思考錯誤(2)
この町のはずれには森がある。
森はそのまま山奥に続いている。
昔、わたしたちがまだ幼い子供だったころ、この山は『大山』と呼ばれていた。
隣に一回り小さい山があって、それが『小山』。
小山のほうには何度か入ったことがあったけれど、大山のほうは入ってはいけないという言いつけに従い、子供たちは入ったことがなかった。
こう、一歩足を踏み入れれば山に行ってしまう田舎町なのだ。
今ではそことは離れた隣の市に暮らしているとはいえ、状況は似たようなもの。
その山まで足を運ぶのに車で二十分ほどだった。
真っ黒いオープンカーから降りると濃い酸素と緑のにおいが胸に染み込んで行く。
「はあ」
一歩ずつ、歩き始めた。
山道を歩くのにハイヒールはいくらなんでも無謀なので、今日はスニーカーを履いてきた。
別に身長を気にしてはいているわけではない。かっこいいから好きなだけだ。
繰り返すけれど身長は気にしていない。まったく不本意だ。
時刻はまだ午前九時前。朝と呼んでもぎりぎり許容範囲な時間だ。
こんな時間にこんなところを歩いているのは酔狂としか言い様がないだろう。
昨晩、私は人を殺した。
そして彼を巻き込んでしまった。
彼は、怒ると思った。
なんてばかなことをしたんだ、って、わたしを否定すると思った。
実際彼は電話口であんなに叫んでいたのに。
正直に言うと・・・・怒られると思った。
他の誰に何を言われてもなんとも思わないのに・・・・それが怖かった。
彼がわたしのことを否定してしまったらどうしようと、泣き出したい気分になった。
人を殺したことより、それを彼に責められることを恐れていた。
ずれていると自分でも思う。でも、本当に怖かった。
だから彼が部屋にやってきて、落ち着いた口調で『死体は?』なんて言い出したときは・・・。
「・・・・・・・・・びっくりしたな」
彼はああみえて熱血というか、激情家である。
なにせ将来の夢は『正義の味方』だったくらいだ。
だからその彼が明らかな悪を前にしてそんな落ち着いた態度を取っていることが疑問だった。
「・・・・・・・・・・・・・」
そんな状況になって初めて、自分が悪いことをしたと思った。
彼は自分の中の大事な、譲れないものまで譲って、会いに来てくれた。
人を殺すという大変な作業を一人でこなしてくれた。
そうさせてしまったのは、紛れもない・・・・わたしなのだ。
そんな簡単で単純で当たり前な事実を前に打ちひしがれるしかない。
だから彼になにか恩返し・・・いや、贖罪をすべきなのだと思った。
彼のためにできることをなんでもしよう。それくらいの代価はあって当然だ。
しばらく進むと、山中にある小さな池に出た。
にごった水と枯れた木々からあまりにもさびしい印象を受ける。
三年前、わたしたちはここに、一人の人間を埋めた。
今改めて人を殺し、何か、思い出の熱にでもうかされたのだろうか。
わたしは気づけば一人でここにやってきていた。
あれから三年。わたしは気づくとここに足を運んでいることが多かった。
誰も立ち入らない、山中の池。
お決まりの場所に座り込むと、それをぼんやりと眺めた。
隣の木の根元に、彼は今でも埋まっているはずだ。
「おや、奇遇だね」
しばらくそうしていると背後から声がかかった。
こんなところにやってくる人をわたしは一人しかしらない。
「おひさしぶりです」
背後には高級スーツに身を包んだ眼鏡をかけた男性が立っていた。
長身に端整な顔立ち、それに加えてお金持ち。
そんな人物が何故こんなところにくるのか、まあとにかく、ここでわたしは何度か彼に会っていた。
「君のようないたいけな美少女がこんなところにきてはいけないと忠告したはずだが?」
「ふふ、わたしは悪い子だから人の言うことは聞きません」
「ふっ、やれやれ・・・・・まあ、ここに出るとしたら悪漢よりもクマかなにかだろうがね」
男性は煙草を蒸かすと紫煙を吐き出しながら私のとなりに立った。
池を眺め、それから何か物悲しい表情を浮かべる。
「何か思いいれでもあるんですか」
彼はよくここでさびしそうな顔をしていた。
まるで遠い記憶を懐かしんでいるかのように。
「そういう君も、何かここで忘れられないことでもあったんじゃないのか」
「まあ、そんなところです」
男性は軽快に笑って、まだやってきて十分も経っていないのに踵を返した。
「君の秘密を覗き見るのはまだ俺には早い」
「なんですか、それ?」
「さて、なにかな」
男性はそのままあっさりと去っていった。
彼が一体何者で何をしにきているのか、それはさっぱりわからなかった。
彼が彼と関わりのある人物かと言えばそんなふうには見えないし。
きっと彼は彼なりにこのあたりに思いいれでもあるのだろう。
いつまでもここにいても仕方ないとはわかっているのに、なかなか立ち上がれない。
戻ったら色々とやることがたまりにたまっている。
自分で殺してしまったんだ。なんとか、自分の力でごまかさないと。
「・・・・・・・・・・・ふう」
なんだかバカみたいだ。
わたしたちのしていることは子供がイタズラを隠しているのとなんら変わりない、その程度のことでしかない、低レベルなことでしかない。
それを必死になってなんとかしようとしている。
わたしたちは昔からそうして自分の罪を隠し通すことばかり考えていた。
自首しようなんて選択肢は存在しない。ただ、隠すことばかり考えている。
なんとも愚かしいものだ。
三年前、彼がわたしに出会っていなかったら、
あるいは結果は違ったのだろうか。
濁った池は何も答えない。
くすんだ樹木は、何も答えない。
⇒思考錯誤(2)
「・・・・・・・・・・・・・で?」
突如僕の部屋に現れたカナタが僕を車に突っ込んで拉致したのが十五分前。
僕らは市街地にあるゲームセンターの前に立っていた。
何でゲーセン?
「あそ、ぶ!」
カナタはものすごくハイテンションなのか、わけのわからない区切り方でしゃべっている。
悪いけどこんな状態のカナタを見るのは初めてだ・・・・。
手を引っ張ってずいずい中に入っていく。入っていくのはいいけど、何?
いやゲーセンなのが悪いわけじゃなくて、そうじゃなくて、だって僕らほら?
まったく僕の意見を聞かずに彼女は勝手に一万円札を両替し、
「じゃ、なにしよっか?」
幼い子供のように満面の笑顔を浮かべた。
「・・・・・・・・・・・・・じゃあ、あれ」
僕は納得がいかないまま、とりあえず格闘ゲームの台を指差した。
カナタは頷くとすぐに座った。
僕は反対側の台にコインを入れて、『お気に入り』のキャラクターを選択する。
「あ、アキヤ君・・・・これどうするべき?」
「あ、うん、テキトーに選べばいいと思うよ、ははは」
カナタが選んだのは上級者向けの設置技が多いトリッキーな女の子キャラだった。
メルヘンチックだ・・・・しかもしってるかカナタ、そいつ男なんだぞ。
なにはともあれ戦いの火蓋は切って落とされた。
・・・・。
・・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
カナタはものすごくつまらなそうというか不服そうな顔で僕の後ろに立っている。
そりゃそうだ、開始数十秒で速攻KOしてやったわけだし。
まあ、こんなところまで僕を連れてきた割には遊びなれていないということがわかった。
こいつ、一体どういうつもりでこんなところにやってきたんだろうか・・・・。
「ははは、カナタ次はなにがいいんだい?」
「アキヤ君・・・・・・ゲームセンターよく来るの?」
「うん、暇な時は佐々木さんとかツバキちゃんと一緒にね。カラオケとかもよくいくよ」
カラオケ、ゲーセンなんてのは大人数でちょっと遊ぶにはもってこいの場所だ。
僕らは自由な時間がそろうことがなかなかないので、こういう場所は重宝する。
そして何を思ったのか、カナタは腕を組んで複雑そうな表情を浮かべ、
「なら、わたしもここで遊ぶわ」
「は?」
「いいから。次は、アキヤと一緒にできるのがいい」
対戦タイプでは自分がちっとも面白くないことに気づいたらしい。
しかし初心者連れてゲーセン内で遊べるものを探すことになろうとは。
どうするか・・・太鼓でも叩こうか・・・・。
とりあえずアーケードシューティングの台に座ることにした、が。
「カナタ、それショットじゃなくてボム」
「・・・・アキヤ、もっとこっちくれば?」
「僕はいいです」
だめだ、まずカナタはどのボタンで何が出るのかわかってない。
本気でゲーム初心者なのかこいつ・・・・いや、昔からオンチだった気はする・・・。
そしてこの手の一つの台に二人並ぶのは近すぎて僕が落ち着かない。
却下だ。
やっぱり初心者もできるものといえば直感的なゲームがいいのだろうか。
とりあえずアーケード型はだめだ。こいつには向いてない。僕も落ち着かない。
次はガンシューティングゲーム。
銃を模したコントローラーで画面上の敵を撃って行くゲームだ。
これはなかなか、というか初心者とは思えない実力だった。
だんだんカナタもそれで楽しくなってきたのか、あれをやろうこれをやろうと引っ張りまわす。
やっぱり僕の読みは正しかった。
『コンピュータゲーム』としてのゲームよりも『自らの動作で行う』ゲームのほうがいいらしい。
とりあえず太鼓を叩いてみたら、僕よりも彼女のほうが上手い。
さすがにギターやドラムは無理だったけど・・・・って、ゲーセンに詳しくないとさっぱりだなこれ。
文章としてどうなんだろうか。
しばらくコインゲームのスロットにハマったのか、ひたすらコインを投入するカナタ。
僕はその背後で彼女にアドバイスしていた。
いちいちスロットの目がそろうたび大げさに笑って僕に見せようとする。
そんな彼女の頭を軽く叩いてさっさと次をやれと急かした。
時間が飛ぶように過ぎていく。自分自身でも驚くほど僕は楽しくなっていた。
前時代的にひたすらエアホッケーしてみたり。
最近のゲームセンターにはボーリングやバスケットボールなどを模したアトラクションもある。
カナタは運動神経は抜群だ。普段はとろとろしているくせに急に動きがよくなる。
長い髪を後ろでまとめてひたすらにボールを投げていた。
それにしてもこのはしゃぎっぷり・・・・こいつよほど娯楽のない生活していたのでは?
一通りカナタに付き合わされた僕は店内にある休憩用のベンチに座った。
紙コップのジュースを買ってくると、彼女は僕の隣に座って深呼吸した。
「うーん、楽しかったあ」
気づけばもう四時間近くたっている。本当にバカみたいに遊んだものだ。
これだけ夢中になって何かしたのは本当に久しぶりだ。
というか、なんというか、こいつ・・・こんな顔も出来るんだな。
いつも落ち着いているというか、すました顔でいるもんだから、誤解してた。
こいつ・・・・・・こんなガキっぽいやつだったんだ。
「ね、アキヤ君は楽しかった?」
「んー、いや・・・・どうかな」
っておい、なぜここで曖昧に答えるのだ僕。
ああ、たぶんきっと、意外な彼女の一面を見て少し困惑しているのだろう。
ってそれより、僕らはこんなところでこんなことしている場合では・・・・。
「ふふ、楽しかったくせに」
「なっ、あのなあ、僕らはこんなことしてる場合じゃないの!」
「はいはい」
「ああもう・・・・ったく、おまえって本当に勝手なやつだな」
「何をいまさら・・・・知らなかったみたいな言い方」
「知ってたけど、さらにあっけに取られるほど勝手なんだよ」
「元正義の味方見習いがいうこと?」
思わずメロンソーダを吹きそうになった。
驚嘆の表情でカナタを見据えるとひどく面白そうな顔でにやついていた。
こいつ・・・そんな古いこと覚えてたのか。
「・・・・・・・あのなあ、あれは・・・・」
「あ、まだあれやってない!ねえあれやろうよ!」
一気にメロンソーダを飲み干・・・・・そうとして咽る。
そう、何を隠そう片瀬カナタは炭酸飲料が苦手なのだった。
苦手なら何故買ってきたのか・・・・見栄か?見栄なのか?
結局僕にそれを押し付けるとカナタは走っていってしまった。
って、飲みかけのメロンソーダを僕にどうしろと?飲めと?
「・・・・・・・・・・・・・・はあ〜」
飲むしかないよなあ。別に気にしているわけじゃないぞ。
あいつの唇とか思い出してるわけじゃないぞ。
・・・・・・・・。
我ながら今の自分自身がばかばかしく思えたので、ジュースは捨てた。
のんびり歩いていくと、カナタはクレーンゲームにチャレンジ中だった。
クレーンゲーム。すごく一般的で当然のように誰でもやったことがありそうなもの。
なんで今まで一周してやらなかったのか疑問なくらい目立つところにそれはあった。
なぜならそれは僕自身がクレーンゲームがすごく苦手だからである。
カナタは子供みたいに膝を突いて必死にあらゆる角度からクレーンを眺めていた。
必死でボタンを押しながらクレーンを目で追っている。それはわかるんだが・・・・。
「おまえだめじゃん」
クレーンのアームがゆるいのか、ぬいぐるみ?らしきものは手元に落ちてこない。
「うるさいなあ・・・・黙って見てて」
僕の言葉で火がついたのか、連コインしてクレーンを動かす。
失敗、失敗、また失敗。
一度失敗すると次は成功しそうな気がするものだが、そう上手くはいかない。
「おまえもうやめとけよ。なんていうか、ひざが可哀想だ」
なんで膝ついてやるかなあ。立ってやれよ。
というか膝なんかついたらこいつは小さすぎてよくみえないのではなかろうか?
逆に失敗しそうだが・・・・人の話はまったく聞いていない。
仕方ないな・・・・。
「どけって、僕がとってやる」
「え?」
「どれ?」
「・・・・・・・・あれ」
うっさーっぎー。
あらま、ずいぶんかわいいのをほしがるんですね。
「・・・・・・・・・」
顔を赤くしてそっぽ向いている。平静を装っても無駄だなこれは。
「ふうん、へー、ほお?」
「・・・・・・・・・・・」
「あのカナタさんがねー、あの彼氏の首筋にカッター刺しちゃうカナタさんがねー」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「あんなかわいいふわふわもこもこのうさぎがいいなんてねー」
「・・・・・・・ま、間違えた・・・・ほんとは・・・ほんとはこっち!」
あわてて指差した先には上半身裸の謎の黒人のフィギュアがあった。
さすがに二人とも言葉を無くす。絶句というものである。
本当にこれがいいのか、カナタ・・・・。
「・・・・僕が悪かったよ、さあ、うさぎとろうな」
「うん・・・」
二人して気まずい空気になり、いざチャレンジ。
チャレンジしたはいいが、僕だってこんなの苦手だし経験もない。
何度もリトライし、どんどん百円が減っていく。
「だめじゃん、アキヤ君」
「ばか、おまえよりうまいって!」
「そうかな」
だめだ、ゲーセン初心者になめられたまま終わってたまるか。
百円が切れるまで僕はひたすらウサギを狙い続けた。
くそ、次は取れそうな気がする・・・・。
あわてて走って千円を両替してくる。
戻ってきてリトライ。そして失敗。
ああ、でももうちょっとで取れそうな気がする・・・・。
千円崩さないと・・・・。
・・・・・。
・・・・・・・・・。
「ねえアキヤ君、もういいよ」
「は?なんかいった?」
「いや・・・・アキヤ君失敗しすぎ。ここまで下手だと思わなかったから」
「うるさいなあ!」
次、次こそは・・・・次こそはとれるはず・・・・。
だんだん僕もわかってきたぞ。いかにもひっかけてくださいとついているあのわっかは駄目だ。
あと引っかかりそうなのは出きるだけでかいあのうさぎの頭に違いない。
引っ掛け方とバランスの問題だな・・・・一発でとろうとしないで姿勢をかえて・・・・。
いざトライ・・・・・どうだ、いけ、うさぎ、うさぎ、うさぎ!!!!
「うさぎーーーーーーーーーーーーー!!!!きたーーーーー!!!!」
白くてもこもこふわふわのかわいいウサギを手に入れた。
うさぎを両手に掲げて大声出してその場で飛び跳ねて喜ぶ僕。
客観的に・・・・想像したくないので僕は思考を止めた。
「ほら、よかったなカナタ」
「あ、うん、ありがとう」
「なんだよ?うれしくないの?」
「いや、買ったほうが安かったなと思って」
それもそうだ。
なんだかんだでうれしかったのか、白いもこもこを抱えるとカナタは微笑んだ。
それだけでまあ、がんばった甲斐はあったのかもしれない。
というかあれは僕の意地の問題だったんだけどね。
二人でゲーセンを出ると、隣接していたファーストフードショップに入った。
すっかり遊びつかれた僕らは早々に注文を終えると席に座った。
「はあ・・・・・遊んだなあ」
「うん、遊んだね」
時計をみるとすでに時刻は二十二時になろうとしていた。
カナタは膝の上にのせたうさぎ君の両手をぴこぴこ動かしてご機嫌だ。
それだけでなんだか僕は肩の力が抜けたというか、言いたかったことも忘れてしまう。
「・・・・・・・・なぁ、カナタ。僕らこうやって一緒に遊んだことってなかったな」
「うん」
僕らの過去というやつはどうもあの殺人の記憶が強烈すぎる。
それにカナタと僕は本当にあまり会うことはなかった。
たまに会ったら言葉を交わす程度の関係に過ぎなかった。
友人といえるほどの付き合いもなかった僕らにとって、今日のような出来事は始めてだ。
僕は彼女の事を何か理解しているつもりになっていたのかもしれない。
でも本当の片瀬カナタは僕が思うよりずっと子供っぽいやつだった。
あんな笑い方が出来るやつだった。
あれだけみれば、こいつは本当に普通の人間みたいだった。
本当に、僕は何も知らなかったんだな・・・・・。
「ね、楽しかったよね」
「・・・そうだね」
「ぼくも、アキヤ君が頑張ってとってくれてうれしいぴょん」
うさぎのぬいぐるみをテーブルの上で動かしながらにっこり微笑む。
ああ、だめだこいつ、ほんと子供だ。
「ねえ、この子の名前何がいいと思う?」
「何がいいって・・・・名前付けるのか?」
「名前がないって寂しいし可哀想じゃない」
むすっとした表情で「ねー?」なんてうさぎに語りかけている。
物言わぬ、死んだような目をしたそいつに向かってさも意思を持つかのような態度。
お前本当に大丈夫か?
カナタはしばらくウサギとにらめっこしていたが、やがて何か思いついたのか、
「アレキサンドリア!」
と、突如叫んだ。
僕は正直それが何を意味するのか理解したくない。
「この子はアレキサンドリア」
「・・・・・・・はあ」
「・・・・・・・・」
ぎゅーっと抱きしめてうれしそうに笑っている。
だめだほんとこいつ、もうだめだ誰かなんとかしてくれ。
まあそのアレキ・・・・なんたら?を連れて僕らはファーストフードショップを後にした。
黒いオープンカーに乗り込むとシートベルトを付ける。
カナタがなんでこんな高級車を持っているのか謎なんだけど。
そういえば今日もゲーセンで一万円札を平然と使ってたし。
まあ、その辺もいずれ聞いてみればいいことか。
僕らは再び出会うことが出来た。何も知らないまま分かれた僕たち。
だからこそ、今理解していくことが出来ることを幸せに思うべきではないか。
僕らが一緒にいることが間違いだったとしても、彼女を知る喜びは間違いなんかじゃない。
僕はもっと、彼女のことが知りたい。
車は夜の街を疾走し、やがてカナタの住むマンションにたどり着いた。
さて、ここまで来たら楽しい時間はおしまいだ。
エレベーターで部屋まで向かい、カナタの部屋に入った。
当たり前のように洗面台には黒いゴミ袋があった。
嫌なにおいがする。人が死んだにおいがここにはまだ残っている。
窓を開けて、ベッドに座った。
もう少し時間を置いてからこれを運び出すべきだろう。
足はどうしようかと思っていたが、カナタが車を持っているなら問題もなさそうだ。
オープンカーだから・・・・何か上に載せて隠していかないとな。
そんなことを考えていると隣にカナタがぽすん、と座り込んで、
「どうしたんだいアキヤ君、そんなむずかしい顔をして」
カナ・・・アレキサンドリアが話しかけてきた。
この場合僕はどうするべきなんだろうか・・・・・・・・。
とりあえず無言でアレキサンドリアの耳をつかむと、振り回してぽいっと投げた。
「あああああああああっ!?アレキサンドリアーっ!!!」
大声を出して追いかけていくカナタ。
カナタが大声を出すなんて僕は初めて見たものだから、あっけにとられてしまった。
ぽかーんと口をあけたまま停止していると、
「アキヤ・・・・貴様、うさぎに手を出すとどういうことになるか思い知らせてやる」
「わかったから戻って来いアレキサンドリア、仲直りしよう」
うさぎを抱えたカナタが隣に座る。
それにしても座高が低いやつだ。もともとの身長が低いから当然低いんだけど。
頭に手をのせ、ゆっくり撫でてやる。
カナタは目をつぶってそれを受け入れていた。
しばらくそうしていると、カナタは目をつぶったまま口を開いた。
「ねえアキヤ君」
「何?」
「わたし、自首しよっか」
突然の言葉に手どことか呼吸まで停止したかと思った。
彼女が何を言っているのかはわかる。わかる。わかるけど、わかるさ、そりゃ、でも。
「だめだっ!!!」
気づくと叫んでいた。
小柄な体を抱き寄せて必死になって首を横に振る。
「だめだ、それだけは・・・・・駄目だ、やめろ、やめてくれ、頼むから・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・どうして?わたしがあなたのことを黙っていれば・・・」
そうさ。僕と彼との関連性なんか一切ない。
証拠だってない。そのあたりはもう完璧だと言ったっていい。
なにせカナタとすら僕はこの三年間音信不通だったのだから。
今のカナタと彼の人間関係に僕が割り込むような時間はなかった。
だからカナタが何も言わず自分がやったと言い、僕があのぼろアパートでおとなしくしていれば。
そうすれば確かに、僕はきっと罪に問われないだろう。
でも、そうしたら、カナタはいなくなってしまう。
彼女が・・・・今目の前にいるものが消えてなくなってしまう。
会えなくなってしまう。触れられない存在になってしまう。
いやだ・・・・。
「嫌なんだよ・・・・・っ!おまえがいなくなるのなんか、絶対に!もう二度と!嫌なんだ!」
腕に力を入れて抱きしめる。
暖かい、目の前にいる、いつだって抱き寄せられる、触れられる。
そんな彼女が消えてしまうのなんて、まだ何も知らないまま終わってしまうなんて、
そんなの、そんなのだけは、だめだ、嫌だ、納得できない、ぼくは、僕は、俺は・・・・。
「・・・・いたいよ・・・・アキヤ君」
自分でも力加減が出来ていないことはわかっていた。
強く抱きしめすぎたのだろう。カナタは苦笑して僕の顔を見上げた。
「わかった。わかったから、どこにもいかないから、大丈夫だから」
「・・・・・・・・・・・・・」
寂しそうに笑った。
腕を放すと僕は立ち上がって、どうしようもなくやるせない気持ちになって、
「・・・・・・・・・・・馬鹿だ、俺は・・・・」
壁に頭をこつんとぶつけてつぶやいた。
本当にどうしようもない、救いようもない、馬鹿野郎だ。
俺にとってこいつは何よりも大事な存在だ。別に好きとか嫌いとかそういうのではない。
けれど、手放したくない、ずっとそばにいてほしい、失くしたくないものなんだ。
だから・・・・彼女が遠くへ行ってしまうのが怖かったから・・・・。
彼女が人を殺したといったとき、熱くなったんじゃないのか。
そうだ、俺は彼女を守らなくちゃならない。
何があってもこの殺人はなかったことにさせてもらう。
どんな手を使ってでも、何をしてでも、これ以上恐れるものなどあるものか。
「カナタ」
「・・・・・・・・・うん?」
「もう少ししたら、死体を埋めに行くよ」
彼女は少しだけ、悲しそうに、寂しそうに、それから目を伏せ、そして微笑む。
彼女の答えなんかわかっているはずなのに、僕は不安でたまらなかった。
頼むからいなくなったりしないでくれ。
僕はもう、そんなのには耐えられない。
大事な人がいなくなるのは・・・・もう嫌なんだ。
その夜、深夜。
僕らは人気のない時間を見計らって車を走らせた。
向かったのは隣の市にある大山と子供のころ呼んでいた山。
リュウジを埋めた山。
僕らはその晩、リュウジの隣に穴を掘って、まだ名も知らない少年を埋めた。
一心不乱に穴を掘って、無我夢中で埋めた。
終始僕はただこれをどう上手く埋めるか、それしか考えていなかった。
すべてが終わって車に乗り込むと、ひどく疲れているのに目は冴えていた。
となりで運転するカナタはなぜかずっと不安そうな顔をしていた。
だから僕は声を掛ける。
「大丈夫だよ、片瀬」
流れていく星空の景色を見上げながら。
「もし邪魔なやつがいたら、今度は僕がそいつを殺してやるからさ」
夜は更けていく。
人を僕らは埋めた。
どんどん取り返しがつかなくなっていく。
いや、
取り返しなんてものは、もうとっくにつかないところまできていたのかもしれない。
僕らの二度目の殺人はこうして幕を下ろした・・・はずだった。
何も知らないまま、何も理解しあえないまま僕たちは生きてきた。
過去にとらわれず生きるんだと、僕は誓った。
もう、何をするのにも迷うものか。
今の僕はきっと誰でも殺せる。
きっと本当に殺人鬼。
だから大丈夫。
だから、大丈夫。
あとがきおまけまんが
〜それいけアレキサンドリア〜
カナタ「ぼくの名前はアレキサンドリア。ウサギの国の王子様なんだ。世界中の困っているうさぎたちを助けるために世界中を旅しているんだ」
アキヤ「・・・・・・」
カナタ「彼はアキヤ君。僕の忠実な下僕。ぼくのために四千円近くも使う、おろかなヘタレなのさ」
アキヤ「おい、この、おまえ調子にのるな」
カナタ「な、やめろ、何をするんだ!おまえアキヤ君のくせになまいきだぞ!や、や!やあ!はなして!返して!返してーっ!!!」
アキヤ「とう!」
カナタ「いやーーーー!!!アレキサンドリアーーーーーー!!!」
ツバキ「何してるのかな、あれ」
佐々木「青春・・・それは青い春と書くのさ」
ツバキ「きも」