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善悪会議(1)



正義の味方になりたかったんだ。


先輩は昔、そんなことを呟いた。

私はそれに対して、どんな風に思っただろう。

それは実現不可能だと理解していながらも、どこかそれを信じたいと思ったのではないか。

三年も前の自分の気持ちなんてものは、どうにも曖昧だ。

いつだって時間の流れというものは多くの思いを押し流していく。

だから私たちは生きていける。

人の思いには容量のようなものがある、と私は思う。

どんな思いも、それがプラスでもマイナスでも、やがて入りきらなくなれば押し流れていくもの。

新しい思いや、それがプラスでもマイナスでも、そんなものに置き換わっていく。

単一の事象に対する感想もそうだ。

たとえば私が彼に対する思いを今感じることが出来る。

しかし三年前の彼に対する思いを鮮明に思い出せるかというとそれは難しい。

どちらにせよ結果として結論として未来としての彼を知る以上、

過去の思いもそれに感化され、美化されたり都合よく改竄されていると思われるから。

そんなことは結構どうでもいいことで。

つまり大事なのは『今』ってことで。

まあそんなのはわかっているんだけれど。


「いつからだったっけなあ・・・・」


眠ったままの先輩を眺める。

ホットココアの入ったカップを傾けながら思い出す。

確か、最初に先輩に会ったのは・・・・・。

きっと、彼は私のことなんて知らなかっただろうけど。


「ずいぶん前なんですよ、アキヤ先輩」




いつだったろう?思い出せるだろうか?


私が彼を好きになった、その時の記憶を。






⇒善悪会議(1)







「っつう!?」


悲鳴が上がった。

その人はまるで最初からここに来ることが決まっていたかのように、普通に現れた。

それは颯爽とも言えたし、絢爛とも言えた。

何の迷いも躊躇もなく、私の目の前に立っていた人の顔面を蹴り飛ばした。

何の受身も取れないで倒れた彼の顔をさらに踏みつけ、横から蹴り飛ばす。

ポケットに手を突っ込んだまま、まるで何も考えていないような瞳で彼は私の前に立った。


それからのことはあっという間だった。というか、何が起きたのか。

いきなり私の目の前に現れた人は、私を取り囲んでいた数人の男子、女子を全員倒してしまった。

倒す、なんて表現を思いついたのは、それくらい一方的で、かつ、それがヒーローのようだったから。


その人は殴られても蹴られても痛そうな顔なんて一切せず、けろりとしていた。

相手を叩きのめすことになんら躊躇もないし、愉悦もない。

淡々と。それが仕事かなにかであるかのように、従順に。

ただ、目の前のものを障害を悪を、徹底して痛めつけた。


そんなわけのわからないものが目の前に現れた時、私は当然恐怖を覚えた。

だからそのわけのわからないものが振り返って、子供みたいに笑った時。

私は本当に、なんというか、その表情に見とれていたのだと思う。

彼が笑って、見た目よりずっと優しい声で尋ねる。


「大丈夫?」


大きな手で私の頭を撫でる。

今はもう逃げ帰った人たちに叩かれてたんこぶにでもなっていたのか、頭がずきずき痛む。

その人・・・・アキヤ先輩は、それから体育館の白塗りの壁に背を預け、退屈そうにため息をついた。

私はどうすればいいのか、何を言えばいいのか、さっぱりわからなくなってしまった。




その日、私が中学三年生の夏の日。

私の学年ではそろそろ進路を決定しなければならないこともあり、頻繁に高校見学が行われていた。

私も進路を決定しなければいけない学生のうちの一人であり、特に私自身が今後何をすればいいのかさっぱりわからないで居たため、とにかくなんでもいいのでこういった催しには参加するようにしていた。

そうしてやってきた遠い高校で、私は彼に出会った。

厳密には出会ったわけではなく、本当は・・・・・。


三年前の私は、一言で言えばいじめられっこだった。

どんくさくて何をやってもうまくいかない。クラスに一人はいるような、だめな子だった。

勉強はそこそこ出来るほうだったけど、運動はからっきし。

何にもないところで転びそうになるし、どんなに注意しても忘れ物が減らない。

人とうまく馴染めない。どんな風に関わればいいのかわからない。

野暮ったい長髪におしゃれでもなんでもない眼鏡も悪かったのかもしれない。

なんにせよ私はそんなかんじで。

どこにでもいるようなそんな子で。

だから普通にいじめられてて。

今日もまた、そんな人たちに連れ出されてはなじられていたところだった。

別に助けてと願った覚えはない。

正直いって、こんな生活もそれほど悪くはない。

だけど鮮明に、色鮮やかに、そんな日常を蹴破って現れた先輩。

私はどんなことを言えばいいのかわからない。


「僕さ、ここの学校案内さぼってるんだ」


見ればわかる、といいたくなったけれど年上につっこんでいいものか。

彼は一見、というか、外見は結構まじめそうに見えた。

きちんと閉められたネクタイや端整な顔立ちがそう思わせたのかもしれない。

けれど仮にも自分の学校の後輩になるかもしれない人たちを蹴っ飛ばすあたり、ちょっと普通ではない。

そもそもあんな暴力的なのはどう考えても不良だ。悪い人だ。

でも今目の前にいる彼はごく普通の、なんというか、ぱっとしないカンジの少年だった。

彼は言葉を続ける。


「授業とかも結構さぼっててね。ここは僕のための場所だったんだ」


「・・・・・・・不良なんですか?」


なんともストレートな質問だった。

それに彼は首をかしげて『わからない』と答える。


「僕はね」


彼は空を見上げながら言う。


「正義の味方になりたかったんだ」





厳密にアキヤ先輩と私が遭遇したのは今から五年も前のことだ。

当時中学一年生だった私は、まあやっぱり、というか、いじめられっこで。

まあ友達とかもいなくて、それに別に疑問や苦痛を覚えない子だった。

そういう、何をやっても何も感じないあたりが周りを図に乗らせたのかもしれない。

とにかくそんな感じで醒めた目で世界を見ていた私。

当時の彼は中学二年生。つまりひとつ上の先輩だった。

私が通っていた小学校とは違うところからあがってきたせいか、私は彼を知らなかった。

もしも同じ小学校の出身だったなら、私もきっと彼のことを知っていただろう。

彼はまあ、端的に言えば恐れられていた。

変わった人間として彼は有名だった。

多くの噂話が存在し、その一つ一つがどうにも物騒というか、おっかないものだったからだ。

それをきっと彼自身は知らない。

なぜなら彼は、自分と、自分が興味を持った世界しか頭に入らない人だったからだ。

ある日、学校の階段の踊り場でクラスの女子になじられていた私。

その女子の頭の上に、先輩は落ちてきた。

女子はなにやら全身ひどい怪我を負ったらしい。

先輩は真上から落ちてきた。

上の階から飛び降りて、それから目の前にいた私と目を合わせると、

興味なさそうに、去っていった。


おかげで私はよくわからないいじめ状態から開放された。

それで興味を持ったといえば、まあ興味を持ったんだろうと思う。

『先輩』はいつも一人だった。

誰かと肩を並べて歩いているところを見たことがない。

誰も彼に話しかけない。話しかけられない。

教師ですら彼を腫れ物のように扱っていた。

みんな口々に彼を理解出来ないと言う。

私にも理解出来ない。


人は理解出来ないものを知らず知らずのうちに遠ざけている。

今は理解出来なくても、いずれその人のことを理解できるかもしれないのに。

人は毎日多くの可能性を食いつぶして生きている。

彼はそういうことをよくわかっていたんだと思う。

まあ、ファン、みたいなものになってしまったのか。

私はこっそり彼を目で追うようになり。

やがてこっそり、後をつけたりして。


ある日彼は屋上で、一人ぼっちで空を見上げていた。

ちなみにうちの中学は屋上への立ち入りが禁止されていた。

禁止されていることは彼も知っていたと思う。でも彼は普通に出入りしていた。

合鍵を持っていたのだ。どこから持ってきたのかさっぱりわからないけれど。

最初から自分のものだったようにその鍵を彼は使う。

客観的に見て、誰も立ち寄らないそこは彼の領域だった。

彼はそこでよく一人でぼんやりしていた。

一年の教室の窓際に位置する私の席からは、そんな彼の様子が時々伺えた。

さっぱり理解出来ないと思うその人に、私は強い興味を持っていた。

ある日、彼にいよいよ声を掛けてしまった。

そのことを覚えていないあたり、きっと彼にとって私はそのときやっぱりどうでもいい人物だったのだろうと思う。

屋上のフェンスに寄りかかったまま、ぼうっとしている彼に言った。


「あのう」


先輩がこっちを見る。ひどく落ち着いているというか、冷静というか、穏やかというか。

息を呑む。


「覚えてますか?あの・・・・階段の踊り場から落ちてきた時・・・」


「・・・・・・・いや、ごめん、覚えてないけど・・・・そんなこともあったかも」


先輩は子供みたいに笑って、それから「それがどうしたの?」と首をかしげた。


「あ、いえ・・・・あの、どうしてあんなことを?」


「うーん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


腕を組んでしばらく考え込む。

どんな答えが返ってくるのか私はちょっとわくわくしながら待つ。

そうして十分くらい、彼はそのまま悩むと、


「なんとなく」


「へ?」


「俺にもよくわかんない。なんか下の階で騒いでたから、気づいたら飛び降りてた」


「は・・・え?」


「ああ、そうそう、君っていじめられてるんでしょ?」


「あ・・・はい、まあ」


「じゃ、それを助けたってことで」


ことで、って・・・。

いまいち腑に落ちないままそんな彼の子供っぽい無邪気な笑顔を見ていた。

彼は空を見上げて変わらない笑顔で言う。


「俺は、正義の味方になりたいんだ」




それっきり。彼と口を利いたのは本当にそれが最後。たったそれだけのこと。



五年前、『正義の味方になりたい』と言った少年は、


二年後、『正義の味方になりたかった』と言う少年になっていた。


高校の体育裏に陣取っていたそのクラスメイトを蹴散らして。

私の世界を色鮮やかに染め上げて。

頬を殴られ、にじんだ血をぬぐって、彼は手を差し伸べる。


その手を取ると、彼は私を連れて歩き出した。

丁度角を曲がった場所、日の当たる場所、木陰の下。

一人の少女がヘッドフォンを付けて腰掛けていた。

彼はそれを見て、少しだけ面白そうに歩み寄っていく。


私が知っている中学生だった彼は、なんというか、少しまともになったのかもしれない。

誰とも知らないその人の隣に腰掛けていた。


「おーい、そこ、どいてくれない?」


少女は無視している。というか、聞こえていないらしい。

彼女が振り返って首を傾げる。


「つかおまえサボりだろ・・・・」


「え?」


彼は少女のヘッドフォンを奪い取る。

すさまじい音量でポルノグラフティが流れ始めた。

少女は目を丸くしている。


「うわ、音大きいな・・・・」


「あ、そっか。ヘッドフォンつけてたんだった」


今思えば、これが私とカナタさんの最初の出会いなんだろう。

私の知らない先輩。私の知ってる先輩。

きれいな女の子だと思った。なんというか、浮世離れした空気がある。

先輩はそれに馴染めるような、ちょっと変な男の子だった。

だからなんでもない、ただのいじめられっこである自分は釣り合わない気がした。

なんとなく先輩をとられてしまったような気分になって、寂しくなる。

というか、なんだよ。助けたんなら最後まで責任とれよう。



まあ、そんなかんじ。


それからの私の日々は、たぶん、ちょっとだけ、劇的に変わった。





それから私と先輩の関係は丸一年近くストップ、ということになる。

翌年の四月。

気がつけば私は先輩がいた高校へ入学志望していた。

理由はさっぱり不明。でも今までなんの目標もなかった私にとってそれはすごいことだった。

ちゃんと勉強して、ちゃんと塾に通って。

そうしてがんばっているうちに、自分や世界についてちゃんと考えるようになった。

まずは自分を変えよう!そう思った。

髪も服もおしゃれにして、メガネをとってコンタクトレンズにした。

苦手なこともがんばるようにした。どんなことだって何一つ、退屈なことなんかない。

自分を突き動かすものはいつだって世界への興味だった。

正直、なんでここまで自分を変えたいと思ったのかはわからない。

ただあの先輩がなにか関わっているのは確かだった。

どう考えたってあの人と私にはたいした関係なんかない。

二回しか口利いたことないし。

でも気づけば、彼と歩めば、きっとなにか、いい方向に変わるんだと思った。


中学の卒業式。

階段の踊り場。

半年前にはそこで叩かれていた私は、

名前も知らないで居た彼女たちの頬を、平手で打っていた。

そこに容赦や迷いは全くない。

私は、そんな風に迷えるほどいい人ではないから。


「ごめんね。でも、あなたたちって所詮その程度だから」


颯爽と振り返って去ってやる。

やった!と思った。

この階段を上るのと同じように、私は一歩ずつ進んでいける。


高校に入って、そのいじめっ子さんたちとケンカになった。

大喧嘩だった。先生に止められて、釘を刺された。

すっごくぼこぼこにされたけど、負けてなかった。

同じくらい、ぼっこぼこにしてやったんだから。

私は歩き始めた。私は階段を上っていく。

クラスの人たちに声を掛ける。

いつでも笑っているように努力した。

人と関われないなんてことは絶対にない。

それは、関わらないほうを自分が選んでいるだけだった。


大声で叫びたくなった!世界ってとってもすばらしい!


でも、私の世界から先輩は居なくなっていた。



「やめたって、なんでですか?」


二年生の教室を私は駆け回った。

先輩はやっぱり有名人だった。でもその噂は中学のときのそれとはちょっと違っていた。

先輩は誰とも関わらないような人だった。それは変わっていない。

でもなんだかめっきり落ち着いて、奇抜なことはしない人になっていたらしい。

彼と付き合いがあったのは衣川リュウジという先輩で、

その人は、半年前に行方不明になったこと。

それから数週間後、先輩は学校を退学していたこと。


別に彼に会いたかったわけじゃない。これははっきりしておく。

でも、なにか、そうきっと、私にとって大事なきっかけを与えてくれた人だから。

そんな彼と一緒に高校生活を楽しめないことが少しだけ寂しかった。

彼らのことを知れば知るほど、私は先輩になにかしてあげたくなった。

きっと彼と私がであったことで彼は私に何かをくれた。

私と彼が一緒に居ることで、私も彼に何かをあげたい。



でも、それはもう適わないこと。

私は彼のことを、何一つ知らないのだから。






そうして、彼と再会したのは四月の桜が舞い散る場所だった。


高校に入学し、一人暮らしを始めた私。

大きな手荷物を持ったまま、私は町を歩いていた。

四月半ばまで実家から高校に通っていた私の、少し遅れた新生活のスタート。


「・・・・・・ううん?」


でもそこは、なんというか、まあ想像はしていたんだけど、ぼろかった。

そこには住人が私以外に三人しかいないらしい。

部屋に入って掃除をして、荷物を開いて一休み。

外に出ると庭にある桜がもう散り始めていた。


「やあ、こんにちは」


上から聞こえた声に視線を向けると、そこには一人の男性がたっていた。

二階の通路、彼はそこから私に手を振っていた。


「あ・・・・はじめまして。私、ここに引っ越してきた・・・・」


「ツバキちゃんだろう?知ってるよ、はじめまして」


どこで知ったんだろう。


「高校一年生か。初々しくていいじゃないか、うん」


「何が初々しいのかよくわかりませんけど」


「はっはっは、まあ仲良くしてやってくれたまえ。俺の名前は佐々木さんだ」


苗字だけど。

でもまあ、なんていうか、悪い人ではなさそうだった。

これからここで新しい生活がスタートする。

私が、私の意志で、やっと選んではじめた人生だ。

絶対に楽しいものにしたい。意味のあるものにしたい。

でも、そうなるのだろうか?

ある意味目的だった先輩が居なくなって、私はちょっとだけ途方にくれていた。

これから私はどんなふうに私で居ればいいのだろう?

せっかく変わったって、見てくれる人がいないんじゃしょうがない。


「ただいま佐々木さん。またクビになった」


どこかで聞いた声に振り返る。

春の風の中、そこには私が求めた人が立っていた。

冴えない服装の冴えない表情をした落ち着いた雰囲気を持つ先輩。


「やあおかえりアキヤ君。そうそう、紹介しよう、彼女はここに引っ越してきた・・・」


「先輩!?なんでここに!?」


「僕を先輩と呼ぶ人は居ないと思ったけど、意外とそういうこともあるもんだね」


あ、しまった・・・勝手に先輩だと思っていたけど、そんなの一度も口利いたことない。

っていうかこれで会話するの三回目だ。すごくあがってきてしまった。

つーか・・・は、はずかしいっ・・・・・やっばい、ドキドキしすぎっ!!


「は、はじめまして・・・ああ、あのっ、わた、私のこと覚えてますか!?」


「うんにゃ?」


がくーっ!!


「覚えてろ!!!!」


「うわあ、すいません!?」


ああ、緊張して損した・・・・。

そうしてやっと気づいた。

彼に出会えただけで、こんなに楽しい気分になれる私が居る。

彼とこれから過ごせる時間を想像して、

こんなに幸せな気分になれる私が居る。


彼が申し訳なさそうに苦笑してへこへこする。

私が知らない一年間で彼に何があったのかはさっぱりわからない。

彼が私のことを覚えていなくて知らなくても一向に構わない。

これから彼のことを知って行くことが出来たら、それは幸せだと思う。

これから始まると思う、最高の日々!


私はここで、この世界で生きていける。


きっとそうだ。


必ず。



「僕はアキヤ。君は?」


自分のことを名前で呼ぶ人は今まで誰も居なかった。

だからそれを名乗ることに多少の抵抗はある。

けれど今までの自分を縛ってきた苗字とお別れするいいチャンスだった。

だから彼にその名を呼んでもらうために。

これから一歩、新しい人生を踏み出すために。


「私の名前は、ツバキです」


出来る限り、彼に近づけるように。

そう、思えば彼はいつだって遠い存在だった。

見上げるだけのはずだった、遠い月のように。

私は今からロケットを飛ばそう。

彼の元へ、様々な色を届けるために。



あなたの世界を、鮮明に彩る絵の具のように。








「ううーん・・・・・」


時計の針がゆっくりと時を刻む音。

先輩が眠る布団がずれる音。

視線を向けると、先輩はようやく目を覚ましたらしかった。

そして体を起こそうとして、そのままダウンする。


「あれ?」


「やっとお目覚めですか?先輩」


回想を中断し、彼に視線を向ける。

先輩はなんだか要領を得ないといった様子でぼんやりしている。


「先輩、自分がいまどうなってるかわかります?」


「・・・・・・・・わかんない」


「風邪引いてますよ。熱があるんですから。一体どこをほっつき歩いてたんですか?」


「・・・・・・・・あ〜・・・・」


何か思い当たるフシでもあるのか、彼は苦笑する。


「そりゃ風邪も引くな・・・・あれは」


「何してたんですか、もう・・・・とにかくおとなしく寝てなさい」


「ははは・・・・あー、うん、ごめん」


目を閉じる。

先輩の寝顔を見ながらなんとなく、これまでの日々を思い返していた。


「あーあ」


けっこー、チャンスはあったと思うんだけどなあ。

ぶっちゃけ私この人のこと結構好きなんだよな。


「・・・・・・・・・」


意識したらなんかやばい気分になってきた。

はあ・・・・・・。


「人の気も知らないで・・・いいもんだよ、ほんと」


まあ、これからも私たちの生活は続いていく。

それは変わらないし、いつかきっと、私たちがもっと幸せになれる未来にたどり着ける。

彼もそう。私もそう。そうあることを、信じよう。


だからせめてもう少し。

信じていたい未来にたどり着けるまで。

彼の事をもっと知っていけるように。

そうすることがきっとこれから私たちにとってよいことになると信じているから。


「だから今は、おやすみなさい、先輩」







どんなことにも終わりはあるし、どんなことにも始まりはある。


ただ私はなんの努力もしなくなって、きっとこんな日常は続くのだと。

そんな甘いことを考えていた。


一歩先は暗闇なのが当たり前なのに。

私たちはいつだって、大事なものがそばにありすぎるとそれに気づけない生き物だ。




後悔するのはいつだって。


終わってしまったあとだから。




わーい、連載から一週間が経過しましたー。


読んでくれた方ありがとうございます。

そしてあとがきまんが(?)を楽しみにしていた方、残念でした。

というか楽しみにするも何もないような気もするけど。


まあそんなかんじで。


では。

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