第一章二話 幸寿丸の才能
遅くなりました。
幸寿丸が生まれて三年の月日がたった、1547年(天文16年)12月12日。
空は雪が降りそうな怪しい雲行きをしていたが、城内は燦燦《さんさん》と輝きどんちゃん騒ぎだった。
そして三歳になった幸寿丸には今日付けで清水左京亮永重という教育係がつけられた。
「では、改めて儂の自己紹介じゃ。儂の名は清水左京亮永重じゃ。爺と呼んでもいいんじゃぞ。今日から若の教育係となったのじゃが、何から教えればいいのかわからん。
そこでじゃ。今日は若の好きなことから学ぶのじゃ。さあ、若。ここにある物から好きなものを選ぶのじゃ。」
幸寿丸の前には刀、弓、馬(模型)、槍、孫子の兵法、算術の本があった。幸寿丸は難しい顔をして考える。そして、孫子の兵法を手に取り
「これがいい。これやる。」
と可愛らしい声で言った。永重は腰を抜かしそうになる。
「・・・若。孫子の兵法を学ぶのじゃな。難しいんじゃぞ。いいんじゃな。」
永重は幸寿丸に念を押して聞いた。
「うん。これなんか楽しそう。」
と笑いながら呑気に答える幸寿丸だった。
外の怪しい雲行きはもう無くなっていた。
1547年(天文16年)12月15日
幸寿丸が孫子の兵法を学び始めてから、三日たった。しかし、永重が幸寿丸に孫子の兵法内で教えることはほぼ無くなっていた。
「これで最後じゃ。ここに『百戦百勝は善の善なるものに非ず』とあるじゃろ。何故だと思う?」
永重は何かを見極めるように目を細めつつ口を動かす。
「えっ、そんなに勝ったら敵に恨まれ過ぎちゃうよ。それに戦わずして勝つほうがいいじゃん。」
幸寿丸はあっけカランに答えているだけだった。
「・・・正解じゃ。孫武もそう言っておる。『戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり』とな。」
永重は半ば引きつった笑顔で答えを言う。
「今日はここまでじゃ。孫子の兵法も終わってしまったのぉ。次は何がやりたいのじゃ?若は。」
永重の瞳が細められる。
「う~ん。六韜あたりをやってみたいかな。」
永重の顔は再び引きつった笑顔をしながら
「わかった。今度は六韜じゃな。儂も教えがいがあるのぉ。」
と言い、部屋を出て行った。
「・・・いったい、どこでそんなことを覚えてくるのじゃ。」
とぼそっと呟きながら縁側を歩く老人の背中には幸寿丸に対する畏怖と期待が入り混じっていた。
「殿。失礼するのじゃ。」
永重は信元がいる部屋へと入っていく。信元は凛のに膝枕されながら
「なんじゃ、左京亮。幸寿丸への教育は終わったのか?」
信元は淡々と聞く。
「はい。それで殿、今日は幸寿丸様のことで来たのじゃ。」
永重はいつもの柔和な顔とは違い、真剣みを帯びた顔で話す。信元はその顔で重要なことだと察して、体を起こす。そして、そのことを察した凛は部屋から出て行こうとする。
「奥方様。貴女もいてくださいませんか。若の親として。」
凛は少し戸惑いながらも静かに信元の隣へ座る。
「それで、幸寿丸がどうかしたのか?」
信元は問う。彼の声には心配の色が混じっていた。
「おぉ。そのことなのじゃが、・・・若は天才かもしれぬ。それも儂を超えるほどに・・・。」
永重は深刻な顔をして話す。
「いや、若は天才じゃ。何がやりたいと聞くと、孫子の兵法を手に取りましてなその孫子の兵法をたったの三日で終わらせたのじゃ。このまま教えれば、一年足らずで儂が教えることはなくなってしまう。・・・そこで殿に提案なのじゃが、若が八歳・・・いや、七歳でも良い。そのくらいの歳になったになった暁には若を織田家に預けてもらうことはできぬかのぉ。」
信元と凛は驚愕した。凛に対しては開いた口が塞がらない状態だった。
「・・・それは幸寿丸を人質に出せというのか?」
信元は肩を震わせながら言う。永重には信元の瞳が真っ赤に染まってるような気がした。
「有り体を言えばそうになりますなぁ。しかしこれは幸寿丸様のためでもございますぞ。我が水野家と比べれば織田家のほうが学べる書物が多い。そして、織田家には儂より知識を持ったものが大勢居る。しかも、織田家とつながりが持てる。これほど良い事は無いじゃろう。」
永重は事実を淡々と述べる。信元は息を整えて冷静さを取り戻したのか、真剣になってメリットとデメリットを考え始める。
「・・・確かにそのほうがいいかもしれぬのぉ。おぬしがそれほどいう人材じゃ。相当なものであろう。」
信元はそう結論を出した。外では再び雪が降りは始めていた。
※補足
「孫子の兵法」のことですが、本作は孫武が書いたことにさせていただきます。ご了承ください。
「僕はこの王国を豊かにする~庶民から宰相へ~」
こちらも見てください。よろしくお願いいたします。
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