ様ではダメですか?」

 私は思い切ってそう言った。ナナヤ様は驚いているのか瞬きもせずに固まってしまった。

「……この今の姿ということですか?真の姿ですよ?私にはほとんど色が無いですし、何の魅力もない……と思いますが」

 色がないというのはどういう意味だろう。髪の色や瞳の色から全体的に白っぽいということを言っているのだろうか?私から見たら、淡い感じがとても美しいと思うのだけれど。

「中がナナヤ様なら誰でもいいです。……でも正直、見た目もナナヤ様が一番好みですよ?」

 私はそう言うと、じっとナナヤ様を見つめた。彼は赤くなり私から目を反らす。この表情。これまで何度も何度も見てきた。

「わかりました。移動しましょう」

 赤い顔でナナヤ様がゆっくり手を差し出したので、私は彼の手を取る。彼は俯いたままでいる。

水希くんや紫音さんを思い出す。それから波留くん……。

「貴方に見つめられるたびに私はどうしていいのか分からなくなります。ずっとそうでした。コピーではない本当の表情を見られるのに慣れていないのです」

 彼は言った。緊張や赤面はうつる。私の頬も赤くなっているだろう。


 一瞬で学園の屋上に移動した。大分日が落ちている。

「加賀井以外のキャラとエンディングを迎えるときはこの場所です」

「ナナヤ様、恥ずかしいのでさっさとしちゃってください」

「あの、そのナナヤ様というのやめてもらえませんか?晶乃さんには様付けで呼ばれたくないのです。そうですね……七哉にしましょう。制服も着ていることですし、只の同級生の七哉です」

 私の正面に「七哉」という文字が立体的に浮かんで消える。……只の同級生にそんなこと出来ないと思うけど、ここは突っ込まないでおこう。

「七哉くん?」

「それでいいです」


「では、どうぞお願いします」

 私は目を開けて待っているのも変なので、そう言って静かに目を閉じた。花のようなあの甘い香りが強くなる。

 けれど、しばらく待っても何の感触もない。

「……無理……です。緊張して。この姿で何かをすることに慣れていないのです。緊張しなくなるまで、待って……欲しい」

 目を開けると、不安定な面持ちでナナヤ様はただ私を見ていた。演技していたとはいえ、よくこんなで、これまでたくさんの乙女たちとエンディングを迎えてきたものだ。

「もっと欲を言えば、貴方だけは天国に連れて行きたくない。このままこの世界に閉じ込めてもいいですか?」

 彼の真剣な眼差し。

 風が吹いた。彼の綺麗な真っ白い髪が揺れる。

 ああ、倒れそう。もう、天国なんて行けなくてもいいと思ってしまった。ナナヤ様が居る世界が私にとっての天国なのだから。

「七哉くん、大好きです」

 私は言って、王道乙女ゲーのエンディングのように彼の胸に飛び込んだ。彼の鼓動が聞こえる。

 

 彼は少し躊躇い、それから私を優しく抱きしめた。

お読みいただきありがとうございました。なんか見たことあると思ったら以前書いた短編のタコ星人ですね。……また反則技ですよ。キーワードの邪道の文字を三倍くらいの大きさにしたいくらいです。だいぶ伏線張ってきたつもりですが、結局最終話だけ異常に浮いている気がします。登場人物紹介とあと1話おまけを載せるつもりです。少し補完出来たらと思っています。よろしければそちらもお付き合いくださいませ。

登場人物紹介、ナナヤだけ途中見た方がネタバレしないようこちらに載せておきます。


D59A3OHGv425QY78(ナナヤ/七哉)

 この乙女ゲーの世界を創る神。攻略対象5名は他転生世界のキャラクターをコピーし、自ら演じている。サポートの波留はオリジナル。白い髪、ブルートパーズの瞳の美青年。実年齢は不明。




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