出番の少ない主人公
銀髪の青年、月読神威。
旅の途中で盗賊団に襲われる一行を助けたことがきっかけで、止まっていた彼の運命の歯車がまた動き出す。
時は戦国。
とは言っても現世の戦国時代とはちょっと違う。
異世界の戦国時代のお話。
戦乱の時代が長く続いていた。
敗戦国となった国は貧困が長く続き、人々の暮らしは荒れ果て、疾病や飢饉にも見舞われた。
逆に先勝国や戦争に巻き込まれなかった国は裕福でその豊富な財力で新たな火種を産み出していた。
しかしそれだけではなかった。
妖怪である。
化け物、もののけ、妖怪
呼び方は幾つも存在するが同じものである。
戦乱に疲れ果て疲弊し、そういった妖怪たちに滅ぼされた国も、もういくつかあった。
そんな時代のお話。
しばしの時間お付き合いくださいませ。
戦国妖怪捕物帖、始まり始まり~。
桜の花びら舞う春真っ只中、旅路を急ぐ四人の姿があった。
四人は街道に並び満開に咲き誇る桜にも目もくれず、まるで何者かから逃げるように足早に街道を避け森の中を進んでいた。
「なんとか日が暮れる前に国境を越えたいんじゃがな、香織殿、少しきついかの?」
僧侶の姿で錫杖と呼ばれる杖をついた老人が一緒に歩く少女を心配して声をかけた。
「厳海和尚こそ、大丈夫なのですか?少し休まれますか?」
香織と呼ばれた少女も厳海と呼ばれた老人を気遣い声をかけた。
「そうじゃな、少し休もうか…蘭水先生も小太郎殿もいかがですかな?」
厳海和尚は振り返り、後に続く二人に小休止を勧める。蘭水先生と呼ばれたのは中年の男。痩せ型で体力は無さそうな感じで、すでに肩で息をしている。
小太郎と呼ばれた少年は香織と年齢は似たようなもの。しかしこちらも情けなく疲れた顔で厳海和尚の提案に大きく頷いた。
「そ、そうしましょう…はぁはぁ。も、もう限界です。二人とも歩くの早すぎますって…はぁはぁ。」
息も絶え絶え答えたのは小太郎。腰に刀を帯びる彼はこれでも侍なのだそうだ。
「少しだけ…少しだけ休みましょう…はぁはぁ。」
ほっとした表情で座り込んだのは蘭水先生。彼は医者であり、やはり体力には自信が無かった。
「やれやれ…若い者が情けないわい…。」
厳海和尚は溜め息混じりに木陰に腰を下ろした。
香織も何か言いたそうだが、黙って厳海の側に腰を下ろす。
「でも、また盗賊に襲われないでしょうか…日が暮れてしまったら焚き火だけでも居場所がばれてしまいます。火がないと妖怪たちに襲われるし…」
香織は心配そうに俯いた。
一行は先日、盗賊に襲われて休憩もろくにできないままに必死に逃げてきたのだった。
さすがの情けない二人の男も少女に不安な顔をされては元気をふり絞るしかなく立ち上がった。
「やっぱりもう一頑張りしましょう。」
小太郎がまだ幼さの残る笑顔で言ったが疲労は隠せていない。
「そうですね…国境を越えてからゆっくりと休みましょう。」
蘭水も、身体中の痛みに耐えながら立ち上がった。
「はい!頑張りましょう!!」
香織が満面の笑顔で立ち上がる。彼女も元気に振る舞ってはいるがくたくたに疲れているのは同じだった。
「やれやれ…では行きますか…」
厳海も老体に鞭を打ち先頭を歩き始めた。
「いざとなれば、わしが囮になるでの。皆は蘭水先生を意地でも守りきるのじゃ。なんとか…なんとか
御園の国まで…蘭水先生だけでも殿の元へ…」
一行は医者である蘭水先生を御園の国、九条家へ無事に連れ帰る役目を負っていた。御園の国は現在、隣国の影谷の国、桐山家と戦争状態である。
しかも城下では病が蔓延し民は疲弊していた。そこで都でも有名な医者である蘭水先生こと石坂蘭水に声が掛かったのである。
本来ならもっと多くの人員を割き厳重な警護での帰還となるはずなのだが、戦時中でもあり余分な兵力も無かった。
これでも出発時には護衛の兵士も数名居たのだが、盗賊との戦闘、妖怪の襲撃、または帰って戦争に行くのが嫌で逃走したのではないかと思われる者まで出る始末。
やっとのことで、ここまでたどり着いた生き残りの一行なのである。
目的地まで、あと少し。次の国境である関所を越えれば、九条家領地、御園の国である。
だが現在地は戦争状態である桐山家領地、影谷の国である。
当然ながら関所を簡単には越える事はできない。それどころか街道に出るのも危険なのだ。敵対国の兵士に見つかれば只では済まないだろう。
このまま森を通り山を越えて御園の国へ入るしか無さそうだ。だが森の中も妖怪がいるかもしれない…
一行は恐る恐る草木をかき分け進む。必然的に進む速度は遅くなる。もう日没も近い…
「せめて国境だけでも越えれば敵国の兵士はいない。それだけでも危険度は下がりますね。」
石坂蘭水が不安な表情で辺りを見回しながら言う。
だが先頭を進む厳海和尚の様子がおかしい。
やたらと振り返ることが多くなる。
「どうかしましたか?和尚様?」
小太郎が厳海和尚に訪ねる。
「皆、わしのそばへ来るんじゃ。囲まれておる。」
厳海和尚は身構えつつ、静かに錫杖を構えて戦闘体勢に入る。香織、蘭水、小太郎も辺りを見回しながら構える。だがまだ相手は見えない。
「誰だかわからぬが、出てくるんじゃ!」
厳海和尚が叫ぶと同時に、四人の周りにぞろぞろと
汚れた身なりの男たちが大勢現れる。
「なかなか勘のいいジジイじゃねぇか…くっくっくっ。」
嫌らしい笑みを浮かべ笑いながら一人リーダー格らしき男が厳海和尚の前に出る。男たちは総勢二十余名の盗賊団だった。
「俺達は影谷愚連隊、俺は頭領の猪吉っもんだ。女と金目の物を置いて行けば、命だけは助けてやろう。くっくっくっ…なかなかに上物じゃねぇか。」
猪吉と名乗った男は香織を舐めるように見ながら、舌舐めずりをする。
「できぬ相談じゃ。」
香織を庇うように厳海和尚が前に出て構える。小太郎も刀を抜き、背後を取られないように警戒しながら構える。蘭水は小刀を両手で持ったままガクガク小刻みに震えながら構える。
「そうかいそうかい…話の通じねぇバカには、とっとと死んで貰うしかねぇようだな。」
頭領猪吉が刀を抜き放つと周りの盗賊団の者たちも各々刀やら槍やら棍棒を構える。
四人はすっかり囲まれており絶対絶命。香織も目に涙を浮かべて必死に堪えていた。
「お前ら、女には手を出すなよ。へっへっ。まずは話の通じねぇジジイから殺してやるよ。」
刀を構えて厳海和尚に近づく頭領猪吉。
怯えて震える香織。
周りで囃し立てる盗賊団の男たち。
「お願いです…やめてください…」
香織は地面に座り込み土下座をするように懇願するが頭領猪吉は聞く気配がない。
「じゃあな!じいさんよ!」
厳海和尚は無念そうだが覚悟を決めたように目を瞑った。
「これまでか…あとは頼む…」
頭領猪吉が刀を降り下ろした。
「いやぁあ!!」
香織が泣き叫ぶ。
ほんの一瞬。
刹那の瞬間。
「ドカッ」
鈍い音と共に刀を降り下ろしたはずの頭領猪吉は周りで囃し立てていた男にぶつかりながら吹っ飛んで気を失っている。
厳海和尚の側、そこには銀色の短い髪で真っ黒い着流しを着こんだ青年が一人で立っていた。青年の腰には朱色の鞘の刀があるがまだ抜刀してはいない。どうやら殴り飛ばしたようだ。
「…主役なのに出番が終いのちょっとだけって何だよ…」
銀髪の青年は小声でブツブツ愚痴りながら周りの盗賊たちを睨み付ける。
ただ一人として何が起こったのか、誰も気が付いていなかった。
下手くそですが楽しんで読んでもらえればうれしいです。よろしくお願いします。