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月明かりに照らされて  作者: セルリアンブルー
第一章
5/6

獣の血3

 ふせたまつ毛が微かに震えた。

透明な雫が毛布に滴る。

「アサギ姉さん・・・」

「私・・・っ。取返しのつかないことを・・・っ」

さめざめと泣く声だけが部屋を満たしていた。

「・・・」

「・・・ごめんなさい。」

ぐずぐずと鼻をならしながら、アサギは手で乱暴に目元を拭った。

その言葉は自分に向けられたものだけではないとコバルトは直感的に悟った。


静まり返った部屋に控えめなノックの音が響いた。

「入るぞ」

「・・・どうぞ」

ごく短いやりとりの中に扉の向こうにいた彼も察したのだろうか、神妙な面持ちでそっと扉を開けた。

ギイと古びた蝶番が鳴いた。

「大丈夫か」

ぽつりと呟くように言った一言は彼自身の不器用な優しさを如実に表していた。

「シルバー・・・」

短く刈り上げた白髪。目つきが悪く、無表情で、口を一文字に結んだ面長のその顔にも、微かにアサギを憂えるような感情がにじみ出ていた。

扉をくぐるようにして現れた長身の男は部屋の隅にあった椅子を無造作に引っ張り出すと、アサギのベッドの近くに置き、座った。

「診察と、治療」

シルバーはゆっくりと息を吐き、指を鳴らしながら言った。

「お願い」

シルバーは掌をアサギの顔に近づけ、親指を右のこめかみ、中指と薬指を左に当てた。

「フゥーーーーッ」

シルバーの周囲の大気に蛍のように明滅する神秘が混じる。それは渦巻き、シルバーの額に集束した。

円錐状の銀に光る神秘の塊が、額から角のようにせり出し、神秘の風を纏う。神秘の風はアサギにも流れ、彼女の首筋を伝う汗を光らせた。


五分ほど経ったころ、シルバーは手を放した。

「終わり」

「ん・・・。ありがとう」

「・・・容体は?」

アサギが礼を言うが早いか、コバルトがシルバーに言った。

「・・・まずい。かなり」

シルバーが苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「血管、神経、筋肉がズタズタなのはまだいい。時間さえかければ治せる。だが・・・」

その先を言い渋るシルバーに、アサギが続けた。

「やっぱり、心臓?」

「ああ・・・。心臓の働きが弱まっている。血も、魔の力が弱くなっている。」

「ええ・・・。遥香にあげたの」

「どうして・・・そんなことを・・・」

コバルトが絞り出すように言った。

 

 

 ****



 長い黒髪に淡い群青色の目、小柄な体つきのコバルト・グロリアは姉、アサギ・グロリアが帰って来ないことを訝しんでいた。

 「遅いなあ・・・。」

 つい漏らした独り言を聞きつけたのはもう一人の姉、ヒイロ・グロリアだ。肩までの赤髪をオールバックにし、バンダナを巻いている。

 「確かに・・・。いつもなら・・・もう帰って来てるはずだよな?」

 エプロンを外しながら言う。今日はヒイロが料理当番だったようだ。

 「・・・。」

 コバルトは顎に手をやって、虚空をにらみつけながら考えた。

 (何かあったんだろうか・・・?)

数十秒考えたが、だめだった。少し不安になってくる。

 「もう少し待って来なかったら探しに行ってみるか・・・。」

 時計を見ながらヒイロが言う。5時55分。いつもなら遅くても5時30分までには帰ってくるはずだった。

 窓に目をやった。外はもう暗い。空は雲に覆われていた。

 コバルトは何の気なしに窓に近づいた。

 そのときだった。

 耳をつんざくような爆音が周囲に響き渡ったのは。

「うわっ・・・!?」

「っ・・・!?」

 ガラスがびりびりとゆれる。

「なんだ今のはっ!?」

 ヒイロが叫ぶ。

「ヒイロっ!コバルトっ!」

 シルバーの声だ。2階から駆け下りてくる。「何があったんだ!?」

「わからないっ!でも・・・アサギ姉さんに何かあったんじゃ・・・!?」

「何っ!?まだ帰って来てないのか!?探しに行く!行くぞ!」

 家を飛び出したとき、3人は直感的に悟った。爆音の正体を。

 ガアアアアアアァッ!!!

 獣だ。低く、地獄の底から響くような。

「町だっ!町のほうから聞こえる!」シルバーが叫んだ。

 町へと続く通路にグワングワンと獣声が反響する。

 響く。

 響く。

 耳から脳に。

「ーーーーーーーーッーーーーー」

 脳裏に響く。

 その声は、あまりにもあの記憶に似ていた。

 家が、獣人が、芥のように焼けた、あの夜に。

「ッ!」

 駆ける。振り切るように。

 あの最悪の記憶から逃げるように。 

 その時だった。

 低く唸る獣声に混じるように、キンキンと耳に響くような笑い声が混じる。

 否が応でも不安を掻き立てる状況が続いた。

 通路から飛び出した。水たまりに踏み込みながら。

 いや、違う。

「ーーっ!血だっ!」ヒイロが叫ぶ。

 持ち主はすぐにわかった。

 ヴヴゥゥ・・・

 血にまみれた黒い獣が。哀れな犠牲者をじっと見つめていた。いや、獣ではない。

 ヴヴゥゥゥゥゥゥゥぅぅぅぅううああぁぁぁぁ・・・・っ」

 血に濡れた黒い毛皮が、金色の髪に。肌に。少女に変わっていく。

 シルバーが呻くように言った。

「アサ・・・ギ・・・・・。」

 いつの間にか獣声に混じるあの笑い声は聞こえなくなっていた。

 少女の慟哭と、哀れな犠牲者と、立ち尽くす者達がその場に取り残されていた。

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