獣の血 その2
「ま、魔法……!?」
有り得ない。いや、今まさに目の前で起きたこの現象は明らかに……魔法とか、そういうファンタジックなも。だ。手品かなにかか、と一瞬思ったが、そんなものを仕込む場所もないようだし、理由も重いつかない。したがって魔法とかそれに属するものだろう。しかし、脳が理解することを拒んでいる。
「そうだな。今やったのは魔法だ。いや、それもあたし達が勝手にそう言っているだけだが。」
また新たな情報が入ってきた。もうわけがわからない。次から次へと起こるとんでもない現象にわたしの頭はとっくにパニックに陥っていた。
「あの、あなた達何か知ってるんですか?わたしに何が起きたんですか?な、何がどうなって」
その時、そこにいた誰もが想像すらしなかったことが起きた。
ぐう、ととんでもない音をたててわたしのお腹が鳴った。恥かしさといたたまれなさで顔が一瞬で赤くなった。
「!!!!」
「………」
「………」
いまだにぐうぐういい続けているわたしの腹を前に、二人は一瞬硬直したが、少女が思わず、といった様子で吹き出し、それで女性がはっと硬直から溶ける。女性が気を取り直したように言う。
「あ、ああ、まあ、確かに腹は減るよな。お前、三日くらいずっと寝てたもんな。外も暗くなってきたし、調度いい時間だ、飯にすっか。」
「あ、ありがとうござ、って三日?三日も寝てたんですかわたし!?」
ここでまたお腹が鳴り。苦笑しながら女性が言う。
「まずは飯、だな。」
濡れた鴉のような色の髪をなびかせ、コバルト・グロリアは遥香が寝ていた部屋を出る。
(ひとまず、回復してくれてよかった………。)
もし、あのまま意識を取り戻さなかったら。罪のない少女の人生を無駄にしてしまう上、恩人の娘に一生消えない傷を残してしまう。そんなことはなんとしても、避けたかった。
あの後、一応やったバイタルチェックの反応は良好だった。体温、脈拍、呼吸数も健常者と同じ。 はっきり言って、異常だ。
彼女を発見した時、生きているのかどうか、全くわからないほど破壊されていた。腹を抉られ、内蔵に噛みくだかれ、四肢はつながっているのが不思議なほどだった。
あれからたったの三日で起きあがるほどに回復している。
(やっぱり……“血”か)
獣の血。それに適応してしまっている。
(僕たちとは違う血筋で、ショックで覚醒したのかな?……いや、そうそうあるもんじゃない。授けたんだ。彼女が。自分の力を。だからあの後……。)
考えたくもなかった。故に、考えないようにしていた。しかし、もう限界だ。姉さんも気づき始めているようだ。
二階への階段を上り、もう一人の病人のドアを開ける。
開口一番、話かけた。
「大丈夫です、アサギさん。遥香さんの容態は安定しました。」
そう…。よかったわぁ。
アサギ・グロリアは明らかに体調のせいではないほどの青い顔をそう言いながらほんのちょっとだけ緩めた。だがすぐに思い詰めた様子で顔を俯かせた。