獣の血
「あの…ここは…?」
少女、大和遥香は自分のベッドの近くに立つ少女と椅子に座る女性におずおずと話しかけた。女性が答える。
「イングランドのどっか。」
(なんてアバウト…。)
「大丈夫?」
少女が話しかけてきた。
「え、あ…はい、一応…。でも、一体、私、どうなって…!?」
つい身を乗り出して問う。
「お、落ち着いて…。今から説明するから。そうだね、見てもらったほうが早いかな。」
はい。と手渡されたのはシンプルな黒い手鏡だった。
鏡……?なんでこんなの、と思ったが、鏡をよく見ることでその考えは一変した。
自分の顔は大して変わってないことがはっきり見えた。平凡な顔、焦げ茶のショートヘア。黒縁の眼鏡はかけていなかった。私って結構目が悪かったはずなのにな、なんて疑問が些細なものに思えるほど、もう一度頭の方に目を向けた時の衝撃はとてつもなく大きかった。
自分の髪の毛が二ヶ所、不自然に盛り上がっている。なんだろ、寝ぐせかな……などと思ってよく見てみた“それ”は“あるもの”に酷似していた。
三角に尖り、ピコピコ動く。これは………どう見ても…………アレだ。
「な…なに、これ………!?耳……!?」
そう、耳。動物の耳だ。
「ど…どうなってるの…?これ、あなたたちが?」
「うん、まぁ…そういうことだ。すまない。」
「君の体を変えてしまったみたいなんだ、本当に申し訳ないよ。」
「これ、治るの…?」
頭を深く下げ謝罪する彼らを尻目に、私は頭のうえの耳を触りつつ聞いた。
「あぁ、まぁできるよ。コバルト、あれ持ってきて。」
コバルトと言われた少女はウエストポーチからなにかを取り出した。じゃらりと音を出して女性に渡したのは…銀色の鎖であった。
「え?」
私が困惑している間に、女性は素早く私の右手を取り、巻き付けた。
「え、え!?」
女性は目を閉じて、なにか唱え始める。瞬間、鎖が青白く輝き出す。
「猫の足音、女の髭、岩の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液。全てをここに集え、彼の暴虐の獣をここに封じ込めよ。」
光はさらに輝きを増し、鎖を構成する輪の一つ一つが分解を始める。たくさんの輪が複雑に腕の周りを回転しだす。
「貪り喰うもの《グレイプニール》!」
直後、腕の先端から輪が徐々に連結し、しっかりと腕に巻き付けられた。ひときわ強く輝いた後、仄かに光る鎖は空気に溶けるように薄くなり、消滅した。
「…………」
あまりの出来事に私が呆然としていると。
「ええっと……だいじょうぶ?」
「びっくりするのも仕方ないな…。」
「ま、魔法……?」