増えるあのこ
にじファンが閉鎖して以来の投稿となります。この度「キノコの娘大賞」が募集されるとのことで、茸大好き人間としてはこれは外せない!!ということで書いてみました。緑ちゃんかわいい!
木漏れ日という言葉を聞くと、青々と繁った木々の間がきらきらと輝いて、暖かな空間の演出を想像するだろう。
いや、最近はわざわざ山に行く、なんて若者も少なくなっていることだし、木漏れ日というものがイメージ出来ない人も増えてきているかもしれない。
…まあ、結局のところ何が言いたいのかと言うと。
「………暑いな…。」
…木漏れ日は、思いのほかあついってこと。
子供の頃の口約束というものは、日常意識に浮かばなくとも
意外と残っているもので。
「大人になったら~のお嫁さんになる」とか、「お前が死ぬ時は俺も死ぬ時だ」とか。まあ、そんな感じ。
そんなこんなで自分が今、一人で山奥を訪れているのも、べつに日常の喧騒を嫌ったわけでもなければ、伝説の山の主を探しに来たわけでもなく、ただ、
そんな一つの口約束を、ふいに思い出したからに他ならなかった。
…覚えている。
道なき道を進む。辺り一面は背の高い木々に囲まれていて、まるでまったく同じ景色がどこまでも続いているかのようだ。
…覚えている。
それでも、足が、手がひとりでに動き出す。これまた背の高い草達を掻き分けて進む。服が汚れるとか、虫に刺されるとか、そんな些細なものは気に留めるまでもない。
…いや、まあ帰り道はちょっと怖いんだけれども。
やがて深い森の中に、ぽっかりと穴を空けたような空間に出る。
…そしてその子は、その子のままで、その場所にいた。
「やあ、久しぶり。」
自分でもびっくりするくらいにかすれた声で、僕は言った。
そして…
その子はいかにも不思議だ、という様子で、
「だぁれ?」
と、そう、尋ねたのだった。
子供の頃の口約束というものは、日常意識に浮かばなくとも意外と残っているものだと思っていたけれど、どうやらそうでもないらしい。
…いやしかし。まてよ。
そうだ、この子は普通の人間、ではないのだ。
人間じゃあないから、自分の思い出そのままの姿をしているけれど、自分の方は六つも歳をとっているのだ。
あの頃は眼鏡だってかけていなかったし、背も今より大分低かっただろう。
六年ぶりの再会ですぐに判断がつかないというのも無理はないのかもしれない。
うん。それなら、名前ならどうだろうか。
「太陽…だけど。」
震えた声で、
これほど緊張する自己紹介も初めてだな、と思いながら、言った。
「タイヨウ」
脈あり、だと思った。
しかし。
「タイヨウ」
「タイヨウが来た」
「タイヨウだ」
「タイヨウ?」
ぞろぞろぞろぞろぞろ。
無数に現れる約束の子。いや、無数というのは大げさか。その人数、実に6人。
…参ったな。
…どうやら、眼鏡を買い換える必要がありそうだ。
「うちの裏山には、精霊がいるんだよ」
そう最初におじいちゃんに言われた時には、もちろん信じてなんていなかった。
当時の僕は、今ほど茸に熱を上げていたわけではなくて、もっと広く毒をもった生き物に興味を
抱いていたから、図書館から借りてきた色々な本を読み漁るのに忙しくて、実際に山に登ろう
と考えたことはなかったのだ。実際に目で見たものしか信じない性質の自分としては、それは「存在しない」ものだったのだろう。
うん。でもまあ、実を言うと自分はファンタジーというもの自体が嫌いなわけではなかった。
けれど、ファンタジーはファンタジー。
現実は、現実。
そのことを、なんだかとてもつまらないなあと感じながら。ページをめくる手を止めないでいた。
やがてある日、家の近くの公園で一際白く目立つ茸を見つけた。
「シロタマゴテングダケ」
もちろん知っている。とても有名な猛毒茸だ。僕が衝撃を受けたのは、飲み込めばほぼ確実に死ぬ、というレベルのものが
こんなに身近に存在するという事実だった。しかもおじいちゃんに尋ねると、裏山に行けばこれなら山ほど生えているという。
思えばそこで僕の興味は、蛇や蜂、蜘蛛に蠍といった毒をもった動物から、
ぐるりと一気に、茸へと移り変わったのだ。
自分が山へ行きたいと言うとおじいちゃんは大層嬉しそうに、今度茸狩りに連れて行ってやると意気込んでいたが、
ここで僕の性格を一つ読み違えた。
そう、僕はその日のうちに、図鑑片手に一人山へと入って行ったのだった。
そこはまさに自分の知らない茸の宝庫であり、新しい種類を発見するたび、夢中になって図鑑をめくった。
シロタマゴテングタケも沢山生えていたし、この分だと探せば探すほどに新たな毒茸を発見することが出来るだろう。
今日はそろそろ帰ろうか、と踵を返す。と、倒木の上に何やら気を引く光景が広がっていた。
一面の緑の中で何本も、真っ白で細いなにかが生えている。
変わった形だけれど、状況を見るにこれも茸なのだろう。
図鑑を引く。…無毒。
「うーん。面白い形してるんだけど」
毒のないものに興味はないのだ、踵を返す。もちろん、今の僕なら詳細に観察するところだけれど、当時の自分にとっては
毒茸こそ全てだったのだ。
そう、その時までは。
「もう、帰っちゃうの?」
と、声が、聞こえた。
思わず振り返る。ああ、おそらく今後の人生でこれほどまでに驚くような経験はないだろう。
…そこにはいつのまにか真っ白な女の子が、朽木の上に生えていた。
「…っ!!」
こいつか、こいつなのか。おじいちゃんが言っていた精霊とかいうやつは。ああ、確かにそんな雰囲気はなくもないような。
落ちつけ。落ちつけ。話しかけてきたのなら、とりあえず話し返してやればいいだけの話だ。
「うん、帰るよ」
悩んだ末に結局、それしか出てこなかった。
「そう」
そう。
「えと、その前に一つ聞きたいんだけど、良いかな」
「どうぞ」
どうやら会話は成立しているようだ。少し安心する。
「えと、他の茸達はしげしげと眺めていたのに、どうしてこの茸はスルーするのかな」
む?
想定外の質問だった。なんだってそんなことが気になるんだろうと少し考えたが結局、
「毒がないから」
と、素直に意見を口にした。
すぐにしまった、と思った。
倒木の上に緑を敷き、細身で小柄。良く見ると全身を覆っているのは黒いワンポイントを並べた白いカッパのようにも見える。
後ろ髪はまるで尾のように長く伸びていて、黄色の瞳に大きな黒目。これではまるで、
「わたしは」
「まさか君は」
「白魚 緑」
「シラウオタケ」
シラウオタケ。キリタケとよばれることもある。極めて小型のため食用には適さない。毒は…多分ない。
体は真っ白で、茸に興味のない人間ならもやしのように見えるかもしれないが、れっきとした茸である。
緑藻類の生じた場所にしか発生せず、一面の緑の中で真っ白に主張しているため、生えていればすぐに
発見することができる。
「それじゃあ…ここにいるのはみんな、それぞれがミドリとはまた別のミドリってことでいいのか」
「うん。増えてからの記憶しか持ってないけどね。あれから五年もたったんだから、わたしだって増えるよ」
「そういうもの…なのか。まあ、言われてみればわからないってこともないけど」
「そういうものなの」
「そうだよそうだよ」
「あたりまえだよ」
「…わかった。茸は茸だな」
降参の姿勢をとる。いや、まあ、常識非常識って話になったなら、とてもじゃあないが僕には皆のことを他人に説明する自信がない。
「それでそれで、タイヨウは茸の学者さんになれたの?」
「ばか。まだ学生だよ」
「?学校へ通っていると学者さんになれないの?」
「あー、」
相変わらず難しい質問をさらっとなげてくるな、こいつ。
「簡単に言うと、学者っていうのは、研究でご飯を食べている人のことだ」
「茸を」
「違う」
「研究の成果や発見を発表したり、まとめて本にしたりして、ご飯を買うお金を稼いでいるってことさ」
「自分はまあ、茸の研究が好きだし、まとめたりもするけど、定食屋さんで働いて生活してるからな」
ミドリは納得したのかそうでないのか、ふーん、といった様子で。
「なんだか、めんどくさいね」
「まあな」
色々な。
「私たちは何もしてなくたって増えるのに」
「…そこは一緒にして考えないでくれ」
まったく考え方の相違ってやつは恐ろしいぜ。
…と。再会の約束をしていた子が増殖している、などという信じがたい事実に吹き飛ばされていたが、一つ気になっていることがあった。
「ところで今、ここにいるのはミドリだけなのか?いつも見かけてた人達の姿が見えないけれど」
「みんな、栗拾いに行ってるからね。もうじき戻ってくるとは思うんだけど」
茸が栗拾いに出かけるのか・・・・。
なるほど、ミドリは緑藻のある場所しか移動できないから、出かけられなかったんだな。
本人はあまり気にしてはいないようだけれど、それは少し、寂しいと。
子供の頃から、思っていた。
「そうか、じゃあ、それまでゆっくり話そう」
でも、言わない。いや、言えないのか。
…へタレかな、自分。