女郎蜘蛛
目が覚めたらそこはベットだった。体を起こし、状況を整理する。たしか自分は奥が見えない程の大穴に飛び込んだ筈。何故かはたしか…たしか死にたかったからだ。私はもともと妖怪を倒す仕事をしていた。博麗の巫女や白黒魔法使いには足元にも及ばないが、多少の雑魚なら倒すことができた。ただ、そのとき誤って妖怪の血を浴びてしまい…私は半妖となってしまった。半妖になってからは全てが変わった。尊敬の眼差しで見ていてくれた子供たちはいつしか恐怖の眼差しに変わり、私を見るたびに汚物をみるような目で見てきた。辛くてたまらなかった。それだけの理由だ。私が生きているということは私を助けてくれた者がいるということか…せめて人間であればいいのだが…
「お目覚め?」
でてきたのはすこし小柄な女性だった。頭には黒いリボンをつけており、茶色の特徴的な色をした服を着ている。身長は私より小さいだろうか?「貴方、三日も寝てたのよ?まったく、私の身にもなってよねー?」…すまない、貴方は?「ん、あぁ、そういえば言ってなかったね。私は黒谷ヤマメ。ここに住んでる土蜘蛛さ」土蜘蛛?私を喰う気か…?「もちろん。お前は私の誕生日のディナーさ」その少女はビシッと俺を指差し宣言した。「私の誕生日は四月九。そしていまは三月十一。まぁそれまでゆっくりしていきなさいな」
あぁ、別に構わない。本心だった。口をついてでてきてしまったのだ。ヤマメは少々驚いた様な顔をして「あんた…私が怖くないのかい?私は土蜘蛛で、人を食べるんだぞ?」あぁ、別に怖くない。これまでに貴方みたいな妖怪にはたくさんあってきたしな。まぁあんたには勝てそうもないが。「はっはっはっ!気に入った!あんたには食料の前に私の話し相手にでもなってもらおう!」土蜘蛛はケラケラと笑った。その顔はとても、心の底から楽しそうで。自分もあんな顔をしていたのかとすこし羨ましく思った。そしてよくよくみるととても…可愛らしく思えた。
それから毎日彼女と話をした。とはいえ、私が一方的に話し、彼女がそれに反応するだけだったが。私の話しがそんなに面白いのか、彼女はいつもケタケタ笑ってくれた。そんなにたのしそうに笑ってくれるなら話しがいがある。特に穴にはまってしまい朝までその状態だった話をしたときには腹を抱えて笑っていた。…私は久しぶりに[楽しい]という感情を覚えたのかもしれない。
ついに4月9日になった。もともと死ぬ為に飛び込んだのだ。悔いはない。しかしおかしいな。ヤマメはいつもこの時間に帰って来るのに…
入ってきたのはヤマメではなく、彼女の友人であるキスメさんだった。
「あの、貴方が「」さんですか…?」キスメさんはおずおずと聞いてきた。「はい。何か後様ですか?」「ヤマメちゃんが…ヤマメちゃんが…」キスメさんはその場で泣き出してしまった。
あわててキスメさんに駆けつける「ヤマメさんに何かあったのですか?キスメさん」「ヤマメちゃんが、事故にあったんです!早く来てください!」
突然押し付けられる現実。私は言われるがまま、永遠亭に訪れた。
「神経麻痺?」
私は永琳先生に放心したまま訪ねた。「ええ。飛行中、ルーミアにぶつかってうちどころが悪かったらしくてね…」永琳先生は悲しそうな顔でベッドのヤマメをちらと見る。
ベッドに半身だけたっているヤマメはもはやヤマメではなかった。目はうつろ、何も喋らず無表情。まるで人形。
「どうする?このまま入院してもいいけれど、医療費もかかるわ。それに…最低でも喋れる様になればいいところ。もう元のヤマメさんには戻らないわ」
「…私が面倒をみます」
つい言葉がでてきてしまった。
「そう…なら大変だろうけど、頑張りなさい」
「なぁ…ヤマメ。お前と出会ったのもこの穴だったよな…」
車椅子に乗ったヤマメを連れて私は言う。
「私が死のうと思って飛び込んだら、お前が救い上げてくれた。お前が気まぐれで生かしておかなかったら、こんな目にもあわなかったのかもな」
ヤマメの表情は変わらない。
「その後は楽しかったなぁ…お前と話しているととても楽しかったよ。久しぶりに楽しかった」
「さとりさんの所にもいったね。たしか、さとりさんの時はお空ちゃんに吹き飛ばされたんだっけ。あのときはきつかったなぁ…」
「勇儀さんと酒盛りもしたね。流石鬼というべきか色々とすごかったね…たしかパルスィさんがものすごい目力でこっちをパルってきたっけ」
「ねぇ…ヤマメ…なぁ…」
「笑って…くれよ…いつもどおりにさぁ…ケラケラと…楽しそうに…」
いつの間にか私は泣いていた。泣くなど何年ぶりだろう。とっくに枯れていると思ったのだが。今は止まらないのだ。
ヤマメは無表情のまま沈黙している。
「私はもう逝くとするよ。お前に喰われてやれないのは残念だが、今日を命日にしてるんだ」
私は黒いリボンをとりだし、ヤマメの頭につけてやった。
「うん、似合う。では、さらば」
私は涙を拭い、穴に飛び降りた。
グシャと音がした瞬間彼女の頬には一筋の涙がこぼれた。