ACT1.美少年のいざない
私は死んだ。
自殺なんかじゃなく、とても風の強い日に誰かがぶつかってきて、バランスを崩し、ホームから転落した。
警笛、急ブレーキの甲高い音。それから記憶がない。多分電車に轢かれたのだろう。
気づけばこの白い空間に一人立っていた。私は誰かを待っている。死神なのか天使なのかは分からないけれど。
もっと生きたかったな‥‥。望んだ高校に入学できて、たったの三か月。自然に、目が潤んでくるのが自分でも分かる。
「やあ、お待たせしました」
突如、後ろから能天気な声。振り返ると、右手にメモを持った少年がすぐ側に立っていた。
「ん?泣いているのですか?」
気配なんて一切なかった。どこから現れたのだろう?まず注目したいのは、髪の色。染めたってそんな色には仕上がらないであろう真紅の髪。右側だけ不自然に長いし、お若いのにビジュアルバンドの方ですか?流行っているのかもしれないけど、アシンメトリーもいいとこ。そして、カラコンよろしく金色の瞳。服装は上下白い布を手で破いて、ユニセックス風にアレンジしました、みたいな恰好。とにかく髪と瞳以外真っ白。‥‥眩しすぎる。びっくりして涙も引っ込んだ。
「大丈夫?」
綺麗な顔のアシンメトリー少年は(見た目小学校の高学年くらい)心配そうに下から私を覗き込む。肌も白くきめ細やかで、とても美しい。しかもちょっと花のような甘い、いい香りがする。
「だ、大丈夫です」
私はすぐに離れて、返事をする。
「良かった。では、早速」
彼はにっこりと笑って、メモを見ながら話し出す。
「斉田晶乃さん、16歳。7月10日17時43分に電車の事故で死亡。穢れはないし、心配しなくても貴方は、天国行きですので」
「はあ‥‥」
私は曖昧な相槌を打つ。
「それで、現世で相当もてていたみたいですけど、これまで誰ともお付き合いしたことがないようですね」
「あの‥‥もててなんてないです」
「自覚がないのか、謙遜なのか。まあ、いいです。それで貴方には恋をする機会を与えようということになりましたので」
そこで彼は、一拍置いた。
「いわゆる乙女ゲーってやつですね」
最初の能天気な印象は変わらないが、話し方は小学生と思えないほど流暢で大人びている。
「もしかして、最近よく聞く転生とかいうものですか?」
「いえいえ、リアルとゲームの世界を混同してはいけません。そんなに簡単にリアルからリアル以外に転生なんてできないですよ。無理して人間の器だけ変えて、どんどん転生させたって元の質というか魂自体が変わるわけではないですし、正直魅力不足なんですよね。妥協したところで、演技力は皆無‥‥つまり、メインとなる人物は希少でして、転生させてあげたい気持ちはあるのですけど、今の段階では素敵な世界を創り上げるのは、かなり難しいことです」
よく分からないけど、なんだか壮大な話になってきた。‥‥理解できない。そもそも乙女ゲーの世界に転生なんて望んでないですけど‥‥。私は美しい顔を曇らせている彼に、「別に大丈夫です」と言おうと口を開きかけた。
「そういうわけで、転生ではなくお遊び程度で申し訳ないですけど、インスタントな乙女ゲーの世界で、少しでも楽しんでいってほしいと思っているのです。是非、頑張ってください!!」
彼は再びにっこりと笑った。勢いがすごくて、私は口を開けたままなんて返していいのか分からなかった。
「乙女ゲー、やったことありますよね?」
「はあ、まあ‥‥」
一時期友達に借りて有名な何点かのゲームはクリアしていた。でも、やっぱりゲームはゲームだ。実際の自分が主人公になるなんて考えられない。あんなハーレムみたいな世界、自分にはおこがましいし、とんでもなく怖いことだと思う。
「どういった世界がお好みですか?定番の異国の王子様や騎士、魔王攻略とかお勧めです。はたまた時代物でバトルしながら好感度を上げていくのも大変ですけど達成感ありますよ。アイドルとの秘密の恋なんかも人気あります。思い切ってホストに貢ぐというのも、ありですね。まあノーマルな学園ものでも構いませんけど」
「ノーマルな学園もので!!」
私はクイズの回答者のように勢いよく答える。必死の凄い形相になっているだろうけど、もうなりふり構っていられない。異国の王子様とか時代錯誤な戦国武将なんて現れたって、それこそどうしていいのかわからない。怖い。怖すぎる‥‥。目の前のアシンメトリー少年の出現だけであたふたしているというのに。
「期間は一年で、攻略対象5人のうち選べるのは一人です。お手軽な創りなので隠れキャラなどは居ませんから期待しないでくださいね。僕はこのまま付いていくので、分からないことや困ったことがあったらいつでも隣の部屋にどうぞ」
「え?」
「ガイド兼サポートですよ。弟の斉田波留という設定です。あちらでは、丁寧な話し方は一切しませんので、急な変化に困惑しないでください。貴方のことは『姉ちゃん』って呼びます。割と粗雑な感じです。難易度は一番易しくしておきますから」
「‥‥はい。‥‥あ、ありがとうございます」
もう、とても断り切れる雰囲気ではない。それでも、彼が付いてきてくれるのはありがたいことだと思う。アシンメトリー少年改め、波留くんか。親切だし、しっかりしていて、頼りになりそう。
不安しかないけど、もうこうなったら早いとこクリアして、ちゃんと天国に連れて行ってもらうしかない。
「では移動します」
彼はまるで、エレベーターガールの「上へ参ります」のようなイントネーションで軽快に言った。




