表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月明かりに照らされて  作者: セルリアンブルー
第一章
6/6

獣の血4

ひたすらに物を口に詰め込むような音が続いている。

 遥香だ。テーブルの上に並べられた食事を猛烈な勢いで口に運び、咀嚼し、嚥下していく。

 ヒイロは愕然とした表情でそれを眺めていた。

(流石に・・・適合が早すぎないか!?)

 遥香は獣のような形相でサンドイッチを口にねじ込み、そのままフィッシュアンドチップスを素手でつかみ、貪る。

 その腕には先程までしていた鎖は無い。食事の前にヒイロが外したのである。

 ヒイロは外した鎖を指が白くなる程握りしめた。

(・・・あの馬鹿・・・!計算が全く違うじゃないか・・・!!)



***



 穏やかな寝息とは裏腹に、張り詰めた雰囲気がその部屋を満たしていた。

「おそらくだが・・・感染してしまっているのだろう・・・。」

 あの事件から生き延びたことや、アサギの魔の力が急激に低下したこともあるが、最たる証拠はそこからの異常な回復であった。あの時は体の6割の血液が流失し、心臓を除いた内臓がほぼ失われていたのだが、2日経った今では内臓の5割が回復し、血液ははぼ回復している。

シルバーは眉間にしわを寄せながら言った。

「どうするんだ・・・!?」

 ヒイロは遥香が横たわるベッドを見下ろしながら問う。

「・・・これを使う。」

 じゃら、と音をさせてシルバーは懐から何かを取り出した。

「何だそれ?」

「ミスリル、って言えばわかるか?」

「!!」

「力が完全に適合する前に、これを使う。」

「馬鹿!んなモン使ったら・・・!」

 ヒイロは血相を変えた。

 ミスリルはかなり危険な物質だ。ある時から存在が知られるようになったそれは、生命力ともいうべき“内の力”を強制的に体外に放出する、という性質を持つ。

「わかってる。ミスリルは全ての生物にとっての猛毒だ。だが・・・こいつは違う。よく見てみろ。」

 ヒイロは目の前に突き出された鎖をまじまじと見た。所々が錆付き、さらに鎖の端には・・・。

「・・・ケルト十字?」

「そうだ。倉庫の奥から引っ張り出してきた。かなり昔の物だが・・・まだ使えるみたいだ。異端審問官が使っていたらしい。」

「最後のでかなり不安になったんだが・・・本当に大丈夫なんだろうな?」

「ここで苦痛を与えてもしょうがないだろう。体の自由を奪った上でさらにじっくり拷問するわけだからな・・・。」

 ヒイロは露骨に顔をしかめ、鎖から体をのけぞらせた。

「いいかヒイロ、よく聞け。感染によって異常な回復を見せているが、彼女はまだ危険な状態だ。そこでだ。彼女が完全に回復し、目を覚ましたらすぐにこれを使え。感染したことも教えていい。だが、こちらのことはあまり話すな。」

「わかってる。これ以上こっちの問題に巻き込むわけにはいかない。」

「よし。俺はここからアサギの治療に専念する。ほらっ。」

「うぎゃっ!」

 ヒイロは悲鳴をあげながら危なげなく鎖を受け取った。




***



 もうだめだ。

 終わった。全部。

 アサギは思った。長い金髪をぐしゃぐしゃにしながら。

(もう帰れない・・・向こうに・・・)

 幼少の頃から押さえ続けた獣欲も。

 数少ない友人も。

 忘れる努力も。

「うああっ・・・!」

 遥香に似た服の、しかし彼女からは遠く離れた残酷な笑みの、あの少女。

 見つかった。

 あの狂ったような哄笑が、頭の中で何度も響く。

 響く度、アサギは頭皮を引っ掻き、髪をつかみ、握り占める。

 だが。

 それでも。

 あの記憶が浮上する。

 悲鳴と哄笑。血と肉の焼ける臭い。ひたすらに耳を塞いでいた、5年前のあの時。

 あの哄笑は聞き間違いはしない。

 だが、間違いであってほしい。

 ・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・。

 聞き間違い・・・だったんじゃないか?

「うああああっ!!」

 そんな糞のような希望なぞ、私は欲してはいない。

 私は知っている。

 隠れ続けたこの5年も。

 隠れて生きていけると感じた、微かな希望も。

 やっとできた、友人も。

 その全てが。

 無駄だった。


 頭を掻き続けるアサギのベッドに、長い白髪が、はらりと落ちた。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ